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おとなの手習い

2020.11.16 更新 ツイート

シークワーサー酒を漬ける時間 香山リカ

(写真:iStock.com/bonchan)

また、この年齢になってはじめてあることをした。「シークワーサー酒」を漬けたのだ。

先日、久しぶりに沖縄に行った。開催するか中止か、と主催者も迷っていた那覇市での講演会の予定があり、結局、「対面+オンデマンド配信」といういわゆるハイブリッド方式で実行、となったからだ。

 

沖縄に行くのは、今年はじめて。空港に迎えに来てくれた人が「昨日は30度あったんです。さすがに11月にしてはめずらしいですね」と言うほど、蒸し暑さを感じる気候だった。

講演は無事に終わり、地元の知人に久しぶりに会って一泊し、翌朝、早く空港に向かうためにホテルを出た。東京や札幌とは違い、那覇空港は市内からタクシーで15分ほどの近さだ。搭乗する予定の飛行機までまだ時間があったので、出発フロアの売店をのぞいた。

そこでお世話になった知人や弟一家へのおみやげ品を買って発送を頼んだあと、私は「やっぱり」ともう一枚、宅配便の伝票をもらって自宅の住所を書いた。青切り(黄色く熟さないうちにもぎ取った緑のもの)シークワーサーの箱詰めを自分用に買うことにしたのだ。友人がシークワーサー酒を漬けたというのをフェイスブックで見て、「いいな、私も漬けてみたい」と思っていたからだ。

実は、私はあまりお酒が飲めない。会食のときにはビールくらいは口にするが、家で飲むことはまずない。それに、料理は得意でも好きでもない。食べものには無頓着なので、ふだんは「レンジでチン」して食べられるようなものを好んでいる。

シークワーサー酒を漬けるには、あのかぼすほどの小さな実の皮をむき、皮と実をバラしてそれぞれリカーに入れなければならない。皮は1週間で引き上げる必要もある。それだけでけっこうな手間だ。単にシークワーサーのお酒が飲みたいだけなら、スーパーに行けばその缶チューハイが売っている。でも、フェイスブックに友人があげていた、青々とした皮と丸々とした白い実がいっぱいに詰まった瓶の写真が忘れられなかったのである。

――面倒かもしれないけれど、あの小さな実の皮をひとつひとつ丁寧にむいて、白い実といっしょに瓶に入れて透明なリカーを注いだらきれいだろうな。そして、その瓶を手もとにおいて、毎日、眺めていたい……

その思いが、私に那覇空港でシークワーサーの箱買いをさせたのだ。

診察室には相変わらず、うつ症状を訴える人たちが大勢やって来ている。

いや、うつ症状というより、もっと具体的に「生きる意味がわからない」という訴えだ。その人たちのほとんどは、40代から50代の女性である。独身の人、結婚して子どもがいる人などそれぞれだが、たとえば55歳だと、子どもは大学を出てすでに社会人という場合がほとんどだ。孫がいる場合もある。いずれにしても、「子育て真っ最中」という年代ではない。

「さて、これから自分の時間」と第二の人生の計画を立てていた人もいるはずだ。話を具体的にするために、診察室に来たこの世代の女性たちのエピソードをあわせて、架空のキヨミさんという女性を作ってみることにしよう。

54歳の彼女の夫は単身赴任で全国を転勤、キヨミさんは夫が不在がちの家でふたりの子どもを育て、週末になると日帰りで夫の赴任地に行って洗濯や料理の作りおきをした。「忙しかったけれど無我夢中でした」と言うキヨミさんだが、下の子が大学を卒業し、6歳年上の夫が定年を迎え、自宅から通える子会社に再任用されたのをきっかけに、「これからは私の時間」と心を新たにした。英会話を習いたい、有機農法の勉強をしたい、能が好きなので仕舞のけいこにも行きたい、などと資料を集めてはこの春からの学びの計画を立てたり、申し込み書を出したりしてきたのだ。

ところが、コロナですべてが変わってしまった。英会話だけはオンライン授業で学べるが、夫が在宅勤務で家にいることもあり、いまひとつ身が入らない。有機農法の体験ツアーは中止、仕舞の教室は生徒の多くが高齢者なので、感染リスクを避けるために無期限延期になった。

もし、キヨミさんが30代だったらそこで、「ちょっとツイてなかったな。でも、何年か後にはワクチンもできるし、それからやればいいか」と思えるはずだ。しかし、キヨミさんは50代。いまは元気な自分の両親、夫の両親の介護もこれから始まることは間違いない。「もう後がないのに」と思ったキヨミさんは、自分の人生を総括するモードに入ったという。

「そもそも、私の人生って意味があったのかな、いいことあったのかな、って考え込んでしまって。もちろん子どもには恵まれましたが、ふたりとも自分で勝手に進路を決めて、私が何かしたわけじゃないんです。仕事もパートでちょっとしただけですし。自分の力で何か成し遂げたことなんて、ひとつもないんですよ」

これがフランス映画なら、そう打ち明けられた夫は、「なに言ってるんだ。キミは僕の生きがいそのものだよ。それを成し遂げただけでもいい、って思ってくれないかい?」と言って、キヨミさんを熱く抱きしめるだろう。ところが、夫はそういうタイプではない(というより日本人男性のほとんどがそうだろう)。「そもそも、私の人生……」と話しかけたとたん、「あとにしてくれないかな」と自室に引っ込んでしまいそうだ、とキヨミさんは苦笑いした。

