
一日一冊読んでいるという”本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
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元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第12回 彩瀬まる『かんむり』

こんにちは。これを読まなければおかんむり。アルパカ内田です。
常日頃から物語を評するに「傑作」を使うと負けと思っているが、本作は言葉を失うほどの大傑作。選択と後悔、そして懊悩と諦念の連続で成り立つ人生と、生きづらい時代の空気をそのままに再現した、令和を牽引する物語といっても過言ではないだろう。
とある男女の性愛をテーマとしたシンプルなストーリーかと思いきや、生老病死を呑みこんだ人生を俯瞰するような大河小説に仕上がっていることには驚きしかない。抗うことのできない運命を裏表なく見つめる確かな視線、細やかにして大胆な筆づかい。人間の営みのすべてをこのページ数に凝縮させた力量は天才的だ。
極限にまで研ぎ澄まされた五感の描写も凄い。匂いと臭いをかぎ分けるような嗅覚も印象的だが、とりわけ肌の温もりや湿度までもが伝わる「触感」が際立ち、心と身体をねぶるような濃密な触れあいにも唸らされる。こんなにも愛すべき者の「くぼみ」と「ふくらみ」が愛しいとは。完璧な人間など存在しない。脆さ、不甲斐なさ、醜さといった負の要素を丸ごと引き受けてこそ本物の愛なのだろう。
タイトルの「かんむり」に込められた意味合いも奥深く、眩しい光が射し込むプールの水や空気の粒子までもがはっきりと見えた。ままならない男と女の交歓、ひとり息子を含めた家族の関係性の変化に、膝を打ちながら頷きながら読み、読後の余韻をいつまでも噛みしめていたくなる。この豊かな読書体験は大きな財産だ。

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
清水ミチコ『カニカマ人生論』

一方こちらは、人気タレント・清水ミチコさんのエッセイ。
岐阜県で自営業の実父と継母(この母親との愛情あふれる関係がとても素敵)に育てられ、やがてテレビ等で活躍するまでがつづられている。
今の活躍ぶりからは想像できないが、子どものころの著者は、小学校に入ってもハキハキしている周囲の子たちに馴染めない……、高校受験もプレッシャーに負けて失敗。やがて東京に出てきて舞台やテレビに出るようになっても、誰かにちょっとダメ出しされては落ち込む日々。さらには、ある番組の収録の前日に、どうしてもネタが自分では面白いと思えず、プロデューサーに降板を直談判するような始末……。
書かれていることの8割(たぶん)は、失敗した経験や、自分がダメだったというエピソードばかり。でも、そんな失敗もすべて明るく笑えてしまうのが、本作の面白さであり、筆の巧みさである。
タイトルにあるカニカマとは、高級食材のカニのいわば「モノマネ」食品。「本物の『カニ』の持つ旨味こそありませんが、B級グルメだからこその味わいや、ちょっと情けないテイスト」なのだ。とにかくゆるく読めるのがいい。このエッセイ、読むほどに(噛みしめるほどに)その旨さがしみ出してくるのだ。
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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