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めぐみの家には、小人がいる。

2022.11.08 更新 ツイート

6話 不登校のめぐみと交換日記を始める。交換日記では意外と饒舌だった。 滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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ノックをすると、木の扉は硬い音をたてた。返事はない。

耳をそばだててみると、

 

……トト、ト、トトト……

 

何の音だろうか。何か、小さいものが走るような音だ。

ネズミ──いや、ハムスターでも飼っているのか。

「……小紫さん? あの、先生だよ。入ってもいい?」

鍵はかかっていなかった。冴子に目で確認してから、扉をゆっくりと開ける。

廊下と同じ蜜色の照明の中──めぐみは、ベッドに腰掛けていた。

まだ夕方だというのに、彼女は白のネグリジェを着ていた。恐らく、朝からずっと同じ格好だったのだろう。白かった肌は、病的なまでにさらに白くなっていた。

「……先生?」

久しぶりに聞く声だった。

「こんばんは。……寝てたの?」

首を横に振る。

「そうなんだ。……体調はどう? 元気にしてた?」

めぐみは頷く。話は聞いてくれるようだ。美咲は安心した。

冴子には目で合図を送り、扉を閉める。

「ねぇ、隣に座ってもいいかな?」

「……いいけど」

ふかふかのベッドに座ると、美咲は部屋の中を見渡した。小学校三年生に与えるにしては、広い部屋だった。朱色の丸い絨毯の上には、何体もの西洋人形が散らばっている。今どきの子供はまず持っていない、貴族のドレスを身に着けた磁器製のビスク・ドールだ。他には、クマのぬいぐるみ、大小の木馬、いくつものクッション──そして階段や廊下と同じくお菓子が散乱していて、まるでお姫様の部屋だ。

美咲は、しばらく他愛ない話をした。給食においしいゼリーが出たことや、街でツリーを見かけることが多くなったこと、手袋を買おうと考えていること……めぐみは美咲の顔を見ながら黙って聞いていた。めぐみにも話してもらおうとしたが、一言二言呟くだけで続かない。自分のことを話すのは得意ではないのだろう。

話している途中にも、天井から繰り返しカサカサと音がした。

どうやらネズミらしい。古い館では、棲みついても仕方ないのかもしれない。

「今日は小紫さんに、プレゼントを持ってきたんだよ」

そう言って、美咲は鞄から袋を取り出した。中に入っているのは、表紙に花の絵が描かれた、可愛いノートだ。ここに来る途中、大通りの雑貨屋で買ったものだった。

(写真:iStock.com/Alla Machutt)

「……かわいい」

「でしょ? ねぇ、これで先生と、交換日記しない?」

「交換日記?」

めぐみは、茶色い目を少し丸くした。

「うん。したことない? 一日ごとに先生と交互に日記を書き合うの。本当に日記を書いてもいいし、先生に話したいことがあったらそれを書いてもいい。イラストでも、漢字の書き取りでも……とにかく、何を書いてもいいんだよ」

「ふぅん」

めぐみは足をパタパタと揺らした。子犬の尻尾のようだ。食いついているらしい。

交換日記のアイデアは、午後の授業中に思いついた。学校とのつながりさえ絶たなければ、再び登校するチャンスはいつか来るはずだ。

「先生は毎日取りに来るから、やらない? 無理して書かなくても、先生が書いたものを読んでくれるだけでも嬉しいけど」

「うーん……じゃあ、やる」

「ほんと? じゃあ、明日からね」

黒い髪を撫でるとさらさらだった。特定の児童と過度なコミュニケーションはするなと言われているが、誰も見ていなければ構わないはずだ。めぐみは、少し表情を緩ませた。教師がいきなり家に来て、緊張していたのだろう。

「学校に来いって、言われるのかと思った」

「来てほしいけど……でも、ゆっくりでいいよ。まずは先生に、おうちで何をしてるのか教えてほしいな」

ノートに二人の名前を書いて、美咲は部屋を出ることにした。

「じゃあ帰るね。ご飯、いっぱい食べてね。お菓子ばっかり食べてちゃダメだよ」

「そんなに食べてないもん」

「嘘だぁ。家中にお菓子のゴミが散らかってたよ」

「わたしが食べたんじゃないよ」

「そうなの? じゃあ、誰が食べたの?」

めぐみは黙り、じっと美咲の目を見た。ついてしまった嘘をどう取り繕うか考えているのだろう。美咲は、笑みをこぼした。

別れを告げて扉を開けると、冴子がまだそこに立っていた。

「……ずっとそこにいらっしゃったんですか?」

「先生、どうでしたか?」

冴子は答えなかった。美咲は交換日記のことと、今後のことを話した。ゆっくりと学校に行ける環境を整えてあげたいと伝えると、彼女は「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。