私は、どう答えてよいかわからず、精神科医としてはかなり雑で断定的なことばを口にした。

「ストップ! “そもそも”なんて言い出したら、誰も答えが出なくなっちゃいますよ。人生の意味なんて、考えちゃダメです。ちょっと古い言い方ですが、ドツボにハマってしまいます」

キヨミさんは、「えっ、考えちゃダメなんですか」と驚いた顔をしたので、私はここぞとばかりに声のトーンを上げた。

「ダメです。コロナ禍でそんなことを考え始めたら、悪い方向にしか考えが行かないに決まってるじゃないですか。それよりも、いまは“プチ現実逃避”です。ドラマを見るもよし、プランターでハーブを作るもよし、お菓子を作るもよし。黙々と作業できることや、しばしの間、夢中で見られるものを見つけて、そこに逃げ込むんです。みんなそうしてますよ」

ちょっと強く言いすぎたかな、と思ったが、キヨミさんは「はあ」とうなずいてやや納得したような顔をしてくれた。そして、「先生も何かしてるんですか」と質問してきたのだ。私は答えに詰まった。私はもともと楽天的な性格だが、このコラムにも書いているように、さすがに今年は「計画がすべて狂った」と落ち込んだ。キヨミさんと同じだ。とはいえ、コロナ以前からやっている中国語、スポーツジムでのズンバというダンスのレッスン以外、これといった新しい“プチ現実逃避”はしていない。私はやや言葉を濁しながらも正直に答えた。

「そうですよね。私も本当は何かしたいんだけど、今のところ新しい何かはしてなくて……」
そう言うと、キヨミさんは「まあ、先生はお仕事がありますから、“そもそも、自分の人生は”なんて思いませんよね」と言ったが、それは違う。私こそ、最近になって「自分は何も成し遂げてない。これでいいのか」とすっかり“迷いびと”になっていたことも、この連載コラムで何度も書いてきた。

その日の診察が終わり、「おつかれさまでした」と看護師や事務職にあいさつをして診療所の外に出たとたん、私は「あっ」と声をあげた。私が勤める診療所は今年、大きなビルの1階に移転したのだが、同じフロアの角にあるイタリア料理店に「閉店しました」というお知らせが貼ってあったのだ。そこは手軽な値段でカジュアルなイタリアンが楽しめる店で、私も診療所が移転してきて以降、何度かランチをしたことがある。いつもそれなりに混んでいたはずだが、やはりコロナの影響なのだろうか。

「こんなに流行っているように見えていたお店も、閉店しなければならないのか。ファンがたくさんいたはずだから、きっとガッカリしてるだろうな……」

そう思うと、なんともいえないさびしい気持ちになった。そして、駅までの道を歩きながら、いろいろなことを考えた。

「あのお店がなくなって悲しむ人と、私があの診療所をやめて悲しむ患者さんと、どっちが多いだろう?」

そんな比較をすることがまったく無意味とわかっていながら、そんな疑問までわいてきた。

――いけない、いけない。これでは、もう一歩進めばキヨミさんと同じように、「そもそも、私の人生って」と考えてしまうかもしれない。とにかく早く、こんな考えを忘れるような何かに没頭しなければ。

沖縄に行ったのは、そんなことを考えた週の週末だったのだ。だから、空港の売店で青切りシークワーサーを見つけたとき、「これは買って、下ごしらえをして、果実酒を作るしかない」と思ったのだ。

シークワーサーの皮むきは予想以上にたいへんで、指をちょっと切ってしまったり、皮を厚くむきすぎて果実が割れてしまったりもした。とはいえ、ひとときのあいだ私はその作業に夢中になり、「そもそも、私の人生って」と考え込むことからかけ離れた時間をすごすことができた。

思ったようにきれいに「青々とした皮と丸々とした実」には分かれなかったが、なんとかリカーに漬け込んだビンがキッチンにある。2か月くらいすると飲み頃になるらしいが、そのとき、世の中はどうなっているのだろう。今はただ、おいしい果実酒ができ上がるのを楽しみにしたい。

関連書籍

香山リカ『ノンママという生き方 子のない女はダメですか?』

ときどき悔やむ。ときどき寂しい。 でも大丈夫。これが私の選んだ道。私の幸せのかたち。 さまざまな理由で、生涯子どもを持たない・持てない女性が全女性の3割とも言われています。 「女は子どもを産み育てて一人前」「女の本当の幸せは子どもを持つこと」という伝統的価値観はまだまだ強く、さらに最近は、少子化対策が国をあげての課題となり、子育ても仕事も頑張る「ワーキングマザー」が礼賛されます。 そんななか、子どもを持たない人生を選んだ「ノンママ」は、何を思い、どんなふうに生きているのでしょうか? それぞれの事情、悩みと葛藤、後輩ワーキングマザーとの軋轢、介護と自分の老後の不安等々。「ノンママ」のリアルな胸のうちを、自身もノンママである精神科医の香山リカ氏が、ときに切なく、ときに明るく描きます。

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おとなの手習い

60歳という人生の節目を前に、「これからの人生、どうする?」という問いに直面した香山リカさん。そこで選んだのは、「このまま穏やかな人生を」でなく、「まだまだ、新しいことができる!」という生き方。香山さんの新たなチャレンジ、楽しき悪戦苦闘の日々を綴ります。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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