
一日一冊読んでいるという”本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
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元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第13回 滝川さり『めぐみの家には、小人がいる。』

こんにちは。恋人に媚びる小人が苦手なアルパカ内田です。
「イヤミス」がブームとなって久しい。描写が残酷なほど満足感が高まる。そ
の突き抜けた残忍さにスカッとするのが魅力であるらしい。熱烈なファンによれば「全身に虫がたかって骨になるまで食い尽くされる」死に方が最高だという。安心してもらいたい。本書にも目の肥えた「イヤミス」ファンを唸らせる地獄世界が繰り広げられている。
舞台は神戸をモデルにした架空の街・神海の異人館街に建つ不気味な館・旧ゲオルグ邸。老女が変死を遂げた、訳ありの場所に住む母娘。どうやらこの家の秘密はなかなか姿を現さない小人たちにあるようだ。ささいな違和感が悪意を巻き込み、信じがたき事件を引き起こす。悪魔の館が大きな口を開けて光と闇を包みこみ、やがて読む者すべてを呑みこんでいくのだ。
本書は背筋も凍りつく上質なホラー小説というだけでなく、世代を繋ぐ人間ドラマとしても秀逸だ。孤独な少女と若き教師との交換日記を通じた交流。担任の先生もまた幼き頃に酷いいじめに遭って大きなトラウマを抱えていた。決して一筋縄ではいかないものの、同じ痛みを背負った者同士の共鳴が心にしみるのだ。
心理的に追いつめる恐怖はもちろん、無数の穴に象徴される刻印にも注目してもらいたい。冒頭シーンは禁断の悪夢。脳裏に焼きつけられるインパクトは衝撃のラストの振幅をさらに広げているよう。規格外の恐怖を体感させる強烈な震撼本であると同時に、周到に用意された究極の鳥肌本である。これは決して読み逃してはならない!

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
花房観音『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』

一方こちらは、大作家の知られざる事実を丹念に追ったノンフィクション。
その作家には多くの「噂」があった。パーティの度にドレスを新調し、高価な宝石を身に着けていた。執筆部屋には家族すら入れず厳重に鍵をかけ、その暗証番号も度々変えた。自分以外の作家が京都を舞台にミステリーを書くことも、新聞広告で自分より目立つことも許さなかった。隣宅には西村京太郎が住み、そことは地下で繋がっていた……。
その作家は山村美紗。昭和から平成にかけて、多い年には10冊以上の新刊を出し、どれもがベストセラーになった。原作にしたドラマは高視聴率を叩き出し、高額納税者として名を連ねた。
名だたる出版社の役員たちは、美紗に嫌われたら彼女以上に売れている京太郎の原稿も貰えないとあって、美紗の前にひれ伏した。まさに「女王」だった。
本書はその美紗の生涯を、一般には知られていなかった夫、作家仲間であった京太郎の2人の男との関係から迫ったド級の評伝である。
光がまばゆいほど、濃い影を落とす。花房観音は、その影の中でまるで息を潜めるように生きていた人物の「生」を優しく照らし、かつての文壇タブーに挑む。ただし、それはけっしてスキャンダラスな視線ではなく、みずからも京都に住む作家である花房から美紗へ寄せる羨望であり、敬愛であり、畏怖でもある。
作文は得意だったが、病弱だった少女時代。何歳まで生きるかわからないなら好きなことをやると決め、大好きな推理小説を書き乱歩賞に応募し、教師を辞した。流行作家になってもけっして筆を休めることはなく、起きている時間のほとんどを執筆にあて、その最期も執筆中のホテルで迎えた……。壮絶な生き様は凡百のミステリーよりも謎めき、本作は最高の評伝である。特に出版界の人間には必読の書である。
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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