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勝手に!裏ゲーテ 街場の旨いメシとBar

2024.05.18 公開 ツイート

#50

アイディアは突然に 紀伊半島編 相場英雄

今年三月中旬、私は仕事場で閃いた。頭がおかしくなったわけではない(だいぶ酷いけどさ)、本業である小説のアイディアが突然降ってきたのだ。

普段はパソコンと睨めっこし、ウンウン唸ってプロットを練り、登場キャラの台詞を考えるのだが、この日は違った。主人公の立体的なイメージが湧き、ストーリーの舞台となる土地、そしていつも悶絶するタイトルまで浮かんだ。

題名は〈那智の踊り子〉。

超名作のパクリかよ。いや、中身は全く違う。有名バレイ団でプリマを務める舞子(安易とか言うな)が主人公。大まかなあらすじはこんな感じだ。

〈大作の上演直前に主役を入れ替えると言われ、大ショックを受けた舞子→メンタルが弱ってホストにハマり、売掛金が雪だるま式に→風俗で金を稼ぐものの、さらにホスト沼にはまり借金がもっと膨らむ→払い切れずに夜逃げして地方へ→様々な職を転々としながら、紀州にたどり着く→現地の人々の優しさ、そして雄大な自然に傷を癒やされ、バレリーナとして再起する〉

どうだ、骨太な人間ドラマだぞ。専業作家になって二〇年近いが、これほどすんなりストーリーが決まったのは初めてだ。

しかし、問題があった。私は伊勢神宮より南に行ったことがない。編集者やアシスタントに現地取材を依頼できないタチの私(元記者)。移動の自由度が高いバイクに乗ってすぐに紀州へと向かった。たまたまバイクを買い替えたばかりのタイミングだったこともあり、荷物をケースに詰め込んで肌寒い東京を早朝に出発した次第(バイクに乗りたかっただけだろ=そんな狭量なことを言う人は嫌いだ)。

 
3年間乗ったバイクから新型に入れ替え。アクティブクルーズコントロール等々 安全装備テンコ盛りの1台。還暦間近のおじさんも楽々運転できる。
長い長い峠道を経て、初めて熊野灘ブルーに接す。しばし見惚れる
初めての那智の滝。さすが三大名爆。熊野古道ブームでインバウンド客多数。

東名、新東名、伊勢湾岸道、紀勢道を経て、夕方近くに和歌山県の名勝、那智の滝に辿り着いた。こちらは落差一三〇メートル超、日本三大名瀑の一つだ。実際に滝を目の前にした瞬間、ラストシーンのイメージが決まった。

〈南紀でバレイ教室を開いた舞子→末期がんが見つかり再び絶望の淵に→地元民の温かい声援のもと闘病しながら踊り続け、最後は滝の前で渾身の舞を披露する〉

どうだ、これが作家のイマジネーションだ(アホすぎる)。

さてさて、実際の旅はどうだったか。約一〇時間かけて辿り着いた那智勝浦町は、漁港と宿の距離が極めて近く、飲食店も充実していた。特に近海で獲れたマグロをはじめとする魚介類のクオリティーが極めて高かった(値段はべらぼうに安い)。

飛び込みで入った鮨店ではこれでもかとマグロや鯨をいただき、偶然隣になった地元漁協のアニキたちと盛り上がった。

>那智勝浦の老舗鮨店にて、地物のウニをいただく。もちろん、ミョウバンに漬けたヤツではない。
生マグロ水揚げ日本一の那智勝浦港。本マグロの赤身をいただく幸せ。
太地町の専門業者が選んだ尾の身(鯨の超希少部位)。
こちらも希少部位のさえずり(タン)。
漁港の飲食店で朝食。もちろん地物の生まぐろ、そしてブリ、タイ。究極の朝メシは格安。
〈那智の踊り子〉主人公・舞子がなんども訪れる熊野大社本宮。厳かそのもの。

初めての土地、優しい地元民との出会い。取材に来て良かった。作家冥利である(これだから旅はやめられない)。

しかし、良いことばかりではなかった。乗りたかった伊勢湾フェリー(伊良湖・鳥羽間)は時間の関係で乗船できず、ひたすら高速道路での移動。横に長すぎる静岡、縦に長い三重をなんとか走りきった。そして地図上で見るより、実際の紀伊半島はとてつもなく広く、山々はすごく険しかった(なんども転倒しかけた)。ツーリングとしてはかなり過酷な部類に入るので、計画立案は慎重に。

取材ツアーの行路。紀伊半島の後は愛知の親戚宅で緊急宿泊(本当は二日間で巡るつもりだった)。
自宅まであと100キロの地点でヘルメットが壊れる。高速SAで応急処置。めっちゃ怖かった。

実は〈那智の踊り子〉のほかに、もう一作品のアイディアがあった。舞台は同じく和歌山県の高野山。旅の二日目に訪れる予定だったのだが、アニキたちとスナックのハシゴをした反動で、大寝坊した。移動時間がなくなり、二作品目の取材は次回へとお預けになった。

なになに、どんな中身か知りたいって? 特別にさわりをお教えしよう。高野山といえば開創者の空海だ。

〈永遠の瞑想に入っていた空海が現代に甦り、尊い教えを広めるためネット戦略に乗り出す→たちまちインスタグラムのフォロワー数が三億人とテイラー・スウィフトを超え、世界的インフルエンサーに→「弘法大師と巡る四国」、「空海と辿る遣唐使の旅路」などタイアップ企画も大ヒット→ツアーはプラチナチケット化し、ネット上では「安定の落選」がトレンドワードに→一方、アンチも急増。ツアースタッフの金銭トラブルも発生→空海本人への風当たりが強まり、メンタルが崩壊→高野山を離れる〉

そう、タイトルはこれしかない。

〈空海、修行やめるってよ〉

パクリではない。作家はいつも真剣だ(川端先生、朝井先生ゴメンナサイ)。

新モデル納車後、ご機嫌のなんちゃって社会派作家。

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食い意地と物欲は右に出るものがいない作家・相場英雄が教える、とっておきの街場メシ&気取らないのに光るBar。高いカネを出さずとも世の中に旨いものはある!

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相場英雄

1967年新潟県生まれ。元時事通信社記者。主な著書に『震える牛』(小学館文庫)、『血の轍』、『KID』(ともに幻冬舎文庫)、『トップリーグ』  『トップリーグ2/アフターアワーズ』(ともにハルキ文庫)。近著は『血の雫』(幻冬舎文庫)、『レッドネック』(ハルキ文庫)、『マンモスの抜け殻』(文藝春秋)、『覇王の轍』(小学館)、『心眼』(実業之日本社)、『サドンデス』(幻冬舎)、『イグジット』(小学館文庫)『ゼロ打ち』(角川春樹事務所、2月下旬発売)。

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