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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

2020.11.18 更新 ツイート

カレーのフードトラックを撮影しながら考える「移動しながらできるなにか」 太田信吾

撮影をしていて、キャメラ越しに、出演者の存在の魅力に心が奪われてしまうことがよくある。
長野県で移動販売のカレー店を営む河野愛里さん(27)とのある作品の撮影の際にも、そんな感覚に陥った。

河野さんとの出会いは、緊急事態宣言最中の2020年5月に遡る。

 

長野の実家に一時的に帰省してリモートワークをしていたボクは、夜に仕事を終えると付近の書店に散歩がてら立ち読みに行くのが日課になっていた。

出歩けない分、書物を通じて非日常に出会い、旅に出る……。

そんな感覚を求めていたのだろう。

ふと手にとった長野の地方誌「長野Komachi」の一面に、長野県内で活躍するフードトラックの店舗が紹介されており、その中に、河野さんの姿があった。

長野に移住し、ベジや鹿肉のカレーを販売するフードトラックを販売している20代の女性。

素敵な笑顔で美味しそうなカレーを盛り付ける姿がボクの心を和ませた。

去年、沖縄や宮城で新鮮な鹿肉を食べさせてもらう機会があって以来、ジビエに興味が湧き、勉強をしていたタイミングで、ちょうどフードトラックをテーマにした作品の演出を手掛けることが決まった。ボクは彼女だ! とそのお名前を脳裏に刻み込んでその雑誌を閉じた。

時は経ち、初夏。

ようやく出歩ける風潮になり、ボクはひとまずそのカレーを食べに河野さんが仕事をする街へと出掛けた。長野県伊那市にあるKurabeさんというイタリアンレストランの店舗の一角。普段はイタリアで修行をされてきたシェフによる本格的な生パスタや地元のりんごを使ったお酒「シードル」を味わえる名店だが、定休日の日は、農家の方をはじめとする地元の若く志のある方々に販売するスペースを提供しているのだという。

店舗の入り口周辺に所狭しと、地元の農家の人が収穫したばかりのカラフルなとれたて夏野菜が並んでいる。奥に進んでいくと、雑誌で見た河野さんが地元の方々に、手作りカレーを販売していた。写真を通して見ていた通り、笑顔が素敵な女性だ。

その日のメニューは二つ。鹿肉のキーマと、ひよこ豆のナスカレー。

注文を迷っているボクを見かねて河野さんが言う。

「ハーフアンドハーフもできますよ」
「あ、じゃあ、それでお願いします」

カレーは美味しかった。夏野菜は、ひとつひとつ色がカラフルで、見ているだけでうっとりしてしまう。カレーに使う野菜は、無農薬の農法など自分が納得する農法を実践する農家さんから、季節ごと旬のものを仕入れているのだという。ルーも、河野さんが本場インドで学んだ本格カレーをベースに、数種類のスパイスを使い別け、野菜のおいしさを引き出している。卵や牛乳、小麦を使用しない河野さんのベジカレーは、アレルギーのある人でも食べられるという。

鹿肉のミンチ肉を使ったキーマカレーは全く苦味や臭みを感じさせず、ターメリックライスやパクチーと合わさって口の中にまろやかかつトロピカルなカレーの味わいを広げてくれる。夏の長野の広大な草原の景色がボクの脳裏に蘇り、至福の「食」の時間を過ごしていた。

「どうして長野に移住しようと思ったんですか?」

食べ終えたボクの質問に、河野さんは丁寧に答えてくださった。

熊本県出身の河野さんは信州大学農学部卒業後、インドや東南アジアを旅してカレーの味を研究、2018年の7月にカレーの移動販売を始めた。

学生時代を過ごした伊那谷の自然豊かな環境が気に入った。好きなことを仕事にしてキラキラと輝いている移住者の先輩たちの姿も背中を押し「自分もなにか楽しいことを仕事に」と移住を決意したのだという。

ボクにとっては、幼少期に少しだけ暮らし、最近では年に一度帰省するかどうか、という距離感になっていた地元の長野。緊急事態宣言の前後から6月末まで一時的に暮らしたが、7月からは再び東京での自粛前と変わらぬ暮らしに戻ってしまった。

