1. Home
  2. 生き方
  3. さすらいの自由が丘
  4. 母が涙ぐんで飲んだお汁

さすらいの自由が丘

2021.04.02 更新 ツイート

母が涙ぐんで飲んだお汁 今村三菜

母が1月25日に、心臓の手術をし、そのままICU(集中治療室)に入り、そこで2泊し、その後、HCU(高度治療室)に2泊し、1月の29日の午前中に、私が病院に行ったら、母は、もう一般病棟に移されていた。

手術前に、先生に年齢のことを考えても、今回は一般病棟に移るまで1週間くらいかかるかも知れません、と言われていたのに、今回も母は最速で一般病棟に戻って来た。

私は、それがうれしく、今回の難局もこれでほぼ乗り切ったなと、舞い上がり、夜、実家の風呂場でオペラ歌手になった。

湯船に浸かりながら、グノーのアヴェ・マリアを熱唱した。最初は、慎み深く、小さな声で、♪アーヴェー マリーアー グラーティアプレーナー♪と歌っていたが、だんだん気分も盛り上がり、♪サァーンター マリーアー サァーンター マリーーアー マリーーアーー♪と、上半身、風呂桶から出た状態で、絶叫し、心の中は、神仏に対する感謝の思いで溢れ、アヴェ・マリアが止まらなくなった。

古い表現だが、ボリュームの大きい壊れたレコードのようになっていると、3階から、弟が駆け降りて来たらしく、風呂場の外の廊下で何か叫んでいる。「ミナー、やめろー! アヴェ・マリア、やめー! やめー!」と大声が近づいてくる。

 

私は急いでお風呂から出て、洗面所のドアから顔だけ出すと、弟が、M(義妹)が「ミナちゃん、すごいよ。アヴェ・マリア、ちゃんとアーメンのとこまで歌ってるよ」と言っていると言う。義妹は、真上の3階のお風呂の中で聴いていたらしい。

弟は、「うちの 風呂場で大声を出すと、裏通りの角まで聴こえるんだから、歌うな」と言うのだ。弟が怒っても、喜びと感謝が収まらない私は、布団の中で、また、グノーのアヴェ・マリアをスマホで聴いていた。

しかし、実際、アヴェ・マリアを歌っている場合ではなかった。いつも術後3日目くらいには、お腹をすかせる母が、一般病棟に移っても、何も食べたくないと言って、水しか飲まないのだ。カフェインで胃が荒れるのだろう。お茶も嫌がった。

病院の食事がまずいから食べないのだと思い、妹と、出汁巻き玉子と、小さな梅干しのおにぎりと、焼き鮭を持って行くと、梅干しは塩分が強すぎるから食べられないと、焼き鮭とおにぎりのご飯のところを一口、出汁巻き玉子を一口しか食べなかった。

病院の食事にも手をつけず、私と妹が作って持って行ってもほとんど手をつけない。ただでさえ、母は、足腰の筋力が落ちて、歩くのもフラフラしていて、私と妹は困り果てた。

「それなら、お母さん、何なら食べられる? 考えてみて」と言うと、「おうどん」と言う。しかも、「たくさんは食べられないわ。おうどん、3本くらい。なんにも具を入れないでね」と言った。

すぐ実家に戻ると、妹が、鰹節を削りだした。母の鰹節削り器は、昔のような木の小さな箪笥のような物でなく、プラスティックでできていて、その中に鰹節をセットし蓋をして、ハンドルを回すと、シャッシャッと削り節が出てくる。昆布と鰹節と、少しのアゴ出汁で、出汁をとった。ちゃんと澄みきった金色の出汁がとれた。それに、日本酒と醤油で薄めに味付けした。

稲庭うどんを、7本くらい茹で、お汁と一緒に保温容器に入れ、急いで母の病室に行くと、母は、容器の蓋をとった途端、出汁の匂いを嗅いで「わぁー」と言った。容器に口をつけ、お汁を飲んだ。「こういうのが食べたかったのよ」と「はーっ」とため息をつき、涙ぐんでいる。おうどんも全部たいらげてくれた。

退院してしばらくすると、母が「もう大丈夫よ」と言ったので、私は、自由が丘に久しぶりに戻った。2日間、疲れでベッドで寝続けたのだが、起き上がったときに、寝室に置いてある本箱を見て「あっ」と思った。

料理研究家の辰巳芳子さんの『あなたのために ――命を支えるスープ』(文化出版局)という料理本を見つけたのだ。この本の一番最初のメニューは、「玄米スープ」である。無農薬の玄米を平鍋で炒り、天然昆布と、無農薬の梅干しに、水を加え、ゆっくり炊いたスープだ。

このスープに支えられて最晩年を過ごされた方のお話も書いてあり、私は初めて、料理本を読んで涙ぐんだ。今まで、料理は美味しければなんでもよいと思っていたのだが、術後、水しか飲まなくなった母に接して、どうやって病人や老人に滋養をつけてあげようか考えなくてはならないと思った。父も母も、子供のいない伯父や叔母もどんどん老いている。私は自分の役目を見つけられたようで、うれしかった。

辰巳芳子さんの料理本を読んでいたら、父と母の老いた顔が思い浮かんだので、名古屋の妹の家に泊まっている母に電話してみると、「今ね、和菓子屋さんでおはぎを3つ買ってきたのよ。それで、私、もう2つ食べちゃったの。太っちゃうわ。困っちゃうわ。それでね、お夕飯は、お庭で、バーベキューなんですって」と食べる話ばかりしている。義弟が今、ソロキャンプにハマっていて、キャンプ道具を一揃い買ったらしい。肉は焼肉屋で、妹が、カルビ、タン塩、ホルモンを買って来たそうだ。

良かった。良かった。私が、病人に食べさせる滋養のあるお汁やスープの作り方、嚥下(えんげ)障害のある人に食べられる物を考えるには、まだたっぷり時間があるとみた。いや、そうあって欲しいとマリア様に強く祈っておく。

関連書籍

今村三菜『お嬢さんはつらいよ!』

のほほんと成長してきたお嬢さんを奈落の底に突き落とした「ブス」の一言。上京し、ブスを克服した後も、地震かと思うほどの勢いで貧乏揺すりをする上司、知らぬ間に胸毛を生やす弟、整形手術を勧める母などなど、妙な人々の勝手気ままな言動に翻弄される毎日。変で愛しい人たちに囲まれ、涙と笑いの仁義なきお嬢さんのタタカイは今日も続く!

今村三菜『結婚はつらいよ!』

仏文学者・平野威馬雄を祖父に、料理愛好家・平野レミを伯母に持つ著者の波瀾万丈な日常を綴った赤裸々エッセイ。 ひと組の布団で腕枕をして眠る元舅・姑、こじらせ女子だった友人が成し遂げた“やっちゃった婚”、連れ合いをなくし短歌を詠みまくる祖母、夫婦ゲンカの果て過呼吸を起こす母、イボ痔の写真を撮ってと懇願する夫……。「ウンコをする男の人とは絶対に結婚できない」と悩み、「真っ白でバラの香りがする人とならできるかも」と真剣に考えていた思春期から20年余り、夫のお尻に素手で坐薬を入れられるまでに成長した“元・お嬢さん”の、結婚生活悲喜こもごも。

{ この記事をシェアする }

さすらいの自由が丘

激しい離婚劇を繰り広げた著者(現在、休戦中)がひとりで戻ってきた自由が丘。田舎者を魅了してやまない町・自由が丘。「衾(ふすま)駅」と内定していた駅名が直前で「自由ヶ丘」となったこの町は、おひとりさまにも優しいロハス空間なのか?自由が丘に“憑かれた”女の徒然日記――。

バックナンバー

今村三菜 エッセイスト

1966年静岡市生まれ。エッセイスト。仏文学者・詩人でもある祖父・平野威馬雄を筆頭に、平野レミ、和田誠など芸術方面にたずさわる親戚多数。著書に『お嬢さんはつらいよ!』『結婚はつらいよ!』(ともに幻冬舎)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP