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おとなの手習い

2021.02.20 更新 ツイート

「役に立つ医者」になりたくて 香山リカ

(写真:iStock.com/Spotmatik)

今回は、「50代を超えて自分が変わることがある、しかしまた元に戻ることもある」という話をしたい。

このコラムでもときどき、精神科医の私が内科の基本を学び直している、という話を書いている。その理由は、「そのうち医療過疎の地域の診療所に勤めたいから」だとも書いた。それはもちろんウソではないのだが、精神科医としての自分に限界を感じたという側面もあったように思う。そんな日が来ようとは、若い頃にはまったく想像できなかった。

 

これは著作などで何度も触れたのだが、私はもともと医者になりたかったわけではなく、国立大学理学部受験に失敗して、私立医大に進むことになった。ところが、学年が進んでも医学というか「医者になること」にいっこうに興味がわかない。いまなら医学部を卒業してMBAを取得して医療コンサルティング業へ、といった進路もあるようだが、私の学生時代は「医学部はつぶしがきかない。医者になるしか道はない」と言われており、今だから話せるが本当に暗い気持ちになった。

一方でいわゆるサブカルチャーとかポストモダン哲学とか、そういうトレンドものには興味があった私は、その流れでフーコーやドゥルーズなどの本で精神分析については親しみがあった。だから、真っ暗闇に灯台を見つけた難破船の船頭のような心境で精神科医になった。いや、なるしかなかったのだ。

精神科医になってみると日常の診療はとても新鮮だったし、それなりにやりがいもあった。何より「仕事に必要な勉強をしている」という大義名分でフロイト、ラカンなどの精神分析家の本を買ったり読んだりできる、というのが最高だった。これまでは「こんな本ばかり読んでるヒマがあったら、臨床検査学の試験に備えて血液検査の正常値を暗記しなきゃ」と後ろめたさを感じていたのに、一転して同僚から「へえ、タウスクの本なんか読んでるんだ。勉強熱心だね。この人、フロイトとの軋轢に悩み、ザロメと恋愛して自殺した精神科医でしょ。興味深いよね」などとほめられることさえあるのだ。

とくに忘れられないのは、大学病院の医局が組んだ3年間のプログラムを終えて、ある病院に就職したときのことだった。そこにはさほど広くない会議室に本棚が並んだ「図書室」という部屋があったのだが、赴任初日、案内してくれた医局長が「私たちはこういう仕事ですからね、この部屋での勉強や調べものはいつでも自由にしてください」と言ってくれたのだ。病院の職員として正式に就職したからには、勤務時間内は外来や病棟の仕事に張りついていなればならないのかと思っていたので、「いつでも図書室で自由に勉強して」という言葉を聞いて、やや大げさだが天にも昇る心地になった。実際にその病院では診療の合い間にちょっとした自由時間がけっこうあって、ほかの医師たちもそれぞれ自分の関心のままに勉強をしたり論文を書いたりしていたので、私もここぞとばかりに「精神医学と分析哲学の接点はどこにあるか」など臨床にすぐ役立つとは思えないテーマを存分に探求していた。

「年を取る」というのは、本当におもしろい。

この「臨床にすぐ役立つとは思えないテーマを探求できること」こそが、私にとって精神医学を職業とすることの最大の魅力だったはずだ。もちろんいまでもラカンの新訳が出るとパラパラ見て、「若いときにはわからなかったところもいまなら理解できるな」などと思うことはある。その分野で若い精神科医が書いた論文を読んで、刺激を受けることもないわけではない。

しかし、40代、50代と年を重ねてきて、実人生で親を見送ったり友人が病気になって亡くなったり、あるいは東日本大震災のような大災害を何度か経験したりするうちに、自分の考えが微妙に変わってくるのを感じるようになった。そして、あるときふとこんなことを思ったのだ。

――「臨床にすぐ役立つとは思えないテーマ」は、やっぱり役立たないのではないか。

また、これも今だから話せることだが、1996年から2011年までNHKやNHK-BSで放映されたドラマ『ER緊急救命室』の影響も大きかったかもしれない。救急医療の現場でテキパキ動き回るドクターやナースの姿に感動し、「やっぱりこれがホントの医療の姿かも」などと今さらながら思ったのだ。

そんなことから2010年代になり時間を見つけては救命措置の講習会などに参加していたのだが、ついに50代半ばを超えてから「もう少しきちんと学びたい」と総合診療科で週に一度だけではあるが、外来研修をさせてもらうことにしたのである。

実施で外来診療をするのは週に一度とはいえ、身体的な診察のABC、胸部レントゲンや心電図の読み方、私が学生の頃にはなかった「診断推論」という全身を診察した所見から分析的に診断を絞っていく思考法など、勉強しなければならないことは山ほどある。精神科の外来診療はもちろん続けているが、それ以外の時間は“気分はもう内科医”だ。30年前は「この症例の妄想に出てくる“鬼”って、ラカンが言うところの大文字の他者Sじゃない? だとしたら、対象aにあたるのは……」などとうそぶいていたのに、今では「突然の腹痛。まず除外しなければならないのは、急性虫垂炎、腹部大動脈瘤破裂、腸間膜動脈閉塞症、急性膵炎に……」などと考えながら検査の計画を立てているのだから、なんだか多重人格のようだ。

しかし、人生は一筋縄ではいかないものだ、と最近になってつくづく思い知らされている。

それは、これほど勇んで取り組んでいる総合診療科での仕事なのだが、そこに「体調が悪くて」とやって来る患者さんの中に、その原因が実はストレスやもっと深層の心理的な悩みという人が少なくないのだ。

その部分のケアは、総合診療科の範ちゅうではない。どの科を受診してよいかわからずに飛び込んできたり、かかりつけ医から「よりくわしい検査をして診断を」と求められたりしてやって来る人に、丁寧な問診、身体診察、検査を行い、診断のだいたいの筋道をつけたら、あとはその専門の科を紹介したりかかりつけ医に戻したりする。そこでどうも身体的に問題がなさそう、原因はメンタルにありそう、というケースは、大学病院の中のメンタル科を紹介したり近所の心療内科医に行ってもらったりすることになる。

私の場合、元は精神科医なのだから、どうしてもそういう患者さんにはひとことそちら方面のアドバイスをしたくなる。中には定期的な通院は必要なく、一、二度の簡単な精神療法で解決しそうな人もいるからだ。そこで「私はメンタルのことはわからないので、あとは心療内科に行っていただけますか」と言うのは、総合診療科での倫理としては正しいのだろうが、個人的にはウソになってしまう。

そういうときは、当然だが付き添いの家族は診察室の外に出てもらい、患者さんひとりと向き合って話すことになる。これがいちばん精神科と違うところなのだが、総合診療科では家族が付き添ってきた場合、たいていはいっしょに診察室まで入ってくる。あまりにみな自然に入ってくるので、「ここではそういうお作法なのか」と思ってそうしてもらっているが、いまだに家族の前で患者さんと話すのにはどうしてもなじめない。だからちょっと踏み込んだ“心の話”をするときには、「すみません、ちょっとだけ外で待っていただけますか」とお願いすることにしているが、たまに「どうしてですか。私にも聞かせてください」と断られることがある。

「診察では家族同伴が基本なのか。患者さんひとりと話すのが原則の精神科はその意味でも特殊なのか」と戸惑っていたある日のこと。私は久しぶりに総合診療科や内科ではなく、精神科のテキストを読んだ。所属している日本精神神経学会が出している『認知症診療医テキスト』だ。実は、向学心に燃えてではなく、認知症治療医という資格を取るために必要に迫られて読んだものだ。

ところが、その中の「設備の限られた診療場面での認知症の早期発見・評価」という章から思いのほか多くを学んだ。そこには高度な画像診断装置やくわしい血液検査ができない場合でも、丁寧な問診や簡単な心理テストで認知症の診断をかなり正確につけていくことが可能である、という話とノウハウが、精神科医の森村安史氏により解説されていた。私がとくに印象的だった箇所を引用させてもらおう。

患者と同伴している家族や介護者とを一緒に面接する場合には、患者の思いと、家族の思いが相反する場合もある。また、患者が介護者に対して否定的な感情を持っていることもあるため、面接をする際には十分は配慮をしなければならない。逆に家族も患者の前では話しにくいと感じていることがしばしばある。そのために同時に面接をすることは避け、それぞれ別々に話を聞く機会を持つことが大切である。

たとえ認知症の疑いで高齢者が家族や介護者に連れられて受診したときでも、あくまでまずは本人のみから話を聞くべきだ、と言うのだ。もちろん、そのあとに家族だけから聞く機会ももうけるべきとされているが、もし内科に高齢者が来た場合、医師は「ではまずは患者さんとだけお話させてください」と言うだろうか。おそらくそうはせず、もしかするとやや話が通じにくい本人よりも家族に多く質問をしてしまうかもしれない。

しかし、ベテランの精神科医である森村安史氏はそれを戒め、「本人が困っていることは何か」を患者自身から聞きなさい、と言っているのだ。そうすることで、「認知症かも。病院に行きましょうよ」と家族に言われて受診している患者さんも、おそらく自分がここではきちんと尊重されていると感じ、医療への信頼感を持つに違いない。

――やっぱり精神科医はよくわかってるな。

私はそうつぶやいた。自分ながらまったく移り気で虫がいい、とは思う。結局、「身体医学的な診察や診断の技術と精神医学的な視点をあわせ持った医者こそが理想」ということなのだろうが、医師としての数十年の職業人生の中でそれをどちらもある程度の水準で身に着けるのは、はっきり言って不可能だと思う。

だとすると、私が依るべきは身体診察に重きを置く総合診療科的な医療なのか、それとも「餅は餅屋」ということでやっぱり精神医療なのか……。ここに来てまたわからなくなっている。たかが自分ひとりのことなのに、人生に答えを出すのはほんとうにむずかしい。

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香山リカ『ノンママという生き方 子のない女はダメですか?』

ときどき悔やむ。ときどき寂しい。 でも大丈夫。これが私の選んだ道。私の幸せのかたち。 さまざまな理由で、生涯子どもを持たない・持てない女性が全女性の3割とも言われています。 「女は子どもを産み育てて一人前」「女の本当の幸せは子どもを持つこと」という伝統的価値観はまだまだ強く、さらに最近は、少子化対策が国をあげての課題となり、子育ても仕事も頑張る「ワーキングマザー」が礼賛されます。 そんななか、子どもを持たない人生を選んだ「ノンママ」は、何を思い、どんなふうに生きているのでしょうか? それぞれの事情、悩みと葛藤、後輩ワーキングマザーとの軋轢、介護と自分の老後の不安等々。「ノンママ」のリアルな胸のうちを、自身もノンママである精神科医の香山リカ氏が、ときに切なく、ときに明るく描きます。

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60歳という人生の節目を前に、「これからの人生、どうする?」という問いに直面した香山リカさん。そこで選んだのは、「このまま穏やかな人生を」でなく、「まだまだ、新しいことができる!」という生き方。香山さんの新たなチャレンジ、楽しき悪戦苦闘の日々を綴ります。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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