
梅田 蔦屋書店の開店10周年を記念した全館フェア「NEW DECADE ~うれしいをもっと。あたらしいをずっと。~」が開催中です。
こちらのフェア内「文学コンシェルジュ 10年の推し本」にカツセマサヒコさんの『明け方の若者たち』をセレクトいただいたことを記念して、「『明け方の若者たち』とその先へ ~カツセマサヒコ、自作を語る」というトークショーを5月17日に梅田 蔦屋書店で開催いたしました。
イベントレポートの後半では、梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュの河出さんにもご登壇いただき、カツセマサヒコ作品について語り合っていただきました。
* * *
青春小説のニュースタンダードになる1冊だと思った
カツセ:ここからはですね、『明け方の若者たち』が5周年だったら梅田 蔦屋書店は10周年ということで、梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュを担当されている河出さんと一緒にお話をしたいと思います。よろしくお願いします。いつもありがとうございます。
河出:こちらこそ、いつもありがとうございます。初めてお会いしたのは『ブルーマリッジ』の時ですよね。
カツセ:そうですね。でもそれより前、それこそ『明け方』が出た時から、梅田 蔦屋書店さんは『明け方』を推してくださってて。あちらにあるんですけど、あのポスター、お店が作ってくださったやつなんです。梅田 蔦屋書店さんは、自作POPしか店頭に出さないんですよね。

河出:そうですね。基本的に出版社さんが用意しているPOPとかポスターを掲示することができなくて。
カツセ:それ故、このおしゃれさが保たれてるというのを後から知って、すごく驚いたんですけど。
当時、どうやら梅田 蔦屋書店さんが『明け方』をすごい展開してくださってるらしいと聞いて、写真を見たら本当に、日本でも1、2を争う大展開をしてくださっていました。どうしてそんなに推してくれたのかを、ずっと聞きたかったんです。
河出:当時私は海外文学の担当をしていて、国内文学を担当していた永山があちらにいるんですけど、発売前にゲラを読んで、すぐに大きく展開することを決めたと言っていました。何の迷いもなく大きく展開することを決めたと。
永山:すいません、ちょっと割り込んで。文学コンシェルジュの永山と申します。
『明け方の若者たち』は、ゲラ、本になる前の原稿を読ませてもらって、もうすぐ積もうって決めたんです。これはうちのお客様にぴったりの本だと思って。みんなが待ち望んでいる、青春小説のニュースタンダードとなる1冊なんじゃないかと思って、すぐ50冊注文することを決めました。それで、ポスターも作るって決めて。
普通はデビュー前の作家さんの本を50冊も頼まないんです。20冊、30冊でも結構勇気がいる。良い本でも売れるわけじゃないんで、普段はすごく悩むんですけども、これに関してはもう一切迷いませんでした。
カツセ:ありがたいです、そうだったんですね。永山さんがお客さんをどんな風に見てるのか気になりましたけど(笑)。
永山:うちは若いお客様がすごく多くて。お客様の悩みに寄り添った1冊として、すごく求められてるものなんじゃないかなって、その時は思いました。
カツセ:ありがとうございます。そこから実際にもすごく売れていますっていう話を聞かせてもらってて、日本で一番『明け方』を売ったお店だとも聞いてたんですけど。
河出:いやもう本当に、すごく売れています。最初は単行本で展開して、それから文庫本になって、単行本で売れても文庫本で売れ続けるとも限らないですけども、今でも文庫本がずっと平積みから外せないくらいに売れ続けています。本屋としてはものすごくありがたい。
カツセ:……大阪で何が起きてるんですか? 都内ではもうさすがに平積みではなく、棚差しになってることが多いです。
河出:……そうなんですか!?
カツセ:です。だから、ちょっと異様だなと……。
この本ってすごく東京的な話じゃないですか。地名も思いっきり東京の具体的な場所がたくさん出てくるんで、都内の明大前、高円寺で売れるならわかるんですけど、1ミリも出てこない大阪で何が起きてんだろうって感覚だったんですけど。
河出:書店で全体的に売れているベストセラーってあるんです。もちろん『明け方』もそうだと思うんですけど、でも書店によって、「この書店で妙に売れているぞ、この本」っていうタイトルって絶対あるんですね。うちにとっての『明け方の若者たち』って、もしかしたら、そういう本なのかもしれないですね。
本当に驚いたんですけど、都内では積んでない? 都内で積んでない!?
