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さすらいの自由が丘

2019.04.23 更新

父の入院、ウナギの蒲焼き今村三菜

実家の父が39. 5度の高熱を出したと言う。立ち上がることもできないから、救急車で病院に行ったが、インフルエンザの検査も陰性で、高熱が出る原因がわからないから、帰ってくださいと病院の人に言われ、家に帰って来たそうだ。

私は、弟からの電話で父の様子を聞き、すぐに帰り支度をした。ここ自由が丘は品川に近く、静岡の実家まで、ひかりに乗ると、ドアトゥドアで2時間くらいで着いてしまう。

夕方、家に着き、父の顔を触ってみると、すごく熱く、真っ赤だった。

翌日の朝も父は高熱を出し真っ赤な顔をしていていた。もう自分の足で、寝室から食堂まで来られないくらい、父の身体はヨレヨレだった。

そこに、固定電話が鳴りだした。母も弟もいくらプルプル電話がなっても固定電話にはでようとしない。でも、私は何か重要な電話だったらどうしようと思って、受話器をとると、「静岡○○病院ですが、昨日来ていただいたイマムラさんの血に菌がたくさん出ましたので、すぐ、病院に来てください」と言う。「何分くらいで来られますか」ときかれたので、「2時間以内で」と答えると、「もっと早く来られませんか」というので、「なるべく早く行きます」と答えた。

 

 

昨日、救急車でいったときの荷物は、キャリーバッグに入れたままになっているし、あとは、高熱が続いたため、汗で大変汚れた感じになっている父を風呂に入れようということになった。父は全身、母にゴシゴシ洗われた後、風呂場から、母の金切り声が聞こえた。

「誰か助けてー、ミツヒロさんが、お風呂から出られなくなっちゃったー」私は、すっ飛んで風呂場に行くと、お湯でびしゃびしゃになって、腰が抜けている母と、風呂桶の中で、全裸で動けなくなっている父がいた。まさに「絶望」という感じだった。

私は、自分のズボンの裾を膝までたくし上げ、父の後ろにまわって「お父さん。頑張って立ち上がるからね」と言って、父の後ろから、脇に両腕をいれ、渾身の力で、「はい、行くよー。どっこいしょのしょー」と掛け声をかけ、父と立ち上がった。

ヨロヨロする父を洗面所に出すと、父も私も、力尽きてバスマットの上にへたりこんでしまった。

前回、実家に帰ったとき、私は、洗面所のドアを開けたら、お風呂上りの父が裸で立っていた。そのとき意外にも、父はまるでハズキルーペの上に座ってしまったが如く「キャッ」という感じで、タオルで前を隠したのだ。しかし、もうこんな時に、「キャッ」とか言っている場合ではないだろう。私は、父に「はい、右足だして。はい、左足だして」とパンツを穿かせたら、母と妹がパジャマを着せ、弟の車で病院に連れて行った。もう、父は自力では立てなくなっていた。

病院に着くと、父はすぐに抗生剤の点滴をつけられ個室に寝かされた。それからは、毎日、検査、検査であった。そして、「うちのお父さんはどうなっちゃったんだろう」と心配になって来ると、いいタイミングで先生に呼ばれて、父の状態を説明してくれた。

私は、父が不安だろうと思い、全部の検査について行った。一つの検査が終わって、父がベッドごとエレベーターに乗ろうとしているとき、最初の時に診てくれた年配の先生が隣のエレベーターに乗ろうとしているのが見えたので、「先生、いつも丁寧にご説明ありがとうございます」と言ったら、

ささっと、こちらのエレベーターに乗ってくれ、狭い中で、父の足をたたいたり、さすったりしてくれた。父は、さすられていたのはわかるけど、叩かれるのは感じないと答えた。すると、一緒にエレベーターに乗っていた脳神経内科の先生が、ポケットから、脚気の検査をするような道具を出し、父の両足をポコポコ叩き、「首のMRIを撮ろう」ということになり、先生たちが、ものすごい勢いで、父の乗ったベッドを検査室に運んで行くので、私も小走りでついて行った。

