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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

2021.01.22 更新 ツイート

競輪の若手予想屋“ギャンブラー”さんからの先行き見えない時代へのメッセージ 太田信吾

予想屋の「声」の魅力

「さあ次の4レース。高配当狙って行ってみようかぁ! 1発、さぁこれから狙って行こう! 勝負はこれから、これからだよ」

予想屋の男性が競輪場に集う客たちに向けて、大きな声を放っている。

高い台の上に立つその佇まいは、さながら高座に座る落語家のようだ。微かにかすれながらも重厚に響く味のある声、だだっ広い競輪場の空間に響き渡る骨太さ。ここ最近、新作映画の編集のために自宅に閉じこもっていたこともあり、その男性の声は、ボクの鈍った背骨にズシンと響き、ピンとさせる。

 
ギャンブラーさん

ボク同様に競輪場に集った無数の人々も予想屋の声から<気>を受け取ったのか、一人、また一人と、客が吸い寄せられ、やがて予想屋に小銭を落としてゆく。予想屋は、その小銭と引き換えに、紙を渡す。

あの紙に、次のレースの予想が書かれてるのだろう。ボクも買ってみよう。

せっかく競輪場に来たのだから、一回くらい「勝負」をしてみよう。

予想屋の男性の座る高座には”ギャンブラー"という屋号のシールが貼られている。

高座を取り囲む壁には、数々の競輪選手と撮影した予想屋の男性の写真。

正面のベニヤには最近のレースで見事、予想的中した万車券の数々が掲示されている。

大きいものだと、20数万円。100円の掛け金がいきなり約2000倍の配当金に変わる……?

ギャンブルは手を出したことがなかったが、ハマる人の気持ちはわかる気がする。

1レース分の予想だと100円、1日の全レース分の予想(この日は12レース)だと500円。

ボクは1日のレースの予想を買った。

用紙を受け取りながら、予想屋に話しかける。

「声がすごく素敵ですね」

「ありがとう」

「あんま見ない顔だね?」

「はい、すごく競輪が好きな知人がいて、ここのラーメンが美味しいからとオススメされてきたんです」

「仕事は?」

「映画の監督とか、役者してます」

「そうなんだ。はい、これ」

予想屋が口につけたフェイスシールドが白く曇っている。

予想屋の男性が、ボクに差し出した紙と引き換えに小銭を渡す。

仕事を邪魔してはいけないので、予想の紙をもらい、話もそこそこに退散する。

離れた場所で紙を見る。今日の予想が書かれている。

この予想屋の男性が上げる予想にはかなり大穴が混じっている。

“ギャンブラー”という屋号を象徴するような予想の数々。

ボクも映画をやっていて、常々新しい価値観を提示したいという思いがある。

そこにまとわりつくのは常にリスクだ。

批判されるリスク。

嫌悪されるリスク。

金にならないリスク。

まさにギャンブルだ。

それでも、誰も、語ろうとしないこと、誰も、目を向けないようなことを、留めて、提示したい、そんな欲求に駆られる時に、ボクの映画は加速する。

ボクはギャンブラーさんの"予想”を見て、そのスタンスに強いシンパシーを覚えた。

予想屋の男性が暇になった隙を狙い、ボクは再び予想屋の男性の元へと近づいた。

話を聞かせて欲しいというボクを、予想屋の男性は快く受け入れてくださった。

予想の紙

ラーメン屋・コタンさんとの関係

「実は、あちらの……ラーメン屋の”コタン”さんから、お兄さんがこの競輪場の若手だと紹介してもらいまして」

「ああ、浩平くんね」

「同世代なんですよね?」

「そう」

「それに浩平君とは一緒に戦った仲だよ」

「戦った?」

「こないだまで、コロナでこの競輪場、閉まってしばらく無観客開催になっていたでしょう? 7月に無事にお客さん入れて再開できたんだけど、ただでさえ人の少ない競輪場に追い討ちをかけるような事態が起きたんだ」

「何があったんですか?」

「酒だよ、酒」

「酒?」

やはり競輪場に酒は付き物だったのだ。酒臭いおっちゃんたちが屯(たむろ)している場所、という先入観が吹き飛ばされるくらい、ボクが立ち入った大宮競輪場に不潔な印象はなかったが、それでも、酒を嗜みながら競輪を楽しむ客は多いのだという。7月の観客を入れての営業再開後、その肝心の「酒」の販売ができなくなり、彼はアクションを起こすことを決めたらしい。

「ただでさえみんな経営が厳しいのに、再開後に酒の販売ができなくなったんだよ。これ以上の追い討ちは勘弁してよって。競輪場構内で酒類の販売をしている食堂の皆で集まって、事務所に交渉に行ったんだよ。ちゃんとアポを取ってね。それでなんとか、酒類の販売が再開できたんだ」