カツセ:はい(笑)。回転が早いのもあるんでしょうけど。だからこそ、ありがたいなってすごく思います。
今回も、新刊が出てないのにイベントやるって、ちょっと恥ずかしくて。10周年を新作で祝いたかったなって思うし、後ろめたさもあったんですけども、なんで出ようかって思ったかっていうと、梅田 蔦屋書店さんが10周年で、この10年で売れた本、これからも推したい本として選びましたって聞いて、だったらお礼もしたいし、すごくありがたいことだと思ったからです。
この10年、何冊もベストセラーと言われるものが出たじゃないですか。その中で選んでくださったってことですもんね。
河出:今回10周年で、この10年で出た本の中から10冊を選ぼうという企画が出たとき、うちにとって『明け方』は「これは外せないよね」っていうタイトルなんです。細かい数字は言えないんですけれど、それぐらい売れている、そして愛されていることをすごく感じる一冊です。
カツセ:先ほど展開している様子を見させていただいたら、当然全部知ってる作品ばかりのラインナップにしれっと『明け方』がいて、改めてすごくありがたいなって思いました。
関西の書店は、対応が特に手厚い!?
カツセ:梅田 蔦屋書店さんには「カツセマサヒコ」をずっと愛してもらっていて、『ブルーマリッジ』でイベントやらせてもらってからも、来るたびに既刊のサイン本をずっと書かせてもらってて。サイン本のプレッシャーって、実はすごくあって。サイン書いたらもう戻せないんですね、書店さんの買い取りになっちゃうから。売り切る覚悟がないと書かせないじゃないですか。でもずっと強気で、すごい数書かせてくださるんですよ。
でもこれは、こちらのお店だけじゃなくて、関西の書店さんに多い傾向なのかもしれないです。商売っ気があるというか、他の地域とスタンスが違いすぎるなといつも思います。去年、一つの店舗で100冊とか書かせてもらったことがあって、毎回すごいんです。
今日も、展開もそうですし、ご対応とかも本当にありがたいって、改めてめちゃくちゃ思いました。
河出:もちろん、これからも手厚くさせていただきますので。
カツセ:ありがとうございます。
河出さん、僕の作品を全部読んでくださってて。『わたしたちは、海』の特設サイトで実はエピローグを読むことができるんです。知ってる人もあまり多くないんじゃないかな。それまでしっかり読んでくださってましたもんね。
河出:でもこれ、本当に読んでほしくて。『わたしたちは、海』を読んだ後に読むと、そういうことが起こってたんだなとか、この人とこの人はそういう関係だったんだなっていうのがわかるんです。多分あれって、本だけではわからないですよね?
『わたしたちは、海』って、ある話の登場人物の別の話にもちらっと出たりしていて、そういうところもすごく面白かったんですけど、この人は実はこの人とこんな関係があったんだ! みたいことが、特設サイトの短編で新たにわかるんです。皆さんもぜひ読んでください。
カツセ:すごい推してくれる(笑)。
『わたしたちは、海』を発売してから何か月も経っちゃってるので、特設サイトの話をすると思わなかったです。『わたしたちは、海』は短編集で、それぞれの話がどこか繋がって……っていう形は、僕の中で伊坂幸太郎オマージュなんですけど、遊び心で作ってました。せっかく特設サイトでおまけ的なことをやるなら、全部が1つに繋がって、それこそ海のように広がる何かを書きたいと考えたことを思い出しました。
毎回読んでくださるたびに熱い感想を聞かせていただいて嬉しいんですけど、文学コンシェルジュという仕事は、ほとんどの新刊を読まれるんですか?
河出:そうですね。もちろんすべての新刊を読むわけにはいかないですけど、イベントに来てくださるとか、サイン本を書きに来てくださるという方の本には目を通していますね。
カツセ:すごい、ありがたいです。『傷と雨傘』はどうでしたか、読んでいただけましたか?
