1. Home
  2. 社会・教養
  3. オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース
  4. “スピード違反はこれでチャラ”のデマ文面...

オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

2019.08.31 更新 ツイート

“スピード違反はこれでチャラ”のデマ文面と、自己正当化する快感の考察泉美木蘭

ネットのデマを信じて出頭拒否した男、逮捕。

(写真:iStock.com/meskolo)

8月21日、埼玉県警が道路交通法違反(速度超過)の疑いで同県上尾市の会社員の男性を逮捕した。今年4月に速度違反の取り締まり装置「オービス」で38キロの速度超過が確認され、4月から7月までの間、電話や郵送などで再三にわたって出頭を要請したものの、男性は「(オービスの写真に)写っているのは私ではない」「第三者に車を貸していた。その人の名前は明かせない」などと書いた紙を県警に送り、その後も「書面の通りです」などと拒み続けていたという。

逮捕された男性は「ネットで見つけた文書を警察に送れば捕まらないと思った」などと供述。どうやらインターネット上には、「オービスは写真に写った車のナンバーから割り出した車検証の持ち主の住所に通知が届くもの。でも、写真一枚で本人と断定できないのだから、上申書を書いて『自分じゃない。運転していた人の名前は明かせない』と突っぱねておけば取り締まりを逃れられる」という内容のデマが流れており、上申書の文例や提出手順などを指南する人物もいるらしい。

 

「運転していた人の名前は明かせない」? 普通に考えれば、それって「犯人隠避(いんぴ)します」と言ってるようなもんだと思うし、警察としても、そんな書面が届けば逆に捜査しなければならなくなると思うのだが……。逮捕された男性は鵜呑(うの)みにしたらしい。

反警察だから出頭しません?

一体どんな風にデマが流されているのか? インターネット上を検索してみると、「無料交通取締りご相談」を謳うサイトを発見した。「オービス逃れ」を目的とするレーダー装置を販売する会社経営者が運営しているようで、「オービスをすべて廃止すべき」「邪悪な警察と闘っています」「警察は泥棒の始まり」「警察の不正は許さない」「警察はズルイぞー」などの煽り文句があちこちに並ぶ。膨大な量の警察批判コラムをまとめたコーナーもあり、とにかく「反警察」を打ち出しているサイトだ。

 


「無料交通取り締まりご相談センター」と題したこのサイト、「ご相談は1万件を超えました」と書かれている。

「オービス呼び出しへの上申書」というバナーをクリックすると、世の中にはオービスの出頭要請に全く応じずに取り締まりを逃れた人たちがいるとし、「彼らは警察に下記のような内容の上申書を宅配便で送付しているとのことです」という事実かどうかもわからない「うわさ」の体で次のような文面が掲載されていた。

「ご指摘の車両は第三者に貸与してありましたが、その名前は明かせません。誤作動を頻繁に繰り返し、多数のえん罪被害者を作り出しているオービスでの取締りや、偽領収書を作成する等により私達の納付した税金の詐欺、横領という犯罪をやめようとしない警察官に対して強い義憤を感じています。ゆえに今後の捜査へのご協力は刑事訴訟法第198条と犯罪捜査規範第219条に基づき固くお断り致します。今後の警察からのご連絡については全て無視致します。以上」

なんだこれは。自分が道路交通法違反をしたことと、警察組織そのものの問題に義憤を感じることは話がまったく違う。これじゃ、「いまの政権や財務官僚の姿勢に対して強い義憤を感じるので、脱税がバレたけど追徴課税は納めません。今後の国税局からのご連絡についてはすべて無視致します」とダダをこねるのと同じだ。あまりに幼稚な言い訳にしか見えないのだが……。

取り締まり逃れの指南は「DNA鑑定や指紋鑑定とは違って、オービスの写真では法的に本人と断定できない」「似ている人間はいくらでもいる」「絶対に逮捕できない」とつづく。さらに、警察が自宅にやってきた場合は「『上申書の通りです。お帰りください』と通告し、それでも帰らなければ110番をして、パトカーを呼べば二度と来なくなり、一件落着」するらしい。

ど、どういうこと!? 威勢よく反警察宣言をして、警察の要請には応じないと言っておきながら、いざ警察がやってきたら、「警察が来ました!」と110番通報してその警察に頼ろうとは、一体どういう都合の良さなんだろう。そこはせめて「自分は警察組織とは断固闘う!」と宣言して自力で立てこもってみるとか、機動隊が来ても一切応じないとか、あくまでも警察には頼らない姿勢を示すのがスジじゃないの?

今回逮捕された男性は、このサイトに紹介されていた通りの「上申書」を書いて、出頭要請には「書面の通りです」と拒み続けたというのだから、とうとう「つぎは110番通報」という段階だったのかもしれない。トンチンカンなまでに甘え倒した自己都合の理屈に、なんとも呆れてしまった。

取り締まり逃れのデマは昔からあります

この取り締まり逃れのデマ、実はいまにはじまったことではない。2010年には大阪、愛知、千葉などで、2016年には東京で、同じような「上申書」を出して出頭拒否した違反者が逮捕されているのだ。


今から9年前、2010年9月10日の千葉日報。今回とまったく同じ内容で逮捕された人が既にいて、まったく同じ記事が出ていた。


2010年9月には、速度超過で千葉県警高速隊への出頭要請を受けた3人から、「車両は第三者に貸与してありましたが、その名前は明かせません。誤動作を頻繁に繰り返し、多数のえん罪被害者を作り出しているオービスでの取り締まりに対して強い義憤を感じています。ゆえに今後の捜査へのご協力は一切お断り致します」というまったく同じ文面が書かれた「上申書」が送られてきたという。

警察にとっては、少なくともこの9年前の時点ですでに「使い古された」とも表現できるような手口だったのだ。この時に逮捕された千葉県佐倉市の男性は、今回逮捕された埼玉県上尾市の男性と同じく「インターネットに載っていた。まさか逮捕されるとは思っていなかった」と話している。

 

「自己正当化したい欲」がデマを輝かせる

「こうすればあなたの悪事はチャラにできる」というようなデマに騙されてしまうのは、まず一番には「取り締まりを逃れたい」というズルい欲望があるからだろう。それがなければこんなデマにはたどり着かない。そして、日頃から警察の取り締まり手法に対する不平不満、嫌悪が募っており、「反警察」の感覚を増長させるものにシンパシーや快感を感じる心理も一役買っているはずだ。

あとは、「ネットのなかには大手メディアが伝えない真実がある」というような思い込み、そして、後ろめたい状況でもあるから、客観性のある誰かに意見を聞くこともなく、自分にとって都合の良い情報ばかりを望んでしまったことも考えられる。

デマは、その話題を聞いたり、伝えたりする人にとって、興味がない・重要でない場合は成立することはない。欲望がなければ「こうすれば叶う」というデマには興味を持たないし、嫌悪がなければ特定の組織や人物に対するデマは流布されないし、反応しないものだ。

今回の、取り締まり逃れデマの内容を読んで、欲望や嫌悪によって成立しているデマは、そのデマを信じたい人のなかにある感情をやわらげて、自己正当化する役割があるのだろうと考えた。

交通違反で罰金や免停になるかもしれない自分の苦痛やショックや不安、警察への不平不満や苛立ちの感情を、「逃れている人がたくさんいる」という情報と「警察組織批判」によってやわらげる。そして同時に、自分は悪くはなく、出頭要請に従わなくて良いのだという理屈を手にして、自己正当化してしまう。この「自己正当化のための理屈」への欲求が、この手のデマに乗るかどうかの分かれ目のように思う。

取り締まられる側である以上、警察に対する不平不満や、罰金・免停などへの苦痛やショックは、誰にでもあることだと思う。でも、「そうは言っても、違反したのは自分だから」という認識がある人は、このようなトンチンカンなデマに乗せられて、取り締まり逃れを実行しようとは思わないだろう。

負の感情をやわらげて、同時に、自己正当化する。人間だれしも直面したくない嫌なことはあると思うが、直面したくないがゆえに認識をゆがめにゆがめ、あまりに逸脱していくと、ある日突然逮捕されて、「え、なんでこんなことに!?」と言うはめになってしまう。そしてこれは、ネット上での炎上騒ぎに乗じて、誰かを袋叩きにするときの心理とも共通しているように思うのだ。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

嘘、デマ、フェイク、陰謀論、巧妙なステマに情報規制……。混乱と不自由さが増すネット界に、泉美木蘭がバンザイ突撃。右往左往しながら“ほんとうらしきもの”を探す真っ向ルポ。

バックナンバー

泉美木蘭

昭和52年三重県生まれ、作家、ライター。日々、愛しさと切なさと後ろめたさに苛まれている不道徳者。社交的と思わせて人見知り。日頃はシャッターをおろして新聞受けから世間を覗いている。趣味は合気道、ラテンDJ、三浦大知。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP