人は何故、過ちを繰り返すのだろうか。
仕事での失敗だったり、簡単なことでいうと遅刻であったり、人間関係においても相手を思いやれなかったり、恋愛においての浮気なども当てはまるだろう。
何故、過ちを繰り返すのか。
多くの人にとっての人生のテーマではないだろうか。
僕にとってもそうである。
僕も一つのことでずっと過ちを繰り返している。
何度もだ。
もう10年以上ではないだろうか。
いや、15年以上だろう。
僕は過ちを、
二郎系ラーメンで繰り返している。
今日こそ麺を大盛り、野菜をマシマシにして食えるだろう。と何回も思う。
が、途中で気づく。
無理なのだ。
いや、行ける。
食い切れるのだが……。
途中から美味くない。
苦しいだけだ。
ただのスポーツだ。
しかもやればやるほど太るスポーツだ。
汗をかけばかくほどに太っていくのだ。
最後まで食べない方がちょうど良い気分で帰れる。
ただ、マナー的に御法度だ。
だから最後まで食べる。
半分を超えたくらいからはノルマだ。
スポーツの中でもかなりきつい部類に入る。
マラソンだ。
かなり精神的なスポーツだ。
金を払ってランニングをしている。
これに似たことがある。
男性なら誰しも思ったことがあるはずだ。
今日は3回連続でオナニーしてやろう。
そう、やる前はそう思うのだ。
そして一回終わった後に思う。
無理だ。
そしてまたある日、思う。
今日は3回連続でオナニーしてやろうと。
無理なのだ。
いや、二郎系と同じだ。
途中からは目的が違っている。
やればやるだけ虚しい。
途中から全然エロくない。
セクシー女優にも申し訳ない。
ただこの二つ、二郎系とオナニーには大きく違う点がある。
マナーである。
二郎系は残せない。
二郎系のお店は基本的なマナーとしてお残しは厳禁である。
食べ切れる量を頼んでください。
というルールである。
当たり前だ。
ただ、「無理せずに残しても良いですよ」と貼り紙に書いてあるお店もあるが、自分が受けてきた教育的にも食べ物を残すことに抵抗がある。
だから最後まで頑張らないといけないプレッシャーもある。
打って変わってオナニーはどうだろう。
マナー的に、いつでもやめて良いのだ。
オナニーを3回しないとという教育も受けていないしポリシーも無い。
そう、オナニーを3回する意味が、マジで分からないのだ。
いや、2回も意味が分からないし、
そもそも1回も意味が分からないのだ。
1回でも意味の分からないことを、
『今日は3回やろう』
という訳の分からないセルフ拷問のようなことを唐突に始めてしまうのだ。
みんな、二郎系ラーメンは今日は行けるぞと思ってもちょっと少なめに、
そして、オナニーは0~1回にしとけ。
クロスロード凡説

「ネタにはしてこなかった。でも、なぜか心に引っかかっていた。」
そんな出来事を、リアルとフィクションの間で、書き起こす。
始まりはリアル、着地はフィクションの新感覚エッセイ。
“日常のひっかかり”から、縦横無尽にフィクションがクロスしていく。
「コント」や「漫才」では収まらない深掘りと、妄想・言い訳・勝手な解釈が加わった「凡」説は、二転三転の末、伝説のストーリーへ……!?