予想屋としては別に酒を直接的に販売するわけではないが、働く職場全体のためにアクションを先導する木村さんに余計にボクはリスペクトの思いが募った。もっと彼のことが知りたい。

ギャンブラーさんが競輪と出会ったのは幼少期

予想屋「ギャンブラー」こと木村安記さんは昭和47年4月に大宮で生まれた。

競輪場内に親族が経営する食堂があったこともあり、木村さんは幼少期から大宮競輪場に出入りをしていた。

最初の大宮競輪場の記憶は4歳の頃。なんとなくの”勘”で買った万車券が見事に的中。100円玉が一万円に化けた。周囲の大人たちに羨望の眼差しで見つめられたのを覚えている。木村少年は競輪場の中でも「万車券を当てた小僧」として一目置かれる存在となっていった。

「いろんな人にお年玉をもらったよ。正月に練り歩くだけでおう小僧! って呼ばれておっちゃんたちが次から次へとお金をくれるの。10万円くらいあったんじゃないかなぁ。まあ貰っても全部お袋に没収されるんだけどね。まあ当時は競輪場も最盛期。食堂経営も順調で周りの大人たちはみんな自分に優しかった。怖い思い? したことはないよ。楽しい場所でしたよ、競輪場は」

お年玉を彼にあげた男たちは、当時から「勘」が良い木村少年のご利益に授かろうとしていたのではないだろうか。そんな推測をせざるを得ないエピソードがある。なんと44年前に万車券を当てた瞬間の木村少年を目撃していた男性の一部は現在、彼の常連客なのだという。長い年月が経っても続く絆。固定ファンの多い競輪、そして人と人との結びつきが深い競輪場の特徴を物語るようなエピソードだ。

勘の良い少年が予想屋になるまで

「大人になったらすぐにこの仕事を始めたんですか?」

「実をいうと、競輪から離れていた時期もしばらくあったんですよ」

小学生の頃、父に連れられて通った近所の大宮競輪場。だが小学生の頃に両親が離婚。

それでもたまには通っていたが中学、高校と部活動や友人との時間が忙しくなり次第に競輪場との距離が広がっていった。高校卒業後、父の紹介で事業用賃貸物件を扱う不動産会社に営業職としてる入社。「仕事は見て覚えろ」という社長のもと、着々と経験を積み、数年後には飛び込み営業で次々と契約を勝ち取る花形営業マンに成長。24歳で結婚。25歳の時には年収800万円を稼いでいたという。

順風満帆なように思える彼が一体、なぜ、競輪の予想屋という仕事を選んだのか?

早い結婚、そして離婚による人生の転機

「全て俺が悪いんだけどね……」

仕事も私生活も順調だった木村さんは当然ながらモテる。ある日、内緒の彼女と趣味の格闘技観戦に出掛け、その中継を自宅でたまたま見ていた妻。カメラが客席の様子を映して行くと、木村さんと彼女の前でカメラが止まり…何も知らない木村さんが自宅に戻ると妻と子供の姿はなかった。

それからというもの、木村さんは不動産会社での仕事にだんだん意欲を失っていく。今まで情熱を傾けてきた仕事が急につまらなく感じるようになった。大きな心の支えであった家族を失ったからだろうか。何か、自分が情熱を注げる仕事を見つけ、生への意欲を取り戻したい。自分は一体何がしたい?

当時愛読していたプロレス雑誌の名物編集長ターザン山本氏の「一揆塾」というライター養成の塾生募集の記事を目にする。

「格闘技好きと、人生楽しみたい奴は来い!」

これだ! 募集文面の一行に心躍った木村さんは、長年勤めた不動産会社からの退職を決意。スポーツ誌のライターになるという夢を掴むべく、ターザン山本氏の塾生となることを決意した。

妻子と別れ、かなり安定した収入もスパッと捨ててしまった木村さんを「お前……ギャンブラーだな!」とターザン山本氏。この一言が屋号の由来だという。ところが想像以上にライターの道は厳しかった。なかなか思うような結果を出せず道半ばで挫折することになってしまう。

冴えない競輪場通いのはずが「万車券小僧」のレース勘が冴える

何をするか? 考えても「やりたいこと」が思い浮かばない。

そのまま流されるように古巣の競輪場へ足を運ぶ。

サラリーマン時代も競輪やパチンコは趣味で続けていたが、もう当時のような収入は無く、手元には僅かな蓄えを残すのみ。

「負けたら終わりだ」

そこから連日の競輪場通いの日々。常人はこんな生活を続けていたら全て失って即終了なのだが、そこは、かつての「万車券小僧」木村さんのレース勘が冴えた。数ヶ月たっても普通に生活もでき、蓄えは減るどころか逆にかなり増えていた。これなら博打で一生食っていけると勘違いしそうなもんだが、幼少の頃から博打場の大人たちを見て育った木村さんは違う。