河出:はい。『傷と雨傘』も、36のお話が入っていて、しりとりみたいな感じで、脇役だった人が次の話になっていく、という構成になっていて、さらにそれとは別に、あの話で出てきたあの人がこっちにもにちらっと出てるな、みたいなのがあったりして。こういう短編集、大好きなんです。
私がお気に入りなのが、終電を逃しちゃった、居酒屋でバイトをしている青年。ちょっとした日常の喜びみたいなものを見つけるっていうお話じゃないですか。
カツセ:おつりがキラキラしててよかったってだけのやつですね(笑)。
河出:おつりがキラキラしてて素敵っていう感性が素晴らしいなって思いました。そういう小さな幸せのお話、何でもないような日常っていうのがすごく好きです。
刺激的な一大エンタメじゃない、静かな作品も売っていきたい
カツセ:嬉しいです。『傷と雨傘』は1話1話がすごく短いじゃないですか。だから、たくさん本を読んでる人からすると、物足りなさがあるんじゃないかなって思っていたので。最近はもっとこう、深くえぐる話が多いじゃないですか。壮絶な生い立ちから始まって、人が2、3人死んで、ギリギリハッピーエンドみたいなやつ。だからそういうのではない、日常の平熱ギリギリのところの作品って、この時代にどうなんだろうなって、すごく不安で。
書店には過激なものとか、一大エンターテインメントがたくさん存在して、でも棚の数は限られてる中で、こういう平熱の作品って今後生きていけるのかな、今後はより刺激的なものばっかりになっていっちゃうんじゃないかなって最近思うんですけど。
河出:いや、でも、例えばうちの店ではほっこりできるような短いエッセイがたくさん入っている本が売れたりもしているわけです。確かにそういう、すごい生い立ちから始まって、人が2、3人死んでみたいな、ドラマチックなものが求められているのもわかるんですが、ほっこりしたい人は絶対いるはずです。
個人的には、私もこういう本がすごく好きです。群像劇というか、同じ街に住んでいる人がちょっとずつ関わり合っていくみたいな。それを覗き見るみたいなお話こそ、売っていきたいなという気持ちはありますね。
カツセ:これは個人的な質問なんですけど、この作品はすごく良かったって思う推しの一冊ってありますか?
河出:色々あるんですけれども、韓国の作家さんでノーベル賞を取ったハン・ガンっていう作家さんが大好きで。
カツセ:ノーベル賞取られる前から好きなんですね。
河出:そうなんです。ずっと、「いつかノーベル賞を取るはず」って言ってたんです。
カツセ:本当に取りましたね! すごいじゃないですか。
河出:ノーベル賞よりも先に私が言ってましたからね(笑)。『すべての、白いものたちの』っていう文庫になってる作品があって、それがすごく美しい文章なんです。すごい生い立ちで、人が2、3人死ぬわけではないんですが……。
カツセ:そのフレーズ気に入ったんですか(笑)? 確かに刺激的ではなくて、詩っぽい感じですよね、ハン・ガンさん。
河出:そうなんです。詩っぽい、本当にそんな感じの文章で。
この本がうちではものすごく売れてるんですよ。だからそういう本を愛する気持ちは、今の日本の読者にも絶対あるはずだと思います。
カツセ:そうですね。
つい刺激の強いものって求めてしまうというのは、書いてても同じで。今エッセイの連載を毎週やってるんですけど、毎週締め切りが来るので、刺激を怖いぐらい探してしまうんです。何かネタが起きないかと思って、新幹線で隣のやつ嫌なやつ当たれってずっと思いながら今日も来たりしたんですけど、そういうのって本当に不幸になるなと思って。それは書き手もそうだし、読み手ももっと大きな物語を読みたいってなっていってしまったら、怖いなと。そういう状態に抗うために、文学ができることってなんなんだろうってすごく考えていました。
最近、すごくないですか? 本だけじゃなくて、あらゆるものが刺激を求めているというか。電車乗ったら、痩せろ、英語学べ、禿げるなとか、ずっとじゃないですか。
もしかしたら書店は、少し静かな場所なのかもしれないとも思いました。特に梅田 蔦屋書店さんは、出版社のプロモーションを入れないで自前で販促もやられてるから、押し付けてこない距離感がきっとよくって、それに安心して来店するお客さんも多いんだろうなって改めて思ったんですけど。
それがハン・ガンが売れる店、『明け方』が売れる店になってたら嬉しいですね
河出:本当に。悪口が売れるってお話をされてましたけど、それは嫌ですもんね。
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この後、参加者からの質疑応答、さらにはサイン会と、にぎやかにイベントは幕を閉じました。ご参加くださった皆様、そして梅田 蔦屋書店の皆様、ありがとうございました。
梅田 蔦屋書店の10周年フェア「NEW DECADE ~うれしいをもっと。あたらしいをずっと。~」は6月8日まで開催していますので、ぜひお立ち寄りいただき、『明け方の若者たち』の雄姿を見届けていただければと思います!
『明け方の若者たち』5周年記念アクリルキーホルダー、発売決定!
梅田 蔦屋書店さんでのイベント時、カツセさんたっての希望で作成した、参加者特典のアクリルキーホルダー。単行本と文庫のカバーを表裏にプリントしたものです。少しだけ余剰があるので、イベントに参加できなかった方にもおすそ分けします。
幻冬舎plusのストアにて、6月1日AM10:00から販売を開始します。アクリルキーホルダーのみ、もしくは文庫版の『明け方の若者たち』とのセットのいずれかをお選びいただけます。数量限定なので、ゲットしたい方はお早めにお買い求めください。
詳細はストアのページをご覧ください。
明け方の若者たち

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