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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

2020.09.03 更新 ツイート

西成・泥棒市に自作の海賊版が出回っていることを知ったぼくの行動 太田信吾

監督作の映画「解放区」のDVD・ブルーレイが7/8に発売されて約1ヶ月後。ボクはある想定外の事件に巻き込まれ、車で大阪は西成を目指し、新東名自動車道を走っていた。

 

「太田さん、西成の泥棒市で、太田さんの映画が売られてはりますよ」

映画「解放区」の撮影でお世話になった西成のKさんから連絡があったのは、2020年の8月の上旬のこと。

泥棒市場とは西成のあいりんセンター付近で早朝に開かれている市場だ。そこで売られていたのは、これまで自分が知る限り、違法コピーされたDVDから、コンビニの廃棄弁当、靴や衣類、タバコや日用品まで様々だ。

ボクが2013年に映画「解放区」を撮影した時にはあまりに制作費が少なく、我々スタッフはここで売られていた100円で10個入りの賞味期限切れの菓子パンや通常価格の八割引き程の価格で売られるコンビニ弁当、輸入モノのバラ売りタバコ、衣装として使用するための服など多々、買い物をさせて頂き大変お世話になった。

西成のドヤに暮らしながら日雇い労働で生計を立てる労働者の男性が、建設現場で盗まれた作業靴がこの泥棒市で売られているのをここで見つけて、取り戻したという逸話もある。泥棒市というだけあってありとあらゆる「訳あり」のものが整然と並んでいるのだ。

その泥棒市で、発売されたばかりのボクの監督作の映画が、違法コピーされ、廉価で売られているのだという。これまで劇場の予告での啓発広告やバンコクやカンボジア、ブラジルなど東南アジアの屋台などで海賊版が出回っている事実を知ってはいたが、いざ自分の身に違法コピーという行為が降りかかってくると、許容しがたい怒りにも似た感情に苛まれた。

ボクたちスタッフにしてみたら映画は2013年から何年もかけて命を削って作り、配給や流通を通した「商品」だ。ボクの頭には、レンタルビデオ屋さん、配給会社など、ソフト化のために動いてくださったり、レンタルの現場で丁寧にポップを作ってくださっているスタッフの方々の顔が浮かんでいた。ギャランティらしいギャランティをスタッフに支払えていない自主映画だったので、少しでも回収して皆に配分したいという思いもある。

海賊版や違法コピーといった犯罪がそうした映画産業を支えてくださっている人たちの暮らしの障壁になってしまうことも懸念され、動かねばならない、と直感的に判断した。

電話を受けた翌々日には予定を変更して西成に向かう自分がいた。滞在してた長野県から新東名を飛ばすこと約5時間。ボクは懐かしい西成の街に足を踏み入れた。飛田新地の駐車場に車を駐車して、コロナ禍の街を歩く。

一夜の逢瀬を求めて労働者や国内外からの男たちが右往左往していた遊郭街・飛田新地は閑散としていた。

「おにいちゃん、寄ってって! 寄ってってって。ええ子、おるで。今、座ったばっかしや」

やりて婆と呼ばれる女性の傍で手招きをして客引きをするおばちゃんたちの声からも少しでも客を取ろうという必死さを感じた。

傍でニコリとこちらに微笑みかける女性たちを前に、遊郭に引き込まれそうな衝動に駆られる自分がいた。長らくセックスをしてない事情もあるのだろう。

「馬鹿野郎。何しにここまで来たんだ」

懐の中の財布に爪を立てながらボクは飛田の路地を抜けて、あいりん地区の方へと向かう。近年、増加した中国居酒屋からカラオケに興じる人々の音が聞こえる。

ボクが向かうのはいつも西成に来るとアジトにさせていただいている喫茶店。泥棒市で売られているという連絡をくれたKさんが営む店だ。

店は大阪を拠点に活動する監督たちや、劇団の演出家、パソコンで黙々と作業している中年男性、ギターを弾き語る地元のおっちゃんたちでごった返している。この店でボクはこれまでたくさんの面白い人たちと出会ってきた。

「太田さん、ホンマに来たんすか」

Kさんはまさか本当にボクが来るとは思っていなかったようで目を丸くして驚いていた。連絡を受けてから数日後。思い立ったらすぐに動かないと気が済まない性分なので仕方がない。

ボクはKさんが偶然に見つけた経緯について話を聞いた。

泥棒市が開かれているのは毎朝、5時から8時頃まで。場所はあいりんセンター傍の高架沿いの道だ。路面に即席のシートを敷いて、その上に多様な商品が並べられる。

この泥棒市は定期的に摘発されており、7年前の撮影の時にはスタッフがよく買いに行っていたたばこ屋も、すでに無くなったという。ドヤ街の高齢化とともに、泥棒市という文化も斜陽化しているのだろう。あれやこれやとまるで警官のように質問を続けるボクに、Kさんは正直な胸の内を明かしてくれた。