夕食の誘いを断り、美咲は旧ゲオルグ邸をあとにした。

すでに外は真っ暗で、来た道をライトが黄色く照らしている。

暗い森のどこかで猫が鳴いている。美咲はポケットに入れられない両手を擦り合わせながら、ノートに書く文章について考えていた。

 

****

 

今日は、お母さんが家にいたから、いっしょに、おかしを作った。
おかしは、シュトレンだった。レーズンやナッツが入った、パンみたいなケーキだった。
お母さんは、おばあちゃんから、おしえてもらったらしい。
おばあちゃんは、おばあちゃんのおばあちゃんにおしえてもらった、と言っていた。
レーズンとナッツをいっぱい入れて、ケーキをやいた。
ほんとうは、クリスマスまで、少しずつ、うすく切って食べるんだよ、とお母さんは言った。
でも、わたしたちは、うれしくて、ぜんぶ食べてしまった。おいしかった。
また作ろうね、とお母さんと、やくそくした。

めぐみ

 

お母さんとおかし作り、楽しそうだね。
シュトレンというおかしがあるんだね。しらべてみると、ドイツのおかしでした。小紫さんのおばあちゃんのおばあちゃんからレシピが伝わっているなんて、びっくり!
おいしそうなケーキなら、がまんなんてできないね。
小紫さんもぜひ作り方をおぼえて、いつか子どもができたら作ってあげてください。
でも、その前に先生に食べさせてくれたらうれしいな。
今日は体育の時間に大なわとびをしたよ。みんな息を合わせて、なんと五十回をクリアできました! 次は、小紫さんもいっしょに、百回にちょうせんしたいな。

みさき

 

今日も、にわにねこが来て、わるさをしていった。
森にすんでいる、黒いわるいねこで、にわにふんをしたり、お母さんの花をあらしたりする。まどが開いていると、家に入ってきて、食べ物をぬすんでいったりもする。
わたしや、お母さんにむかって、「ふーっ」とないたりもする。きばが見えて、すごくこわい。
一ど、友だちをきずつけられて、すごくかなしかった。
つぎ、またにわに入ってきたら、おい出してやろうと思う。

めぐみ

 

黒いねこなら、先生も、おうちにいったときに見たよ。
食べ物をとられたり、お母さんのお花をダメにされたら、悲しいね。
友だちというのは、今の小学校でできたお友だちのことかな?
ケガをしないように、次、そのねこを見つけても、近づかないようにしてね。
それに、ねこもきっと、生きるために一生けん命だから、ひどいことはしないであげてほしいな。
今日は大雨で、みんな外に出られず、教室であそびました。
男の子たちの間では、じょうぎとばしがはやっているみたいです。
女の子たちは、絵しりとりにむちゅうです。
小紫さんは、おうちで他にどんなことをして遊んでいるのかな?
今度、教えてね。

みさき

 

意外にも、めぐみは交換日記では饒舌じょうぜつだった。

その日に冴子としたことや本の感想など、イラストを交えてノートの一ページいっぱいに書いてくれる。他には、ふと思いついたであろうこと──ユニコーンを飼ったらあげるエサや、白雪姫と王子様の結婚生活、森の奥に住むお姫様に会う方法──やや空想癖があるようだが、想像力豊かで、読んでいて楽しい。

美咲はと言えば、めぐみの文章への感想と、その日に学校であったことを書いた。

ノートの受け渡しのために頻繁に旧ゲオルグ邸を訪ねることになるが、プリント類を直接渡せて、めぐみの様子を見ることができることを考えれば、悪いことではなかった。これまでプリント類はめぐみと家が近い子に頼んでいたが〈悪魔の館〉とまで呼ばれている旧ゲオルグ邸には、誰も喜んで行こうとはしなかったのだ。

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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