これがずっと続くわけないし、何か考えなきゃ……。競輪場のあちらこちらに立っている予想屋たちを観察すると、人気の予想屋の前には1レースで100円玉が50枚は落ちているのに気付く。時給5000円はボロい商売だ。俺にもできるかな? たまたま自分の親族にオートレースの予想屋がいた関係で、その親族のアドバイスもあり「子供の頃から育った競輪場で自分も生きてみよう」予想屋稼業に入る決意を固めた。

開業資金は100万円。ヘタは打てない。改めて木村さんは冷静になり、予想屋として生きる上での自分の〈武器〉を考えた。幼少時代から周囲を驚かせた天性の勘の良さ。営業職で鍛えた話術。さらにライター志望時代に養った分析力や観察力。予想屋こそ、自分の天職かもしれない。人生の成功も失敗も全てがここに繋がった気がした。思い立ったら即行動するのが木村さんのポリシー。今動けば、年末の繁忙期に間に合う。

予想屋志願者には100万円の覚悟を問われる

予想屋になるには複数のステップが必要になる。まず警察の許可。ここで前科がないかなど予想屋志願者の「裏」を取られる。そこをパスすると次は競輪場の所有者である県の許可。

「俺が予想屋になったときには組合に金を納める制度があったんだよ」

「幾らですか?」

「100万」

「辞めるときに戻ってくるんですか?」

「20万だけね」

「高くないですか……」

「いや、その仕組みがあることで、予想屋を志願する人の覚悟を問えるからさ。その覚悟がない人は100万出さないでしょ? 本当に好きな奴がなる商売なんだよ」

すぐに警察や役所への許可取りに動き、許可が下りると、手元に残っていた100万円を組合に納め貯金はゼロ。あとがない。頼るべきは己の力のみ。予想屋の屋号『ギャンブラー』は師と仰いだターザン山本氏が名付け親のようなものだ。2003年12月28日、木村さんは予想屋デビューを果たした。

昔の木村さん

木村さんの声は勝ち負け以上に客を惹きつける

開業から17年。今日も場内に木村さんの威勢の良い声が響き渡る。

「勝敗だけではなく、集まってもらったお客さんたちに楽しんでもらう仕事。当たったら良かったね。外れたらゴメンね……根幹にあるのは勝ち負けを当てることよりも、まず競輪を1日楽しんで帰ってもらいたいなっていう心。そういう意味じゃプロレスに似てるかもね」

僕は木村さんの予想を買ったオジサンに話を聞いてみた。

「いつもギャンブラーさんから予想を買うんですか?」

「次のレース、ギャンブラー5番車から教えてるよ! 来んのかなコレ?」

「はぁ……ギャンブ」

「3着は流さなきゃダメだよ、兄ちゃん」

「はい……」

競輪場のお客さんは一方的に話す人が多い(笑)。

改めて木村さんの魅力について聞いてみた。

「当たる当たらないは時の運だけどね。ヤツの声は客を惹きつけるんだよ」

たしかに木村さんの野太く響く声は一度、聞いたら忘れない。

「走ってる選手にも上手いこと言うしね」

「それはヤジ的なことですか?」

「だらしがない競走した選手は叱り飛ばすしね。そりゃそうだろ、こっちは大事なゼニ賭けてんだから、俺たちの代弁者みたいなもんか」

笑いながら車券売り場に吸い込まれて行ったオジサンが突然、僕のところに戻ってきた。

「あとね、ヤツは走ってる選手に掛ける声のタイミングが絶妙なんだよ」

「タイミングなんてあるんですか?」

「当たり前だろ! 何でも間の悪い時に掛けちゃダメなんだよ、歌舞伎の大向こうと一緒だよ。じゃあな」

なるほど大向こうか。

「よっ、木村屋‼」

木村さんに魅力を抱くのは、競輪の客だけではない。

日本競輪選手会埼玉支部の支部長も務める白岩大助氏は、木村さんをこう慕う。

「木村さんは僕たちのレースをしっかり見て、的確な感想をくださるのでとても頼りになっています」

高齢化が取り巻く環境は競輪場も同様で客の減少にともない同業者が次々に廃業。売店の数も少なくなった。40代の木村さんは自分たちの世代が、この競輪という文化を継承していかねば。そんな自負が木村さんにもある。

