批評家・会社員のレジーさんの新刊『ビジネスパーソンのための「芸風」で書く技術』刊行を記念した、言語哲学者・朱喜哲さんとの特別対談。前編では、偶然のキャリアや複数のカルチャーとの出会いが、その人だけの「芸風のある文章」を育てるという話が展開されました。後編では、生成AIによって「正しい文章」が簡単につくれるようになった今、それでも自分で文章を書く意味を考えます。
<構成・文:田邉愛理 撮影:植 一浩>
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文体を追求することこそ人生だ
朱 レジーさんが書かれた「芸風」と似たことを、僕自身は「文体」という表現で語ることが多いのですが、「自分の文体」を求めることって、どこかにゴールがあるわけではない、終わりなき旅、終わりなき冒険なんですよね。常に好奇心を持ち、変わる余地を残しておくことが大切なのではないかと。
レジー わかります。僕も「変わらないために変わり続ける」という考え方が好きです。芸風って、そういう可変性を持つものだと思っています。
朱 今の話、すごく大事ですね。というのも「文体」って、一旦それを獲得するまでにかなりの時間と労力がかかるものなんですよね。一方で今は、AIに頼めば正確で分かりやすい文章が一瞬で生成されてしまう。だからこそ、「自分だけの文体を目指す面白さ」を人に伝えることが、どんどん難しくなっています。
それでも僕は、「文体を追求することこそが人生なんだ」とまで言いたいんです。どうすればその思いが伝わるんだろうと考えていたときに、この本でレジーさんが「せっかく仕事で文章を書いたり、読んだりするなら、そこにその人の持ち味や生き方がにじんだもののほうが面白いじゃないか」と言ってくれた。
レジー そう言っていただけるのはうれしいですね。「文体をつくることこそ人生」というのは本当にそう思います。本でも触れましたが、僕は10代のころから音楽評論の『ROCKIN'ON』的な文体をずっと浴びてきました。だから書くときにはそうならないように意識しているんだけど、その道の先輩には「あなた『ROCKIN'ON』ばかり読んできたよね」と見抜かれてしまう(笑)。
朱 いい話ですね(笑)。僕の場合、もともと一番しっくりくるのはニーチェとか一部のフランス語圏の哲学みたいな、ちょっと詩的で論理の追いにくい文章なんです。でも、大学ではあえて英語圏の分析哲学(言語哲学)、明晰で論証構造がきちんとある文章を読み書きするというトレーニングを積みました。あえて無味乾燥さを目指すところもある同ジャンルの中では読ませる文体だと言われることがありますが、それは自分の中に元々はなかった文体を、頑張って習得した結果のバランスなんですよ。
レジー 面白い。やっぱり文体の話は奥深いな。
AIを「使役する言葉」が自分の内面に入り込む

朱 私たちは、常に言葉という危なっかしいものを使わざるを得ない生き物です。だからこそ、自分がどんな言葉に身を置くかが問われる。たとえばマーケティング用語には軍事由来のものが多いので、使っているうちに攻撃的になっていくことがある。「ターゲット」とか、「戦略」とか。家庭でもそんな言葉ばかり使っていたら、家族というコミュニティは立ちゆかなくなってしまうでしょう。言葉にはそれくらいの侵襲性があるんですよね。
そう考えると、AIを使うようになって、僕らが仕事中に使うボキャブラリーそのものが変わってきていることも気になります。これまでの仕事では、誰かにお願いしたり、調整したり、仲間意識をつくったりするために言葉を使っていた。でもAIには、指示や命令、ときには「さっきも言ったよね」と詰めるような言葉遣いも無遠慮にする。
レジー それ、すごくわかります。AIに調べ物を頼んだあと、そのままのノリで同僚に仕事のお願いを書いている自分にふと気づいて、「これはやばいな」と思うことが最近増えています。
朱 Slackだと「お疲れさま」も何もいらないから、ついプロンプト感覚で書いてしまいますしね。僕は自分が使うボキャブラリーが自分自身をつくると思っているので、これがけっこう怖いんです。一日のかなりの時間を「AIを使役する言葉」に費やすようになると、その言葉遣いが自分自身にも侵食してくるかもしれない。芸風や文体は日々使っている言葉からにじみ出るものですから、日頃どんな言葉の中に自分を浸しているのかは、決して無視できない問題だと思います。
AI生成時代には人間の揺れやブレが価値になる

