
一日一冊読んでいるという”本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
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元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第5回 藤岡陽子『空にピース』

こんにちは。モットーは「ラブ&ピース」のアルパカ内田です。
素晴らしい。こぼれ落ちる涙を抑えきれなかった。小学校の教育現場が舞台であるが、ここには目を背けてはならない現実がある。貧困、虐待、暴力、不登校、モンスターペアレントなどの問題は、まさにこの国が抱えている病理そのもので、重苦しい社会の縮図を目の当たりにしたような印象だ。
問題山積のクラスを任された主人公・澤木ひかりは5年目の若手教師。持ち前のガッツであらゆる難題に真正面から立ち向かう姿勢が激しく胸を打つ。子どもたちの行動にはすべて理由がある。細やかな観察で原因を突き止め、児童を救うためだけに一途に解決策を探していく。決して諦めない情熱に心を動かされない者はいないだろう。
児童たちの卒業までの鮮烈な1年間の記録であり、一人の女性の成長譚としても読みどころ満載だ。
「強くならなければ、子どもたちを守ることはできない」など、まさに金言の宝庫。随所から尊い学びがあふれており、人に対する深い愛と信頼が感じられる。真摯な眼差しでひたむきに生きる人々の姿を描き続けてきた著者の祈りが文面から切実に伝わってきた。これほど雄弁で人間味に満ちた作品も稀有だろう。
読みながら幼き頃の自分を思い出した。正直に生きること。希望を持つこと。担任から受けた教えは何十年経っても忘れられない。そして卒業文集に「小学校の先生になりたい」と書いたことも。夢は叶えられなかったが、『空にピース』を読み終えて、生まれ変わったらこんな先生を目指したいと思った。

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
伊東潤『虚うつけの舞』

一方こちらは徹頭徹尾不穏な空気が漂う、まったくピースじゃない1冊。
本能寺の変から10 年、天下人に上り詰めた秀吉は朝鮮、明の征服を目指し、まさに絶頂にあった。しかし、この小説の主人公は秀吉ではない。織田信雄と、北条氏規の物語だ。
信雄は本来であれば、父・信長から受け継ぐはずだった地位も名誉も家禄もあったが、秀吉の企みによってすべて奪い取られた身。氏規はかつて関東の覇者と言われ、その後秀吉に滅ぼされた北条一族の生き残り。ともに秀吉によって大きく運命を変えられ、今では秀吉にひれ伏す立場にある。
狡猾で幼稚、時には狂気をまとい我が世の春を謳歌する秀吉。
世が世であればと思いながら、屈辱に耐える信雄と氏規。
勝者と敗者が織りなす残酷なコントラスト。
読み進めるにつれ、読者は敗残者の無念に寄り添っている自分に気づくはずだ。そして、いつしか身体中が熱くなるに違いない。
歴史の片隅に追いやられた男たちの物語を堪能してほしい。
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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