この大宮競輪場が一年で最も盛り上がるのは、「東日本発祥倉茂記念杯」、通称「大宮記念」だという。

僕は1月14日に開催されるその大宮記念に遊びくることを約束して、競輪場を去った。

「競輪っていう文化のピラミッドの底辺の存在だから……」

年が明けた1月。二度目の緊急事態宣言の発令が現実味を帯びてきた。

1月6日、緊急事態宣言が再発令されるよりも一日早く、大宮競輪場は1月8日から当面の間、無観客でレースを行うことを発表した。ボクの脳裏にはコタンの浩平さんや、予想屋の木村さんの姿が浮かんだ。競輪場という場を再生させようと戦ってきた彼らにさらなる試練が降りかかっている。この危機を木村さんたちはどう乗り越えていこうとしているのだろうか? ボクはすぐに知人を通じてあの予想屋の木村さんに連絡を取り、話を聞くことにした。待ち合わせの喫茶店にやってきた木村さんは重い口を開いた。

「なんで埼玉だけ……っていう思いが強いですね。京王閣の競輪場は観客入れてレース実施してるし、ラ・ピスタ新橋っていう場外車券場も変わらず営業しているのに……」

木村さんたち、場内で商売する人たちには、主催者側から無観客でのレース開催が発表された1月6日の前日に、電話で通達があったという。

「大宮記念はこの競輪場で働く俺たちにとって一年で一番の稼ぎどきだから本当に悔しいよ」

「反論はしなかったんですか」

「いや俺たちは競輪っていう文化のピラミッドの底辺の存在だから……」

酒類の販売も仲間たちと交渉して再開を取り付けた木村さん。

ところが今回ばかりは流石の木村さんもどこか弱気になっているような感覚を覚えた。

予想屋はネットの中で生き残れるのか

ただでさえ斜陽産業化していく中で、コロナによる無観客開催というダブルパンチ。

なんとか競輪業界を取り巻く厳しい現状を打破したい。そんな思いはありながらも、まだ明確な打開策は見つからない。飲食業でYouTube上に料理動画をアップするなどして人気を博している人もいるのは知っているが、予想屋っていう仕事においては気を売る商売であり、ネットでその”気”が伝わるのか、躊躇するところがある。

「コロナ禍で自転車やロードバイク の売れ行きが好調なようですが、そこから競輪のブームにつながる気配はないですか?」

「いや、ロードの繁栄は競輪の繁栄にはつながらないね」

「オリンピックの競技にも競輪は選ばれていますが」

「あれはルールが違うからね。本当の競輪とは言えないんじゃないかな」

これという打開策はまだ見えていない。

木村さんは不意に訪れた再びのこの休みを通じて、じっくりと今後の競輪の盛り上げ方を考えていくつもりだ。

ボクは、木村さんに聞こうと思っていた質問を繰り出した。

勘の良さを武器に予想屋という仕事をしている木村さんだからこそ、聞いてみたかった質問だ。

「これから、この日本社会はどのように進んでいくと”予想”しますか?」

漠然としたボクの問いかけに、木村さんはたじろぎながら、答えた。

「社会のことはよくわからない。これは”予想”というより”願望だけど”…」

木村さんは真っ直ぐにボクを見つめて答えた。予想屋の目だ。

「誰かが一人勝ちする社会じゃなく、手を取り合けいって皆が幸せに生きていける世の中になると良いなと思う。一人勝ちの独り占めではなくて。強い人が弱い人に手を差し伸べるような、そんな人間模様があちこちにあると良いなと思う」

義理と人情で溢れていた”かつて”の競輪を知る木村さんだからこそ語れる、強い言葉だと思った。

ボクはそのメッセージをしかと受け取った。

映画や舞台という自分の関わる仕事の中で、木村さんを見習い、これからもリスクを背負いながら挑戦を続けていこうと改めて決意を固めた。

立川競輪場、京王閣競輪場の動き

後日、緊急事態宣言下にありながらも通常営業を続けていた「立川競輪場」が1月12日に、「京王閣競輪場」が1月15日に、それまでの通常営業から場外発売中止に舵を切った。首都圏では当面、競輪場にファンが足を運ぶ機会は失われたことになる。ファンの声が響かない競輪場で戦う選手たちはどんな思いで日々のレースを戦っているのだろうか?

年に一度の大宮記念決勝戦を見事、完全優勝で飾った競輪界のスーパースター・地元埼玉の平原康多選手から、場内で働くすべての人たちへメッセージをいただいた。

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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

リアルに進む映画制作の記録。踊りの記録。

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太田信吾 映画監督・演出家・劇作家・俳優

1985年生まれ。長野県出身。早稲田大学文学部哲学専修にて物語論を専攻。処女作のドキュメンタリー『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010優秀賞・観客賞を受賞。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が世界12カ国で配給される。他に『解放区』(18年劇場公開)など。俳優として舞台・ドラマ・バラエティにも出演。2017年にはソウル市立美術館にて初のインスタレーション作品を発表するなど、ジャンルの垣根を超えて、創作活動を行っている。

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