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美しい暮らし

2019.09.20 更新 ツイート

裸力(はだかりょく)について考えましょう矢吹透

先の見えない時代を生きている、と最近、思うのです。

自分の未来、社会の将来が見えない世の中になって来たという感がございます。

税負担は上がり、それに比して、賃金は伸びず、10年後、20年後の暮らしの目処を、確として持つことのできない人生が、私たちの目の前に広がっています。

何が起きるか、わからない世の中で、自分の人生をなんとか生き抜いて行くために、何をどのように準備しておけばよいのか、どんな心構えで生きて行けばよいのか、ということについて、近頃、よく考えます。


18年前の9月11日、私はマンハッタン島に暮らしておりました。

それは、雲ひとつない青空が広がる、秋晴れの気持ちのいい朝でした。

 

私は、毎朝6時に起き、アパートの最上階にあるジムでワークアウトを済ませ、バナナとプロテインの朝食を摂って、シャワーを浴びてから、午前8時にはミッドタウンにあるオフィスに出勤する、というのが日課でした。

午前9時前に、私のデスクの直通電話が鳴りました。

受話器を取ると、ニュージャージーからフェリー通勤をしている、先輩の声が聞こえました。

今、フェリーなんだけど、ワートレが火事みたいなんだ。煙が上がっていて、乗客たちが皆、騒いでいる。

午前8時46分に、アメリカン航空11便が、マンハッタンの南端に聳えるワールド・トレード・センター北棟に衝突したということを、私たちはまだ、知りませんでした。

テレビでは、CNNの生中継が始まっていました。

午前9時03分、ユナイテッド航空175便が、南棟に突入する映像が流れました。

私たちは、先を争い、オフィスの屋上へと続く階段を登りました。

彼方に見えるワールド・トレード・センターのツインタワーから煙が立ち上っています。

それを見ながら、立ち尽くす私たちの目の前で、南棟が二つに折れ、崩れ落ちました。

その場に座り込む同僚や、泣き出す者もおりました。

オフィスに戻ると、電話もインターネットも既に繋がらない状態でした。

とにかく、状況が判明するまで、ビルの外に出ては行けない、と誰かに言われました。

ずっとテレビを見ているわけにも行かないので、私たちは、電話やネットを使わずに出来る、それぞれの仕事を始めました。

ランチタイムになり、勇気を奮い、ビルの外に出てみると、三番街の真ん中を、粉塵に塗れた灰色の人々の群れが、北を目指して、ゾンビのように行進して行くのに出くわしました。

ワールド・トレード・センターで被災した、その人たちは、59丁目のクィーンズボロー橋を目指して、歩いていました。

マンハッタン島は封鎖されており、唯一、外に向かって開いていたのは、クィーンズボロー橋だったのです。

やがて、定時になり、私は20ブロックほど離れた自分のアパートへ徒歩で帰宅しました。

ダウンタウンに向かって歩くと、次第に、空気の中に、化学物質が焼け焦げたような異臭が漂って来るのを感じました。

スーパーに寄ると、水やトイレット・ペーパー、パンの棚がすっかり空になっていました。

人々は、次に狙われるのは、エンパイア・ステート・ビルだろうとか、シティ・コープ・センターだろうと、話しておりました。

エンパイア・ステート・ビルは、私の住んでいたアパートから3ブロック、シティ・コープ・センターは勤めていたオフィスから2ブロックの距離でした。

マンハッタンの1ブロックは、徒歩1分の距離と言われています。

それらの巨大なビルが崩壊したら、自らの身もきっと、安全ではいられない、と私は思いました。

そして、そういった高層ビルがピン・ポイントで攻撃されるだけではおそらく済まず、やがて、第三次世界大戦が始まり、マンハッタン島は核爆撃を受けて消滅し、自分はこの島で人生を了えることになるのだろう、と考えました。

ああ、二度と生きて日本の地を踏むことはないのだな、という感慨に私は浸りました。


そんな状況の中で、私たちは毎日を、案外、普段通りに暮らしました。

不思議なことに、人々はいつもよりも、互いに親切になっていました。

譲り合い、助け合い、愛情を分かち合い、日々を生きました。

明日が見えない状況の中では、富者も貧者も、ありませんでした。

どれだけの富を手にしていても、明日がない世の中にあっては、意味を為しません。

あの時、人々はお互いに、手を差し伸べ合い、生きておりました。


後年、私が会社を早期退職する人生を選んだことは、9.11をあの街で経験したことと無関係ではないような気がいたします。

9.11を経験し、自分の人生はもう終わる、と感じ、迫り来るであろう死を身近に捉えたことが、私の死生観に大きな影響を及ぼしました。

人は皆、死ぬのです。

確かなものなど、今を措いて、他にはないのです。

肩書きや財産などが、意味を持たない世界もあるのです。


私たちは現在のところ、比較的、平和で安定した社会に暮らしているように思えますが、いつか何かが起きる日のために、心がけておけることがあるとするならば、自分の背負っている地位や肩書きや財産、そんなもろもろについて、今一度、確認し、それが自分にとって、どれくらい意味のあるものなのかを吟味してみる、ということではないでしょうか。

いざという時、それらをすべて失って、自分がどう生きて行くことが出来るのか、考えてみることも、時にはあって、いいような気がいたします。

いろいろなものを剥ぎ取った自分に、最終的に何が残るのか、裸になった時に残る自らの力は何なのか、について考えることは、自分自身の本質について考える機会にもつながるような気がするのです。

自分自身の裸力について、考えてみましょう。

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矢吹透『美しい暮らし』

味覚の記憶は、いつも大切な人たちと結びつく——。 冬の午後に訪ねてきた後輩のために作る冬のほうれんそうの一品。苦味に春を感じる、ふきのとうのピッツア。少年の心細い気持ちを救った香港のキュウリのサンドイッチ。海の家のようなレストランで出会った白いサングリア。仕事と恋の思い出が詰まったベーカリーの閉店……。 人生の喜びも哀しみもたっぷり味わせてくれる、繊細で胸にしみいる文章とレシピ。

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