
〈来週は、アイバさんが大好きな煮干しをやるよ〉
大きな体を揺すり、満面の笑みを浮かべる飲み友達のS氏。場所は新宿ゴールデン街の薄暗いバーだ。
〈煮干しに関しては、相当うるさいからね〉
互いにグラスを傾けながら、ラーメン談義に花を咲かせるのが何よりの楽しみだった。
当欄でなんども触れている通り、私はラーメン好きだ(ヲタクではない)。
飲み仲間S氏は、人気ラーメン店の経営者であり、唯一無二、独創的なアイディアを持つ天才職人だった。
なぜゴールデン街かといえば、S氏が新メニュー研究、開発のため、週に何度か馴染みのバーを間借りし、ワンオペで素敵な一杯を提供してくれたのだ。
写真をご覧いただきたい。一つの枠にはまることなく、S氏は様々なタイプの一杯を創り出した。




ご存じの通り、日本のラーメンはものすごく種類が多い。豚骨、牛骨、鶏ガラ、魚介出汁……。それぞれの味に熱狂的なファンがいて、店によっては一時間、二時間待ちの行列ができることも珍しくない。
S氏は、自分の興味を持った味を常に探求し、全国を飛び回って素材を集め、かつ短時間で専門店並み、いやそれ以上のクオリティの味を創り出した。
ゴールデン街は私の仕事場から徒歩圏にある。彼のワンオペ間借り店の週替わりメニューの告知が出るたび、仕事を放り出して駆けつけ、麺をたぐり、スープを完飲していた。
今週の一杯はなにか。
ある日、彼のSNSをチェックすると告知がない。
昨日飲みすぎたな、明日にしよう。そんなことを考えていると、間借りしていたバーのオーナーから連絡が来た。
〈Sちゃん、亡くなった〉
S氏は私より九歳年下、早すぎるだろ。以前患っていた病が再発、あっという間に逝ったと聞かされた。
毎週一回、必ずワンオペ店を訪れていた私は、茫然自失。バーのオーナーと弔いに駆けつけ、最後のお別れをしてきた。
その後、間借りしていたバーに常連客が集い、献杯タイム。その場が俄然賑やかになった。湿っぽいのが苦手な彼のために、常連客がそれぞれの〈推し〉の一杯を語り出し、再現できる人間が皆無になったことを惜しんだ。
〈特製煮たまごオーダーしたのにさ、Sちゃん当日持って来るの忘れてさ、俺食ってないんだよ〉
私が戯言を放つと、オーナーが切り返した。
〈アレね、めちゃくちゃ美味しかったんだよ。残念だね、アイバちゃん〉
もう、本当に食いたくなるじゃないか。
会のお開きの際、間借り店のキーホルダーを形見分けしてもらった。
店の屋号の末尾、78番が刻まれていた。
Sちゃん、ラーメン屋界隈で78は永久欠番にするからね。
美味しい一杯、ありがとう。
ごちそうさまでした。
合掌。


勝手に!裏ゲーテ 街場の旨いメシとBar

食い意地と物欲は右に出るものがいない作家・相場英雄が教える、とっておきの街場メシ&気取らないのに光るBar。高いカネを出さずとも世の中に旨いものはある!
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