1. Home
  2. 生き方
  3. さすらいの自由が丘
  4. 衾(ふすま)駅という名になるはずだった自...

さすらいの自由が丘

2018.09.04 公開 ツイート

衾(ふすま)駅という名になるはずだった自由が丘 今村三菜

 私は生まれも育ちも静岡県静岡市である。だから東京に住もうと思っても、あまりに都会が過ぎると、落ち着かなくて生きていられない。

 夫に逃げられた後、静岡の実家で一年ほど、人生を休憩させてもらったら、お陰様で正気になってきたので、東京に戻ることにした。もう一人きりなのだから、好きなところに住めばいいのだと思った。

 私が、子供の頃から、ここが私にとっての東京そのものだと思っていたのは、表参道と青山通りの四つ角だ。小さな頃から、学校がお休みになると母と私たち3人きょうだいは、母の実家に行った。母方の祖父母に会うのがとても楽しみだった。

 祖父はいつも表参道の四つ角近くのアンデルセンで、全員の分、ビーフシチューをたのんだ。今はもうアンデルセンは閉店してしまったが、表参道の四つ角に立つと、アンデルセンのコックリした味のビーフシチューをみんなで食べた思い出と、まだ日曜日は歩行者天国だった表参道をスキップしながら、キディーランドに向かって下って行ったワクワクした気持ちを鮮やかに思い出す。もうとうの昔に祖父母はいないのに。

 でも、しばらく表参道の四つ角に立っているとどうにも排気ガスの臭いが気になってたまらなくなるので、候補から外し、表参道と青山は思い出の中にしまっておくことにした。

 東横沿線の日吉も友達が多いので考えたが、土地勘が全くないので心細くなると思ってやめた。鎌倉も考えたが、車の運転をしないので、没にした。

 そして、結局、考えて考えて、長年、夫と暮らした自由が丘に戻って来てしまったのだ。

 自由が丘は明るい。南口から出ると緑道があり、カップルが話しながらコーヒーを飲んだり、一人で本を読んでる人がいたりする。街角にも小さなコーヒー屋があって、横のベンチでのんびりお茶を楽しんでいる人がいる。土日は観光客で混んでいるが、平日は、のんびりした雰囲気だ。

 うちにいるときには、「男はつらいよ」のDVDを小さな音でBGMにしているので、自由が丘に住んでいるのか、柴又に住んでいるのかわからなくなる時がある。

ここから先は会員限定のコンテンツです

無料!
今すぐ会員登録して続きを読む
会員の方はログインして続きをお楽しみください ログイン

関連書籍

今村三菜『お嬢さんはつらいよ!』

のほほんと成長してきたお嬢さんを奈落の底に突き落とした「ブス」の一言。上京し、ブスを克服した後も、地震かと思うほどの勢いで貧乏揺すりをする上司、知らぬ間に胸毛を生やす弟、整形手術を勧める母などなど、妙な人々の勝手気ままな言動に翻弄される毎日。変で愛しい人たちに囲まれ、涙と笑いの仁義なきお嬢さんのタタカイは今日も続く!

今村三菜『結婚はつらいよ!』

仏文学者・平野威馬雄を祖父に、料理愛好家・平野レミを伯母に持つ著者の波瀾万丈な日常を綴った赤裸々エッセイ。 ひと組の布団で腕枕をして眠る元舅・姑、こじらせ女子だった友人が成し遂げた“やっちゃった婚”、連れ合いをなくし短歌を詠みまくる祖母、夫婦ゲンカの果て過呼吸を起こす母、イボ痔の写真を撮ってと懇願する夫……。「ウンコをする男の人とは絶対に結婚できない」と悩み、「真っ白でバラの香りがする人とならできるかも」と真剣に考えていた思春期から20年余り、夫のお尻に素手で坐薬を入れられるまでに成長した“元・お嬢さん”の、結婚生活悲喜こもごも。

{ この記事をシェアする }

さすらいの自由が丘

激しい離婚劇を繰り広げた著者(現在、休戦中)がひとりで戻ってきた自由が丘。田舎者を魅了してやまない町・自由が丘。「衾(ふすま)駅」と内定していた駅名が直前で「自由ヶ丘」となったこの町は、おひとりさまにも優しいロハス空間なのか?自由が丘に“憑かれた”女の徒然日記――。

バックナンバー

今村三菜 エッセイスト

1966年静岡市生まれ。エッセイスト。仏文学者・詩人でもある祖父・平野威馬雄を筆頭に、平野レミ、和田誠など芸術方面にたずさわる親戚多数。著書に『お嬢さんはつらいよ!』『結婚はつらいよ!』(ともに幻冬舎)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP