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めぐみの家には、小人がいる。

2022.10.27 更新 ツイート

1話 なくしたと思った水筒。そこから出てきたのは、大量のダンゴムシ……。 滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

第一章 目

うごめく小さなものは、わたしの中で増え続けていた。

 

あの日の記憶は、薄れるどころか、日に日にわたしの中を支配していくようだった。頭から追い出そうとしても、小脳の陰や前頭葉の隙間に隠れて、決して消えようとはしない。そのうち、まるでがん細胞のように身体のあちこちに巣くって、恐怖が全身の隅々まで行き渡るようにしてしまった。

 

小学校四年生の、秋の遠足でのことだ。

お昼休憩になって、市の博物館の中庭でお弁当を食べることになった。

他の子たちは仲良しグループでレジャーシートをくっつけていたけど、わたしは少し離れたところで、一人分のシートを広げていた。

タッパーに詰め込まれたおかずと白いご飯……黙々と食べた。友達と交換してね、と母はたくさんの肉団子を詰めてくれていた。

でも、もし友達がいても、交換なんてしなかっただろう。母は料理が苦手だった。

背後からは、他の子たちの楽しそうな声が聞こえた。

陽射しはまだ強かったけれど、日陰の心地よい場所はもう取られてしまっていた。誰もわたしなんて気にしていなかった。担任の先生さえも。

額に汗をにじませながら、わたしは肉団子を食べ続けた。

喉が渇いて、ナップザックの中の水筒を取り出そうとした。

だけど、水筒は見つからなかった。あれ、と思っていると、

「これ、落ちてたよ」

クラスメイトの男の子が、ピンク色の水筒を持ってきた。わたしのものだった。

「あ、……ありがとう」

辛うじてそう言って、水筒を受け取った。その日初めて同級生と交わした会話だった。

男の子は友達のところに戻って、笑っていた。

いつの間に落としたのだろう。わからないけど、クラスメイトに優しくしてもらえたことが嬉しくて、少しだけ陽射しの辛さを忘れた。

水筒の蓋を開けて、コップに麦茶を注ごうとして、

中から出てきたのは──大量の、

ダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシダンゴムシ……

わたしは飛び上がった。

お弁当箱も水筒もコップも落とした。

無地のシートに、黒い点々が散らばった。

麦茶に溺れたダンゴムシは、大半が死んでいたけれど、中には苦しそうにたくさんの脚を動かしているものもいた。

後ろからは、男の子たちが大笑いする声が聞こえた。

そして、わたしは思い出した。

見学中、ナップザックはエントランスに置いていて、誰でも触れたこと。

それと……わたしはいじめられっ子だったこと。

息が荒くなる。暑さのせいではない汗が額から噴き出す。手が小刻みに震え出す。

頭の中で何かが千切れるような音が聞こえて──

 

わたしは嘔吐した。

 

 

白い息が、冷えた空気に溶けて消えた。

どこかの家から、モーニング・コーヒーの芳しい香りが漂っている。通勤途中の喜多野きたの坂には山おろしが吹きつけ、立野美咲たてのみさきは思わず肩をすぼめた。まだ十一月で本格的な冬とは言えないが、朝と夜は冷え込む。

風が耳元で鳴り、鞄を持つ手がかじかんだ。まだ小学生が登校する時間ではないが、美咲は軽く周りを見回してから、両手をコートのポケットに突っ込んだ。学校が「ポケットに手を入れて歩くな」と指導している手前、教師である自分がルールを破っているところを見られるわけにはいかなかった。

ハロウィンの過ぎた街並みは、早くもクリスマスを待ち望んでいた。道路に沿って並ぶトウカエデには、イルミネーションが施されている。多くの民家が玄関先に置いていたジャック・オー・ランタンの飾りつけは見なくなり、代わりにクリスマス・リースがほとんどの家の扉にかけられていた。気の早い家庭は、窓辺にツリーを飾ったり、バルコニーから電飾を垂らしたりしている。曲がり角の家の門では、サンタクロースの人形が朝だというのにピカピカと光っていた。

(写真:iStock.com/Free art director)

そうした光景を見るたびに、美咲の胸は微かに締め付けられる。

小学校低学年の頃に父親が病死した彼女の家は、決して裕福ではなかった。サンタを信じたことはなく、プレゼントをもらったこともない。ならばせめてと、母は毎年ケーキを手作りしてくれた。缶詰のフルーツと駄菓子がのったホールケーキ──見た目も味も悪く、これならスーパーの売れ残ったショートケーキの方がいいと思ったが、言えなかった。「クリスマスには娘にケーキを手作りしてあげている」という事実が、母の心を救っているのだと知っていた。

息が白い──今度はため息だった。

見上げた坂道の先には、美咲が教師を務める神海こうみ市立喜多野小学校がある。時代がかったクリーム色の校舎は、周囲にある洋館の鮮やかな屋根の色をかき分けて、ひときわ存在感を放っていた。

 

──月曜日にうかがいますので、お時間をいただけますか

 

ふいに、電話口で聞いた冷たい声がよみがえった。

目が覚めた布団の中で、何度休もうかと思ったことだろう。

だが、いくら一方的とはいえ、保護者がアポを取ってきた日に休むことはできない。そんなことをすれば「逃げた」と揶揄され、保護者会で吊し上げを食らうのは目に見えている。母親の中には、若い女教師に対してやたら風当たりの強い人もいる。

だが、今日会う予定の小紫こむらさきめぐみの母親──冴子さえこは、そうしたタイプとはまた違っている気がした。

坂は傾斜を増し、足取りはますます重くなる。

途中で目についたのは、家の前面をほとんどイルミネーションの網で覆った、大きな邸宅だ。他の家と比べても、その家は特に気合が入っていた。

表札には、優雅な字体で「NAKAMURA」と書かれていた。足早に去ろうとしたが、その庭の飾りつけに思わず目を奪われてしまう。

ポインセチアに囲まれた庭。その真ん中には、二メートル近いクリスマス・ツリーが立っていた。その根元では、リボンのついたプレゼントの箱が山になっている。さらにその周りには、大人の膝丈ほどの小人の人形が群がって、どうやらツリーの飾りつけをしているようだ。積み重ねた箱に乗ってツリーにオーナメントをつけようとしている小人もいれば、モールを引っ張り合って遊んでいる小人もいる。二階のバルコニーの手すりにはサンタの人形が座り、そんな庭の様子を見て微笑んでいた。広い庭をいっぱいに使った、ストーリー仕立てのディスプレイだ。

もしもこんな家に住めていたら……美咲はつい想像する。小人と一緒にツリーを飾りつけているのは父で、幼い頃の美咲は楽しそうにその周りを駆ける。窓の近くで、母が暖かい家に入るよう手招きしている。その向こうでは、可愛いケーキと、おいしそうな料理がテーブルいっぱいに並んでいる……。

そのとき、カーテンを開く音がして、美咲はハッとした。

窓のそばに、グレーのセーターを着た、三十代半ばくらいの女性が立っていた。

中村真奈なかむらまな──美咲が担任しているクラスの児童の母親だ。

柵門の前に立つ美咲を認めると、彼女は眉をひそめた。

美咲は会釈をすると、逃げるようにその場を去った。

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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