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めぐみの家には、小人がいる。

2022.11.18 公開 ポスト

10話 大人になれば、いじめはなくなるものだと思っていた。滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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*   *   *

 

昨日の日記は、すごくびっくりしました。
小人は、本当にねこをころしてしまったのかな?
いくら悪いねこと言っても、ころされてしまうのは、かわいそうだなと先生は思います。
もし、めぐみちゃんが小人とお話できるのなら、今度はおっぱらうだけで、ころさないであげてほしいと伝えてください。
今日の学級活動は、いい天気だったのでみんなで外に出て、ドッジボールをしました。
みんな、すごく楽しそうだったよ。
めぐみちゃんは、球ぎはとく意かな?
今度は、さんかできるといいね。

みさき

 

「小人とお話できるのなら」の部分は余計かとも考えたが、やはり残すことにした。めぐみの妄想に拍車をかけてしまう可能性があるが、めぐみの「ストレスによる残虐性」の象徴が小人なのだとしたら、無暗むやみに抑え込むよりは緩和させていく方がいい。

放課後になり、美咲は旧ゲオルグ邸に向かっていた。

木枯らしの吹く坂道から外れて、森の小径に入る。カシャカシャと落ち葉を踏む足音が、不気味なほど静かな森に響く。枝葉に遮られた空は青紫色に染まっている。大通りよりも空気がひんやりと冷たい。すぐに温かいコーヒーが恋しくなった。

(写真:iStock.com/Gyro)

街燈の形をしたガーデンライトがあるとはいえ、森の闇は重い。スマートフォンのライトを点けると、くの字道を曲がる女性の姿が見えた。冴子だった。

「あ……こんにちは」

「先生」

冴子は、前と同じセーターとロングスカートに、ダッフルコートを羽織っていた。手には財布だけが握られている。慌てて出てきたという感じだ。浮き上がった白い顔に、やや気まずそうな表情が浮かぶ。それだけで美咲は察した。

「また……中村さんのお宅に行かれるんですか?」

責める口調になるのを、美咲は抑えられなかった。

「ええ、まぁ……」

「どうして」

「中村さんが、具合が悪いそうなので……」

「それで、なぜ小紫さんが?」

「それで私に、晩ご飯を作ってほしいと……」

なんて図々しいのだろう。自分で作れないなら、出前でも頼めばいいのだ。もちろんそうしないのは、冴子への嫌がらせが目的なのだろうが。

しかし、呼ばれてほいほいと向かう冴子にも問題がある。美咲は、中村真奈に対するものと同量の怒りを冴子に抱いていた。

「何でそんなことする必要があるんですか? どうして小紫さんが、中村さんの家の晩ご飯を作らないといけないんですか」

冴子は答えない。口紅を引いていない唇は、上下にぴったりとくっついたままだ。

「あの、めぐみちゃんはどこに?」

「……家にいます」

「一人きりで置いているんですか?」

「一人じゃありません」

目を伏せてそう答える冴子は、いつもの能面めいた顔に戻っていた。両手を前に組んで、まるで職員室に呼び出された児童のようだ。

「一人じゃないって……どういうことなんですか? あの家には、お母さんとめぐみちゃんしかいませんよね?」

すると、冴子はわずかに口角を上げた。嘲笑だった。

「──先生は、ご存知なんじゃないですか?」

瞳の茶色い目は、わずかに充血していた。どういう意味かを尋ねようとした矢先、電子音が響く。冴子のスマートフォンだった。画面を確認した冴子は、無表情を崩すことなく「急ぎますので」と言い残し、美咲とすれ違った。

 

大人になれば、いじめはなくなるのだと思っていた。

あんなものは幼い子供がやることで、大人たちはみんな、お互いの個性を認めて、助け合って、理性的に生きているのだと。

だけど違った。高校にも大学にもバイト先にも、いじめは存在した。

そんな人間が集まるところにいる自分が悪いんだと思った。悪い人が集まる場所にいるから、いじめに遭ったり、いじめを見たりするんだと。

でも、優秀な人や、いい家柄の人たちの間でも、いじめは起こるんだと知った。

立派な家に住んでいる人たちの間でも。子供がいる親同士でも。

そして──満たされているはずの子供たちの間でも。

くの字道を曲がると、旧ゲオルグ邸が姿を見せた。まるで「あの事件」の鮮血がこびりついたかのような赤黒い煉瓦の壁。さびついたフラワースタンドとオーナメントが並ぶ前庭は廃墟然としているが、明滅するランタンの光がかろうじて人家であることを示している。カーテンは相変わらず全て閉め切られていた。

美咲は扉に近づくと、ブザーを押す。

しばらくすると、めぐみが出てきた。

「こんばんは」

めぐみは、水色のネグリジェにクリーム色のカーディガンを羽織っていた。カーディガンの前立てを握った彼女は、小学三年生とは思えないほど大人びて見えた。

玄関先でプリント類と交換日記のノートを渡すと、めぐみは嬉しそうにした。

「交換日記は楽しい?」

「うん。先生は?」

「先生も楽しいよ。めぐみちゃんがいっぱい色んなこと、教えてくれるからね」

本心だった。めぐみと交換日記をするようになって、美咲は自分が子供好きだったことを思い出した気さえしていた。

「晩ご飯は食べた?」

「まだ」

「そう。何を食べるの?」

「シチュー。パンと一緒に食べるの」

美咲は安堵した。冴子はちゃんとめぐみのご飯を作っていったようだ。

「じゃあ、戸締りはしっかりしてね」

「先生も食べる?」

「え?」

「お母さん、いただきますしたところで行っちゃったの。パンも焼きたてだよ」

「でも、それはお母さんの分でしょ?」

「シチューもパンもいっぱいあるから大丈夫だよ」

「だけど……」

すがりつくようなめぐみの目を見れば、さみしいのだとすぐにわかった。一緒に食べてあげたい気持ちは山々だが、親がいないときに勝手に家に入っただけでも「非常識」のそしりは免れない。ましてや食事など……。

気にし過ぎだろうか。保護者とは、そこまで教師に不寛容なものだろうか。すっかり中村真奈に「調教」されている気がして、美咲は軽く下唇を嚙んだ。

それに、と美咲は旧ゲオルグ邸を見上げる。

蔦に飲まれつつある館は、青紫色の空を背景にして一層不気味な雰囲気を醸している。

ふいに、初めて訪れたときに感じた、嫌な感覚がよみがえる。……無数の視線に晒される感覚。

それに──何より、この家には入りたくない。

「先生」

すると、小さな手がコートの裾を掴んだ。ブラウンの瞳が見つめる。

めぐみは何も言わなかった。「一緒に食べてほしい」という言葉を、必死に飲み下しているように見えた。子供は大人が思っている以上に、大人の事情を察している。

べこ、とかすかな音がした。ノートを持つめぐみの手に力が入っている。

それだけで、美咲は断る言葉を失くしてしまった。

「……ご飯を食べ終えるまでね」

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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