ボクは、河野さんに引き続き撮影をさせていただきたいとお願いをした。

ある日は、栂池高原で開催されているフェスでの販売。ある日は、箕輪町役場の庁舎前での販売。土地土地をフードトラックで周り、販売するスタイル。

「移動販売って、こちらから好きな場所とか、好きなお客さんに会いに行けるじゃないですか。それが楽しくて」

丁寧に野菜を盛り付け、笑顔で一人ひとりのお客さんたちと会話を楽しみながら、食事を提供する、彼女のフードトラックの周りに流れるスローな時間がボクにはとても魅力的に写った。役場の職員の皆様も、限られた昼休みの時間に美味しい料理と河野さんの人柄が「癒し」になっているようだった。

一つだけ、気になることがあった。

フードトラックの装飾だ。

ボクが出会ってきたフードトラックの皆さんは手の込んだデザインで装飾を施した車で営業されている方が多い。一方、河野さんの車は、白の軽バンで、もちろんシンクなど移動販売のルールに則った作りにはなっているが、外からは店名のロゴもなく、普通の乗用車と変わらない外見なのだ。

「味だけで、勝負したくて。それに、このカレーもまだ変化の途中だから、いつでも、変化できるように、デザインで塗り固めたくなくて」

明確な回答に、改めて、ボクは改めて、河野さんの人柄に、惚れてしまった。

仕事が丁寧なだけではなく、自分の軸も持っている。余計に飾らず、自分なりの、マイペースな生き方。

後日、ボクは河野さんをお誘いし、河野さんが仕入れている鹿肉業者さんの紹介で、河野さんが使っている鹿肉がどのように捕獲されているのかを訪ねる小さな旅に出た。河野さんも初めて会うというわな猟の猟師さんはベテランで、山地のあちこちに仕掛けた罠を見廻る。

その日の獲物は一匹。猟師さんはすぐに仕留めた鹿を解体業者さんに運んでゆく。その日は、河野さんの旦那さんも同行されていた。解体が無事に終わり、一息ついた頃、ボクは初対面の旦那さんに思わず、口にした。

「こんな素敵な方が奥さんで羨ましいですよ!」

そばにいた、鹿肉の解体を生業にしている男性も、大きく頷いた。

旦那さんは、恥ずかしそうに笑った。

時代に求められている存在なのだろう。

映像を通じて、河野さんの魅力を伝えられる日が来るのが楽しみだ。

撮影を終え、都内に戻る。

行きつけの店に食事へ行く。

すると何年も会ってなかった知人が偶然にも店のドアを開けて入ってきた。

車の鍵をクルクルと指にハメて回していたので、質問した。

「車ですか?」
「うん、新車に乗り換えて」
「え、何乗ってるんですか?」
「移動販売とかできたらいいなと思って、そういう車」
「えっ!」

ボクは思わず立ち上がった。

「今、移動販売をテーマにした作品を、作ってるんですよ」
「え、そうなん? 車見る?」

知人は駐車場に停めたマイカーを見せてくれた。

「俺、仕事も忙しいし、すぐに活用できないから、何か使えるなら使ってよ、この車」
「ありがとうございます」

いくら気軽に始められるとはいえ、片手間では手は出せない。

でも同時に、ボクの脳裏には、映画を作ってきた西成の街のおっちゃんたちの姿が蘇っていた。

これから冬になり、外で寒さに震えながら暮らす人たちも出てくることだろう。

自分にも何か、できないか。自然と考え出している自分がいた。
(次回は、考えた末のアクションを、書けたらと思ってます)

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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

リアルに進む映画制作の記録。踊りの記録。

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太田信吾 映画監督・演出家・劇作家・俳優

1985年生まれ。長野県出身。早稲田大学文学部哲学専修にて物語論を専攻。処女作のドキュメンタリー『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010優秀賞・観客賞を受賞。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が世界12カ国で配給される。他に『解放区』(18年劇場公開)など。俳優として舞台・ドラマ・バラエティにも出演。2017年にはソウル市立美術館にて初のインスタレーション作品を発表するなど、ジャンルの垣根を超えて、創作活動を行っている。

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