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《京都ガイド本大賞・リピーター賞》受賞!京都の路地裏

2019.07.11 公開 ツイート

地元民だけが知っている、京都最強の「縁切り」スポットとは 柏井壽

すっかり観光地化されてしまった京都。しかし大通りから一歩、路地を入れば、そこには地元民だけが知っている「本当の京都」が広がっているという。小さな寺社や、昔からの言い伝えが残る不思議スポット、一子相伝の和菓子屋、舞妓さんが通う洋食屋、本当の京料理を出す和食店……。『京都の路地裏』には、こうしたレアな情報が盛りだくさん。本書に収録されたとっておき情報を、少しだけご紹介しましょう。

*   *   *

「鐵輪の井」の不思議な伝説

都伝説はホノボノとした話だけではないわけで、寧ろ、おどろおどろしい話の方が多いくらいだ。その代表が鐵輪(かなわ)の井

(写真:iStock.com/pigphoto)

能の演目に〈鉄輪〉という話がある。舞台は洛北の山里にある貴船神社

或る夜、貴船神社の社人にお告げがあった。丑の刻参りをする女に神託を伝えよ、というのだ。女は五条辺りからやって来ていて、自分を捨てて後妻を娶った夫に、報いを受けさせるため、遠い道のりをものともせず、夜な夜な貴船神社に詣でていた。

その女に社人は、三つの脚に火を灯した鉄輪を頭に載せ、「怒りの心を表せば、望みどおり鬼になる」と神託を告げた。

そうは言ったものの、社人は女と言葉を交わして遣り取りを続けるうち、だんだん怖くなって来る。

女が神託の通りにしようと言うと、たちまちのうちに女の様子は変わり、髪は逆立ち、夜空には雷鳴が轟き渡る。

驚いた社人は逃げ惑う。激しい雷雨のなか、女は恨みを思い知らせてやると言い捨てて、南の方へと駆け去って行った。

一方で、その女の元の夫は、毎夜悪夢にうなされ、当時有名な陰陽師として知られていた安倍晴明を訪ね、事情を話して相談する。晴明は、「先妻、すなわち丑の刻参りをしている女の呪いによって、ふたりの命は今夜で尽きる」と非情な見立てを元夫に告げる。

当然ながら元夫は、何とか生きながらえさせてくれるよう、晴明に懇願する。やむなく晴明は、元夫の家を訪れ、祈祷棚を設けて、夫婦の形代を載せて、呪いを肩代わりさせようと必死で祈祷を始める。

と、そこへ、あろうことか、脚に火を灯した鉄輪を頭に戴せ、鬼と化した女が現れる。鬼となった女は、捨てられた恨みをとうとうと述べ、男の形代に襲いかかろうとするが、神の力によって退けられ、逃げるようにして姿を消す。

同じ能の演目に〈葵上〉があり、似たような女性の嫉妬深さを描いてはいるが、そこはやはり源氏物語が本歌とあって、六条御息所には雅な風情が漂っている。それに比べて〈鉄輪〉の女性は実に怖い。

ここに来れば「縁切り」ができる?

また前置きが長くなってしまった。

五条通から堺町通を上り、万寿寺通を越えてしばらく行くと鍛冶屋町となり、左手に〈鉄輪跡〉と記された石碑が建っている。その奥に小さな門があり、〈鐵輪ノ井戸入口〉と書かれた札が下がっている。

(写真:iStock.com/Valeria Vechterova)

民家にあるような引き戸を開け、狭い路地を奥に進むと、そこに小さな井戸がある。これが〈鐵輪の井〉。

丑の刻参りをしていた女は、この辺りから貴船神社へ通っていたという。距離でいくと十三キロあまり。女性の足だと三時間はゆうにかかる。つまりは往復六時間。毎夜それを繰り返したというのだから、なんとも凄まじい。女性の怨念の深さに驚くばかり。

晴明の力の前に逃げ帰った女は、この井戸に身を投げたと言われている。それ故この井戸は縁切り祈願に霊験あらたかと伝わり、遠くから水を汲みにくる人が絶えなかったそうだが、今は涸れてしまい、水を汲むことは出来ない。

その代わりなのだろうか、井戸の蓋の上にはペットボトルに入った水が置かれている。これは供えられたものもあるが、縁切りを願う人が置いたものもあり、ひと晩置いて、また取りに来るのだそうだ。縁切り井戸は決して過去の話ではない。井戸の横に建つ小さな祠に手を合わせる人は、何を祈っているのだろうか。他人事ながら、ちょっと身震いしてしまう。

鐵輪社の隣に祀られているのは、鍛冶屋町内の氏神である命婦稲荷社。昭和十年(一九三五年)にこれを再建するときに、土の中から『鉄輪塚』の碑が発掘され、鐵輪大明神として鐵輪社の小祠が祀られたのを創始としている。そのとき、土の中からいくつかの鐵輪が掘り出されたとも聞く。身に覚えのある向きは、早々に立ち去った方がよさそうだ。

関連書籍

柏井壽『京都の路地裏 生粋の京都人が教えるひそかな愉しみ』

観光地化された京都には、京都っぽいものが溢れており、本当の京都はないと著者は憂う。古き良き京都らしさが残っているのは、地元民の生活感が漂う、大通りから一本入った路地裏の細道。そこを歩けば、地元民が参拝に通う小さな寺社や、昔からの言い伝えが残る不思議スポット、多店舗展開しない漬物の老舗、一子相伝の和菓子屋、舞妓さんが通う洋食屋、京風料理ではなく本当の京料理を出す和食店……に出会える。京都に生まれ育ち、歩き尽くした京都のカリスマが、「本当は教えたくない」とっておき情報を紹介。

柏井壽『京都の定番』

近年、穴場的な「隠れ名所」が注目されがちな京都。だが、京都を愉しむなら、まず「定番」を押さえたい。誰もが知る名所・名店・祭事でも、その成り立ちや、今に至る歴史の流れまで知る人は少ない。名刹の背後にある物語、「京都風」でない真の京料理を守り続ける料理人の心意気、都人の春夏秋冬の愛で方、花街のルールなどについて知ると、京都の奥ゆかしさや美しさの理由が分かる。この街で生まれ育った著者でさえ、定番を改めて辿ってその奥深さに驚愕した。数多の情報に振り回されず、本当の京都を知るための究極のガイド。

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 「私は京都好き」と言いたいあなたのために、本当は内緒にしておきたい(←編集者の本心!)、とっておきの名所・名店を紹介します。

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柏井壽

一九五二年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都の魅力を伝えるエッセイや、日本各地の旅行記などを執筆。『おひとり京都の愉しみ』『極みの京都』『日本百名宿』(以上、光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『日本ゴラク湯八十八宿』(だいわ文庫)、『おひとり京都の春めぐり』(光文社知恵の森文庫)、『泣ける日本の絶景』(エイ出版社)ほか多数。
自分の足で稼ぐ取材力と、確かな目と舌に定評があり、「Discover Japan」「ノジュール」「dancyu」「歴史街道」など、雑誌からも引っ張りだこ。京都や旅をテーマにしたテレビ番組の監修も多数行う。
柏木圭一郎名義で、京都を舞台にしたミステリー小説も多数執筆する一方、柏井壽本名で執筆した小説『鴨川食堂』(小学館文庫)が好評で、テレビドラマ化も。
二〇一三年「日本 味の宿」プロジェクトを立ち上げ、発起人として話題を集める。
二〇一五年、京都をテーマに発足したガイドブックシリーズ「京都しあわせ倶楽部」の編集主幹としても。
プロフィール写真撮影:宮地工

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