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住所不定 「映画」と「踊り」を探して

2020.10.20 更新 ツイート

“出入り禁止”を乗り越えるために必要だった時間 太田信吾

(写真:iStock.com/Palantir Studios)

人生で一度だけ、”出入り禁止”の処置を受けたことがある。
それは3年前、2017年の頭のこと。
2010年から通っていた地元のバーから、ボクは”出入り禁止”の処置を宣告された。

 

そのバーは、10年前の夏のある日、遅刻をした僕を待つ友人が時間を潰すために入った店だった。その友人もその日入店するのが初めてで、「なんとなく気になって」入ったという。遅刻を詫びて、友人が指定した駅前の商店街の外れにあるそのバーに歩いてゆくと、外観は二階建ての古民家で、外壁が蔦で覆われている。直訳すると”高貴な野蛮人”を意味する”Noble Savage”という店名を彫った木製の看板が掛かっている。怪しげな雰囲気で、なかなか一人では入りにくい外観だ。

扉を開けてみると、そこは5人も入れば、満員になるような小さな店内。入り口の脇に2階へ続く階段がある。カウンターの奥には店の人の姿はない。客席のアンティークの椅子に腰掛けていた友人と、その隣の長髪に髭の男性が恐る恐る店に入るボクを振り返った。客かと思ったその長髪の男性が店主だった。入店した客に背を向けながら、僕の友人と横並びになって話す姿勢や、店内の音響機材などに、自分の世界を追求する意思、客と店という境界線の曖昧さを感じ、僕はそのバーや店主に好感を持った。

その日は、一杯だけビールを飲み、待たせた友人を引き連れてその店を出たが、なんだか居心地が良い空間が気になって、後日、一人でその店を訪ねた。それ以来、そのバーは僕のセカンドハウスのような場所になった。

薄暗く、騒がしい客も入ってこない。
夜や、暗闇が好きなボクにはちょうど良い。
マスターのこだわりの音響機器で、ジャズや、現代音楽や、民族音楽を聴くことができる。
村上春樹の小説に彷徨い込んだようなその店が、居心地が良く、僕はたまに地元に戻った際には、その店に時折立ち寄り、大抵、今は販売停止になったレーベンブロイを瓶で一本、その後にバーボンをロックで二杯飲んで帰り眠りにつくのだった。

一日をリセットするために、絶好の空間だった。
殆ど、いちげんの客は来ず、自然と客同士も顔馴染みになっていった。
次第に、店主や常連のお客さんたちとは、旅に出かけたり、僕の映画を見に来て頂いたり、撮影やケータリングの協力をしてもらったり、ラーメンを食べに行ったり、常連有志で金を出し合ってプロジェクターを購入し毎週金曜日にバーの2Fで上映会を開いたりと、店主や店の常連さんたちと僕は公私を超えた関係になっていった。

だが、店に通い出して7年経ったある日。
僕はその店で事件を起こした。
ちょうど新作映画の製作がなかなかうまくいかず、苛立っていた僕は、その晩、店でお決まりのレーベンブロイを飲んで、憂さを晴らしていた。
隣に、サラリーマンの男性が座っていた。

「映画やってるんだって? 業界人はいいよなぁ」
「映画とか最後に見たの、いつだっけなぁ。あんまし興味ないんだよなぁ映画とか」

チクチクと、隣の席のサラリーマンから上から目線で放たれる言葉が僕の苛立ちを加速させた。
僕は業界人ぶった覚えはない。自分は何者でもない。業界人ぶる役者を毛嫌いして、一般の人と映画を作ってきた。
自分の日常の癒しの空間としてここにいるだけだ。
さらに作品の感想でダメ出しを食らうならまだしも、映画自体を否定するような言葉に限界がきていた。
我慢して苛立ちを抑えて黙るボクにその後も、絶え間ないジャブは繰り出され続けた。
ビールを飲み干して行こうとするボクを見た男性が挙げ句の果てに放った言葉が引き金となった。

「まあ監督さん、好きなの飲みなよ、奢るから」

ボクは思わず席を立ち上がり叫んでいた。

「テメェなんかに奢られねぇよ」

ボクはサラリーマンに睨みを利かせながら叫ぶと、店のドアを叩きつけるように閉めて、帰宅した。
この店はキャッシュオンなので既に会計は済んでいる。
帰宅するまでに何度か、ボクの携帯には店主から、着信が入っていた。
でも、僕は無視をして、心を沈ませようと眠りについた。
数日後、店に詫びにバーのドアを開けて中に入り謝ったが、店主はすぐにボクを店の外に連れて行き、言った。

「悪いけど、入らないで。君はもう出禁だよ」
「えっ…」
「あの人、店に来なくなっちゃったよ。俺にしたら、どっちも大事なお客さんだから」

納得いかない部分もあったが、ボクは「すみませんでした」と店主に謝り、長年通った店を後にした。
不快感を抱いたとき、大人な対応ができなかった自分の未熟さを悔いた。
店主からしてみれば、ボクが去った後にかけてくれた電話が最後の和解のチャンスだったのだろう。それなのに電話をかけ直すこともせず、すぐに詫びに行かずに間を開けてこうして店にやってきたボクの心の中には、荒げた行動もどうせ許してもらえるだろうという店主への甘えもあったのだと反省した。

近しい仲にも礼儀あり。
そんな当たり前のことが、なぜわからなかったのか。
自分にとって、大事な場所を、ボクは失った。
失恋に似た感覚かもしれない。
それから、酒を飲む機会が減った。
一人でバーに入ることもなくなった。
彼女を作ることもなく、眠くなるまで映画や芝居のことを考え続け、抱えている作品に集中してきた。
ボクのドラッグは酒から疲労に変わっていった。
何度か地元に戻った時に、その店の前を通る機会はあった。
でも、知らん顔でボクは通り過ぎた。
いつか、また会えれば、と思いながらも、意識してあまり店のことを気に留めないようにしてきた。

それから四年近くの月日が流れた。
撮影中の映画の未決定だったロケ地をどうするか頭を悩ませていた僕の脳裏にあのバーの店主の姿が過ぎった。
店の店主にはファンの俳優の方がいたのだが、その俳優の方と僕が近々、仕事をさせていただくことになったのだ。「いつか仕事をする機会があればその俳優の方に会わせて欲しい」という店主の言葉が僕の頭に残っていた。

今更…僕は迷ったが、撮影時のロケーションとして使わせてもらえないか、店主に電話をした。出てくれるかどうか、そもそも同じ番号が使われているかどうか、不安だったが、案の定、電話には出てもらえない。ダメもとで留守電に用件を吹き込むと、数分後に店主から折り返し、電話が掛かってきた。

「おう、久しぶりじゃねぇかよ」

壊れた関係性が、僅かに、回復した。
残念ながら、そのロケ地は別の場所で行う結果となってしまったが、後日、ボクは約四年ぶりに、出入り禁止となった店の敷居を跨ぐことが許された。

「お前の映画、レンタルされてるの、ゲオでみたよ。新作だから借りてないけど。旧作になったら観ようと思って」
「ありがとうございます」

ボクは、いつも飲んでいたレーベンブロイを注文した。
ところが、ドイツの製造元からの輸入販売を担当していたアサヒビールがレーベンブロイの瓶ビール流通から撤退し、もう店にレーベンは置いていないのだという。
ボクはギネスを注文した。
空白の時間について、ボクは酒を飲みながら店主と語った。

かつてのように、頻繁に店に飲みにいくことはもうないだろう。
だが、居心地の良い空間が取り戻せたことが、ボクは嬉しかった。
もう、その関係を壊したくはない。

ボクのような心の、弱さを、抱えた人たちへ。
もしもボクのように、あなたが、いつか、どこかで、「出入り禁止」という処置を食らったら、怒らず、その事実を受け止め、自分の未熟さを反省する機会として前向きに捉えてみてはいかがでしょうか。すべては時間が、私たちの行動や変化や成長が、壊れた関係性を、修復する可能性になると、ボクは知ったのです。自戒を込めて。

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リアルに進む映画制作の記録。踊りの記録。

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太田信吾 映画監督・演出家・劇作家・俳優

1985年生まれ。長野県出身。早稲田大学文学部哲学専修にて物語論を専攻。処女作のドキュメンタリー『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010優秀賞・観客賞を受賞。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が世界12カ国で配給される。他に『解放区』(18年劇場公開)など。俳優として舞台・ドラマ・バラエティにも出演。2017年にはソウル市立美術館にて初のインスタレーション作品を発表するなど、ジャンルの垣根を超えて、創作活動を行っている。

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