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《京都ガイド本大賞・リピーター賞》受賞!京都の路地裏

2019.07.09 更新 ツイート

ガイドブックには載っていない、京都の「路地裏パワースポット」柏井壽

すっかり観光地化されてしまった京都。しかし大通りから一歩、路地を入れば、そこには地元民だけが知っている「本当の京都」が広がっているという。小さな寺社や、昔からの言い伝えが残る不思議スポット、一子相伝の和菓子屋、舞妓さんが通う洋食屋、本当の京料理を出す和食店……。『京都の路地裏』には、こうしたレアな情報が盛りだくさん。本書に収録されたとっておき情報を、少しだけご紹介しましょう。

*   *   *

都の鬼門を守る「幸神社」

ふた昔ほど前に、北海道の幸福駅が話題になり、“幸福行きの切符”が人気を呼んだことがある。それに倣えば、人気を集めてもおかしくないと思うのだが、洛中の便利な場所にありながら、境内はいつもひっそりと静まり返っているのは、細道の奥にあるせいだろうか。その名も『幸神社』。サチジンジャではなく、サイノカミノヤシロと読む。

(写真:iStock.com/SeanPavonePhoto)

多くの人がご存知のように、京都においては、その場所を説明するのに、南北の通りと東西の通りが交わる場所を言えば、一番分かりやすい。そして、そこから北へ行くときは「上(アガ)ル」、南なら「下(サガ)ル」。東へ行く場合は「東入(イ)ル」、西なら「西入(イ)ル」、だ。

たとえばこの『幸神社』なら、寺町今出川上ル、一筋目西入ル。地図を頼りに歩けば、これで間違いなく辿り着ける。

余談になるが、『幸神社』は、行列の出来る店として知られる餅菓子屋『出町ふたば』から、歩いて五分とかからない。ところが、訪れる人の数で言えば、比べものにならないほど参拝者は少ない。ちなみに、『出町ふたば』に行列を作らせる〈豆餅〉は無論美味しいのだが、せっかくの機会なので、足を伸ばしておきたいところ。

多くの寺を集めた通りだから寺町通。北は鞍馬口通から、南は五条通まで、洛中を南北に貫く通りなのだが、様々な経緯を経て、南へ行くほど寺は少なくなり、寺町通という通り名にふさわしい光景が広がるのは、今では今出川通以北の、この界隈だけとなった。

その寺町通の東側に『幸神社』の石標が建っている。これを目印にして、薬局の角を西へ入ると、やがて右手に石の鳥居が見えて来る。車一台通るのがやっとという細道に建つ神社はしかし、その由緒は極めて正しく、一説によると平安京最古の創建とも伝わっている。

鳥居の額には『幸神社』とあるが、右手の石標には『出雲路幸神社』と刻まれている。そしてその上には、皇城鬼門除の文字がある。

これは、皇城、すなわち天皇のおわします御所の鬼門除として、重要な役割を担っている神社であることを表している。そしてその印として、境内拝殿の瑞垣(神社の周囲に巡らした垣根)に、御幣(神道の祭祀で使われる幣帛のひとつ)を持つ猿の絵馬が、たくさん掛かっている。

鬼門、猿。──この謎を解く鍵は、この社より南、「京都御所」の中に隠されている。

歌舞伎のルーツもここにある?

広大な敷地を持つ京都御苑の中にある京都御所。この北東の角が鬼門と呼ばれる箇所だ。北東、つまり丑寅の間は、陰陽道で言うところの、鬼が出入りする、忌むべき方角。この角は、猿が辻とも呼ばれ、鬼門を猿が護っていると言われる。

(写真:iStock.com/yuelan)

なぜ猿かと言えば、丑寅の反対方向が申だから、とも、魔が去る、から猿になったとも言われるが、定かではない。が、猿を護り役と決めたからには、鬼門に配しなければならない。

という訳で、この“猿が辻”の塀の上をよく見ると、ちゃんと御幣を持つ猿が鎮座している。そしてそれと同じ猿が『幸神社』にも居るのである。

幸神社の社殿の東北の隅。見上げると木彫の猿が御幣を担ぎ、東北に睨みを効かせている。実はこの猿は、元々御所の猿が辻に置かれていたのだが、多くの目に触れぬよう、こちらに移されたとも伝わっていて、一説では左甚五郎作の貴重なものだとも言われている。