MRIを撮ったら、これは「脳神経外科」の範囲だと言うことになり、脳神経外科の先生に、小さい部屋に呼ばれ、「今から緊急手術をします」と言われた。

4番目の頸椎と5番目の頸椎(けいつい)に何かあるから、それを取り除いて、狭くなっている頸椎と頸椎の間を広げるのだそうだ。

私は、間髪容れず、「お願いします。やってください」と答えてしまった。そして、手術同意書にも私がサインしてしまった。脳神経外科の先生は、40分後に手術を始めますと言うので、私は、叔母に母と弟を呼んでもらい、私は父のところにいって、「お父さん、手術する? 頸椎の4番目と5番目の間に何かあるから、それを取るんだって」父も間髪容れず、「やる」と答えた。

40分後に始まると言ったのに、10分後に手術室の用意できましたと、父はベッドごと連れていかれてしまった。もう、21時を過ぎていた。母と叔母と妹と義妹には、せっかく来てもらったけど、手術は日をまたいで明日になるだろうということで、帰ってもらい、薄暗くなった控室で、まんじりともせず、弟と並んでテレビを見つめていた。

4時間くらい過ぎた頃、看護師さんが来て、「手術、終わりましたよ。もうすぐ、先生が来て説明があります」と言って、去って行った。

それからの30分が長かった。もう私は、耐えられず、カックンカックン貧乏ゆすりをしていたら、やっと先生が来て、説明してくれた。頸椎の4番と5番の間に、膿瘍(のうよう)があって、それが神経を圧迫していたそうだ。

父はむち打ち症のときに首につける、輪っかのようなものをつけてICUで寝ていた。私と弟は、父の寝顔を見て、ホッとして帰宅した。

 

その翌日からリハビリが始まった。父は、まだ立ち上がることは出来ないが、介助があれば車いすに乗っていることができるようになった。

毎日毎日、小さいことだけど、父に変化がある。動かなかった手が、グーパーグーパーとできるようになったり、腰に力が入るようになり、車いすに安定して座ることができるようになった。

手術前には、「トイレに行きたい。ちゃんと便座に座らなくてちゃ出ない」と父が言いはるので、男の看護師さんと、女の看護師さんと私と3人で父を引っ張りあげた。3人で全力で便座に座らせてみたが、父が床に足を踏ん張ることも、背中に力が全然入らないので、座った状態を保つことができず、父がぐにゃっと前に倒れてきたので、私と看護師さんたちも、便器の前でぐしゃっと倒れた。力の入らない人間が、あんなに重いとは驚いた。

さらに、自分の家とは違うところに、何日もいたので、せん妄(もう)というのが出てきてしまったのだ。父は病室の天井を見て、あそこにウナギが泳いでるなどと言い出した。そうしたら、翌日、何を思ったか、母がデパート地下でウナギの蒲焼を買ってきて、父に食べさせていた。

この分だと連休明けには、リハビリ病院に移れそうだ。リハビリ病院の問診表に、「職業がありますか」とあったので、「はい」に大きく○をつけた。

「どんな職業ですか」のところには「歯科医師」と書き、「仕事に戻りたいですか」というところにも力強く○で囲んできた。

これから、父は、「もうリハビリ、やりたくない」とか、「うちに帰りたい」とか、言い出すのはわかっているが、どうにか立って歩けるようになってほしい。家族全員でそれを願っている。

 

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さすらいの自由が丘

激しい離婚劇を繰り広げた著者(現在、休戦中)がひとりで戻ってきた自由が丘。田舎者を魅了してやまない町・自由が丘。「衾(ふすま)駅」と内定していた駅名が直前で「自由ヶ丘」となったこの町は、おひとりさまにも優しいロハス空間なのか?自由が丘に“憑かれた”女の徒然日記――。

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今村三菜 エッセイスト

1966年静岡市生まれ。エッセイスト。仏文学者・詩人でもある祖父・平野威馬雄を筆頭に、平野レミ、和田誠など芸術方面にたずさわる親戚多数。著書に『お嬢さんはつらいよ!』『結婚はつらいよ!』(ともに幻冬舎)がある。

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