レジー ちょっと話がそれるんですが、うちの子どもと街を歩いていると「これはAIが描いた絵だ」ってよく言うんですよ。今、小6なんですけど。
朱 小6でそれを判定するんですか(笑)。
レジー 細部の不自然さで、なんとなくわかるらしくて。
朱 文章もだいたいわかりますね、いまのところは。
レジー どの時間軸で見るかにもよりますが、AIが生成したものに感じる違和感って、これからも残る気がしていて。だとすれば、その逆側の人間がつくっているからこその揺れやブレに価値が生じるんじゃないかと。文章もそうですし、そこを出せる人のほうが、ビジネスでも価値を持つようになる気がするんですよね。
朱 僕も、AI時代の人間に必要なのは、何でも答えを出してしまうものに対して、うまく迷い続ける力なんじゃないかと思っています。谷川嘉浩さん、杉谷和哉さんとの共著『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(ちくま文庫)でも論じたテーマですが、これからますます重要になるはずです。
レジー それは問いを保持する力、とも言えそうですね。
朱 問い続けるためには、実はたくさんのボキャブラリーが必要なんですよね。言葉を変えたり、連想したりしながら問いを広げ、育てていく。一見よどみや無駄に見えるところにこそ、人間がやるしかないものが残るのかもしれません。
「普通に働く人」のための哲学が必要だ

朱 いや、今日は面白かったです。レジーさんはずっと、会社で普通に働く人がどう自分らしさを保つか、そこに向き合ってこられたんだなとよくわかりました。
レジー まさにそうなんです。「令和人文主義」に関する議論の中で「正社員様の哲学」という言葉が話題になったのは、2025年11月でしたよね。批判的な文脈で使われた言葉ではありましたが、あれを目にしたとき、僕はむしろ「今まさに必要なのは、この視点なんじゃないか」と思ってしまって。
僕は81年生まれで、2004年に会社員になった、いわゆる就職氷河期世代の後ろのほうです。この世代で企業の正社員として働いていると、しばしば自己責任モンスターというか、「自己責任論を内面化して勝ち残った人たち」と一括りにされてしまう。「そういう意識を内在化しているんだろう」と言われると、もう何も返せない。でも、そんなに単純な話ではないと思うんです。
もちろん、より厳しい状況に置かれている方々への支援が必要なのは大前提です。ただその一方で、「相対的に恵まれている」とされる側が抱えている、どこか報われない感覚や疎外感のようなものも確かにある。そこはずっと引っかかっていた部分でした。
朱 僕も最近、一種の「マジョリティのための哲学」が必要なんじゃないか、と考えています。矜持と責任を持ちうる立場であるはずの「正社員」がスティグマ化されたり、逆に「抑圧されている自分」のような自己イメージを押し付けられたりすることは社会にとって害悪ですし、人文知に触れる余裕があることを後ろめたく思う必要もない。
レジー 「マジョリティのための哲学」、いいですね。会社に入って長く働くことで得られるものもあるし、その場所にいるからこそできることもある。「会社員であること」と「自分らしくあること」を、どちらか一方に決めなくてもいいんですよね。
80のなかの「20」を、どれだけ輝かせるか

朱 そこも「芸風」という言葉のいいところだと思います。自分らしさって全開にしなくていいんですよ。会社員として8割くらいは堅実に、型どおりにやりつつ、そこに自分のエッセンスを少しだけ混ぜる。先ほどのメールの語尾等での文体アレンジも、バランスを誤ると「おじさん構文」になってしまいますから(笑)。「会社員なんてやめて自分らしくやればいい」という雑な話ではなく、その加減を探すところに『ビジネスパーソンのための「芸風」で書く技術』の美学があると思います。
レジー 「美学」と言ってもらえるのはとてもうれしいです。この手の話って突き詰めると「バランスが大事」というつまらない結論で終わってしまいがちですが、世の中は実際、0か100かではなく、その間で成立している。20:80だったとしたら、その20をどれだけ輝かせるか。「20しかない」ではなく、「20ある」ことが大事なんですよね。
いわゆるビジネスパーソン語というか、「結論から書く」的な文章が目指すのは、ある意味では「完璧な文章」です。でも、それはAIもすぐに書ける。必要なときには使えばいいけれど、まさに朱さんがずっと言ってくださっているように、そこに自分が飲み込まれてはいけない。
完璧じゃない。人から見れば少し偏っているように思えるかもしれない。でも、その部分こそ、自分が本来残さなければいけないものがある。朱さんと話していて、僕はそれをこの本でずっと書いていたんだな、とあらためて思いました。
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お二人の対談、いかがだったでしょうか? レジーさんによる最新刊『ビジネスパーソンのための「芸風」で書く技術』は好評発売中です。朱喜哲さんの『バラバラな世界で共に生きる リチャード・ローティの哲学』とともに、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです! お二人の最新情報については、下記略歴内にあるXまたはnoteのリンクからご確認ください。
メイキング・オブ・『ビジネスパーソンのための「芸風」で書く技術』

7/29発売の批評家・会社員のレジーさんによる新刊『ビジネスパーソンのための「芸風」で書く技術』にまつわる新連載です。連載単体だけでなく、書籍の番外編としても楽しめる内容になっています。