御所と『幸神社』ダブルで都を護っているかと思いきや、ここから更に北東へ辿った『赤山禅院』にも、更に北東にある比叡山を越えた『日吉大社』にも猿が鎮座し、四重の構えで京都御所を護っているというから、よほど鬼門を恐れていたのだろう。

細道の奥にひっそり佇む小さな社が、そんな重要な役割を果たしているとは夢にも思わないだろうが、それが京都という街なのである。

それだけではない。更に興味深い事実がこの小さな社に隠されている。それは歌舞伎の起源にまつわる話

歌舞伎は、「傾く」すなわち傾くの意を語源としていると言われ、派手な衣装を付けて、一風変わった踊りを踊る一団を〈傾き者〉と呼んだことから、今の歌舞伎に繋がったと言われている。

〈傾き者〉の踊りを、かぶき踊りと呼び、その創始者として知られているのが出雲阿国

鴨川に架かる四条大橋の畔にその像が建っていることから分かるように、師走に顔見世興行が行われる『京都南座』が、阿国歌舞伎発祥の地。つまり日本の歌舞伎はこの場所から、出雲阿国という女性によって始まったものと言える。

そしてその出雲阿国は、この『幸神社』の稚児、巫女をしていたという説があるのである。その繋がりを示しているのが、鳥居横の石標に刻まれた〈出雲路〉の文字だ。

先述の寺町通を東に越えて、しばらく行くと賀茂川に出る。今もこの辺りには出雲路という地名が残り、出雲路神楽町というバス停もあるくらいだ。阿国はこの出雲路で生まれ、『幸神社』に奉仕しながら、賀茂川を下り、四条河原辺りで歌舞伎踊りに興じていたと言われる。

日本の国体の根幹を成す天皇の御所を護り、日本の伝統芸能の代表とも言える歌舞伎の発祥に大きく関わった神社が、細道の奥に建っていることは、何とも興味深い。だから細道、路地裏巡りはやめられない。

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関連書籍

柏井壽『京都の路地裏 生粋の京都人が教えるひそかな愉しみ』

観光地化された京都には、京都っぽいものが溢れており、本当の京都はないと著者は憂う。古き良き京都らしさが残っているのは、地元民の生活感が漂う、大通りから一本入った路地裏の細道。そこを歩けば、地元民が参拝に通う小さな寺社や、昔からの言い伝えが残る不思議スポット、多店舗展開しない漬物の老舗、一子相伝の和菓子屋、舞妓さんが通う洋食屋、京風料理ではなく本当の京料理を出す和食店……に出会える。京都に生まれ育ち、歩き尽くした京都のカリスマが、「本当は教えたくない」とっておき情報を紹介。

柏井壽『京都の定番』

近年、穴場的な「隠れ名所」が注目されがちな京都。だが、京都を愉しむなら、まず「定番」を押さえたい。誰もが知る名所・名店・祭事でも、その成り立ちや、今に至る歴史の流れまで知る人は少ない。名刹の背後にある物語、「京都風」でない真の京料理を守り続ける料理人の心意気、都人の春夏秋冬の愛で方、花街のルールなどについて知ると、京都の奥ゆかしさや美しさの理由が分かる。この街で生まれ育った著者でさえ、定番を改めて辿ってその奥深さに驚愕した。数多の情報に振り回されず、本当の京都を知るための究極のガイド。

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 「私は京都好き」と言いたいあなたのために、本当は内緒にしておきたい(←編集者の本心!)、とっておきの名所・名店を紹介します。

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柏井壽

一九五二年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都の魅力を伝えるエッセイや、日本各地の旅行記などを執筆。『おひとり京都の愉しみ』『極みの京都』『日本百名宿』(以上、光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『日本ゴラク湯八十八宿』(だいわ文庫)、『おひとり京都の春めぐり』(光文社知恵の森文庫)、『泣ける日本の絶景』(エイ出版社)ほか多数。
自分の足で稼ぐ取材力と、確かな目と舌に定評があり、「Discover Japan」「ノジュール」「dancyu」「歴史街道」など、雑誌からも引っ張りだこ。京都や旅をテーマにしたテレビ番組の監修も多数行う。
柏木圭一郎名義で、京都を舞台にしたミステリー小説も多数執筆する一方、柏井壽本名で執筆した小説『鴨川食堂』(小学館文庫)が好評で、テレビドラマ化も。
二〇一三年「日本 味の宿」プロジェクトを立ち上げ、発起人として話題を集める。
二〇一五年、京都をテーマに発足したガイドブックシリーズ「京都しあわせ倶楽部」の編集主幹としても。
プロフィール写真撮影:宮地工

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