「太田さんが怒る気持ちもわかるけど、ワシは正直、あの泥棒市という文化が失われて欲しくないんや」

西成で店を開き、様々な事情を抱えた人と向き合ってきたKさんらしい言葉だ。すると、近くで居酒屋を営む知人の男性が店に入ってきた。
ボクも以前からお世話になっている男性だ。

「監督! 映画観ましたよ」
「ありがとうございます! どこで観てくださったんですか」
「泥棒市で買ったんや」

えっ。まさか。あなたもですか。

テーブルの上には、Kさんが証拠として抑えるために買ってくださっていたボクの映画のDVDが1枚置かれていた。

それを見た男性は、

「監督! 海賊版持ってニコっとしてるとこ、写真に撮らせてください」

なに言ってんねん。ニコッとなんかできるか。ボクは心の中で叫んだ。

でも叫べない事情があった。

この男性には劇場公開の際に店の目立つところにポスターを買っていただいたり、協力をいただいて来た。そんな手前、怒るわけにもいかない。

ボクは複雑な気持ちで、求められるがまま、海賊版のDVDを持ってポーズを取った。その写真はそのまま彼のFacebookに投稿され、多くの人がイイネを押しているようだった。ボクは無念さに苛まれていた。

映画を見てもらえて感謝したい気持ち、この街があったから映画が作れたという恩に着たい気持ち、一方で、それが違法コピーのDVDだという事実に、胸が切り裂かれそうな思いになった。

居酒屋の男性が帰り、静かになった店内。ボクは明朝、泥棒市に現場を確認しにいく、とKさんに意思を伝えた。

すると、たまたまその店に集っていた客約4名とKさん、そして日雇い労働者の男性の合計6名がボクに同行すると申し出た。ゾロゾロと出かけて、売人たちに警戒されやしまいか? ボクは不安に思ったが、彼らの中には泥棒市を見たことない人もいて、行きたいと盛り上がっている。ボクは受け入れることにした。

ボクたちは早朝の出発に備えてKさんの店の2階で仮眠をとった。男5人が天井を見つめ、8畳の畳部屋に横並びになっている。撮影をしていた頃を思い出す。この部屋で男女常時10名くらいで合宿をしていた日のことを。8畳の部屋に十人だからパーソナルスペースは一人1畳にも満たない計算になる。

「ドヤ以下の狭さだな」

スタッフの誰かが嘆いた言葉が今でも残っている。

ドヤとは簡易宿泊施設の別称で、広くても4畳半一間の、破格の値段で泊まれる簡易的な宿のことだ。一泊安いところでは五百円。もちろん風呂はない。外からこの街に流れ着き、労働者として流れる者の心の動きをリアルに捉えたいとあの映画を企画した。それが経済格差が広がるこの社会の鏡として人間の弱さといかに向き合うか? 観客の方々の思考のきっかけになると考えたから。

ボクは「ドヤを知らずにドヤを描けるか」と反論した。だから、泥棒市の弁当だって食べたし、服もそこで買った。

あの時、ドヤも泥棒市もボクらの日常だった。そのシステムに助けられた。

でも今は立場が違う。映画を世に流通したり、取り次いでくださる人たちの立場もボクは考えなければならない。

翌朝六時。ボクたちはまだ日が上りきらない大通りをあいりんセンターの方へと歩いていた。閉鎖されたあいりんセンターの前には、センター移転反対や、労働者の権利を求める多くのプラカードが立ち並んでいた。

「おはようございます!」と手配師の男性が声をかけてくる。少なくなっているが、日雇い労働者を求める建設現場の手配師の車も停車していた。

あいりんセンターを超えて、阪堺電車の線路傍を左に曲がりしばらく歩く。高架を再び曲がった先が、泥棒市の現場だ。

Kさんが「ここで待っていてください」とボクに言う。ボクの後ろには4名の同行してきたKさんの店の客とおっちゃんが立っていた。

Kさんが視察に向かっていった。

もし商品が売られていたら? ボクはどんなスタンスで彼らに向かおう?

頭で考えてもわからない。その時の感情に従おうと決めた。

ところがKさんがなかなか戻ってこない。待機していたボクらは待ちきれずにそれぞれに高架を曲がり、売人たちに怪しまれないよう別人のフリをして歩き出した。

目線の先で泥棒市は開催されていた。売人は気弱そうな中年の男性。その背後にチンピラ風の色付きメガネをしたイカつい男が周囲を見張っている。ちょうどKさんが路上に並べられた籠の前から立ち上がり、こちらに歩いてくるところだった。Kさんはボクと目が合うと頷いた。

ボクは真っ直ぐに泥棒市に向かった。その朝出ていた市は、四角に一つだけ。スーパーマーケットから奪ってきたのだろうか、プラスチックの籠に、DVDが多数並べられていた。それは市販されているケースに入ったものではなく、DVDにコピーして布ケースに入れ、ソフトのケースをカラーコピーした紙が挟まれている簡素な作り。

「おはようございます」

ボクは一般客を装い、市の前に腰を降ろして並んでいるDVDを物色しようとした。店番の男がボクを監視している。その奥で警察がきたらすぐ逃げられるように準備をしているのか、ママチャリにまたがった親分風の男がサングラスに手をかけながら警戒するように周囲を見渡している。

後ろを振り向くと同行していた仲間たちは路地の四角にそれぞれ散らばって、こちらの様子を遠巻きに眺めている。サングラスの男に緊張感が走ったのがわかる。明らかに西成の労働者風でないものらが大挙してやってきたからだろう。ボクは警戒されないよう慌てて、視線をDVDの方へと戻し、物色を始めた。

自作のDVDは一番前に陳列されていた。そのディスクを手に取り、立ち上がる。

売人の男ばボクに言う。

「200円です」

ボクは財布を開く。取り出すのは小銭ではない。真っ先に目についた小型船舶の免許証を財布から取り出して、売人に示した。

「どないしたん? あんた誰や?」
「この映画の監督です」
「えっ…」

売人の目が点になった。売人に緊張感が走る。売人は後ろに立つサングラスの親分を振り返る。

親分はこちらの様子は気にせず、まだ四角の観客たちを警戒している。

ボクの口からは自分でも想定外の言葉が出てしまった。

「サイン、しましょうか?」
「えっ…サインですか」
「はい。全部出してください、この作品のDVD」

売人は、サングラスの男を振り返り声をかける。

「兄貴! こちらのお客さんが」
「黙れ。ポリが来てる。逃げるぞ」

サングラスの男は泥棒市の撤収を売人に指示した。どうやら、ボクが連れてきた仲間を警察と誤解したようだ。彼らの生き抜くための危機察知能力はすごい。

「お兄さん、すみません、また明日出直してきてくれますか」
「サインさせてくださいよ」
「すみません、警察来ちゃったんで」

慌てて、売人たちは片付けをし始めた。ボクたちはその場から撤収した。高架を曲がるとホヤホヤの野糞を踏みそうになった。

明け方、清掃員たちが朝礼のために並んでいる。

街を汚すもの、その汚れを流すもの。

法を犯すもの、犯した法を罰するもの。

そんな駆け引きはこの街の至るところに顕在化している。

明朝、この泥棒市はまた出ていたとしても、しばらくは、もしくは、永遠に、この泥棒市にボクの映画のDVDは並ばないだろう。彼らの危機察知能力が、「やばい」と判断するとボクは考えた。なぜなら、今はこの泥棒市を黙認している警察に、我々制作者が証拠とともに被害を届ければ警察が摘発に動き出さざるを得ないだろうから。そのための証拠を握られたと彼らは警戒するだろうから。結果的に、ボクと、同伴者の訪問は海賊版の流通を阻止することに繋がった。

ボクは自分の言葉から無意識に飛び出した「サインしましょか?」という言葉の背後にある心理を考えながら、明け方の西成の路地を歩いていた。

それはこの朝に出会った男二人の海賊版事業への反発のメッセージでもあり、同時に、今の自分なりの、世話になってきたこの街への、一方的で、でも、切実な、引き裂かれた、精一杯の、愛の表現なのではなかろうか。

*  *  *

海賊版DVD・ブルーレイは違法な商品であり、海賊版は作品の権利者に正当な対価が支払われず、新たな作品の製作や発売が困難になってしまいますので、決してお買い求めにならないよう、ご注意ください。

なお、無断で商品に施されている技術的保護手段を回避し本商品を複製する行為は、法律で禁じられております。このような行為は絶対になさらないでください。

 

 

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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

リアルに進む映画制作の記録。踊りの記録。

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太田信吾 映画監督・演出家・劇作家・俳優

1985年生まれ。長野県出身。早稲田大学文学部哲学専修にて物語論を専攻。処女作のドキュメンタリー『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010優秀賞・観客賞を受賞。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が世界12カ国で配給される。他に『解放区』(18年劇場公開)など。俳優として舞台・ドラマ・バラエティにも出演。2017年にはソウル市立美術館にて初のインスタレーション作品を発表するなど、ジャンルの垣根を超えて、創作活動を行っている。

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