
梅田 蔦屋書店の開店10周年を記念した全館フェア「NEW DECADE ~うれしいをもっと。あたらしいをずっと。~」が開催中です。
こちらのフェア内「文学コンシェルジュ 10年の推し本」にカツセマサヒコさんの『明け方の若者たち』をセレクトいただきました。
これを記念して、「『明け方の若者たち』とその先へ ~カツセマサヒコ、自作を語る」というトークショーを5月17日に梅田 蔦屋書店で開催いたしました。
その模様を少しお届けします。まずはイベントレポート前半、『明け方の若者たち』の誕生秘話をお楽しみください。
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『明け方の若者たち』前夜のカツセマサヒコ
『明け方の若者たち』は5年前、34歳に出した本なんですけど、幻冬舎さんから依頼があったのはその2年前なんで、32歳の時。当時はまさか小説家になるなんて思ってもいなかった時期で、ウェブライターとして活動していました。ウェブ上で3000~4000文字くらいの小説をいくつか書いていて、それを幻冬舎の黒川さんが読んで依頼をいただいたところから話が始まってるんです。だからすごくイレギュラーな本の出方をしてまして。普通は新人賞取ってとか、今ならnoteのコンテストに出してとかですが、僕はお仕事で書いたウェブ記事から始まっています。
当時、本になるような長い話を書くなんて、すごく難しいなと思っていて。じゃあ何なら書けるか考えたら、自伝的なものかなと。自分が一番苦しかった時期のことを書けば、一番面白いんじゃないかと考えました。
最近僕のこと知った方はご存じないと思うんですけど、僕は元々印刷会社で総務部の仕事をしてたんです。『明け方』の主人公は、なんかクリエイティブなことやりたいって夢を見て印刷会社に入り、配属ガチャで失敗して総務部になっちゃうんですけど、当時の僕のことがそのまま描かれていると言っても過言ではないんです。
こんなことを言うとなんですが、僕は、実家が太いんですね(笑)。23区内に戸建ての実家があって、車が2台あったら、十分太いでしょう。そのせいなのか、コンプレックスがあんまりないし、壮絶な過去とかなくって。私大文系で、親の金でのらりくらり暮らしていた人間なりに、苦労したこととか失敗したことってなんだろうって思ったら、でかい企業に入ったけどもうまくはいかないモヤモヤは、自分の中ではすごく深刻だった。じゃあまずはそれで書いてみようって思ったんです。あとはでかい恋愛を書こうって思って、その二軸でした。
社会人になったけどうまくいかないっていう人はきっと僕以外にもたくさんいるし、人生で最大の失恋を味わった人もたくさんいるんじゃないかっていうところから、構成を考えていきました。
初めて書いた小説だからこその、勢い
それまでの僕はTwitterばっかりやってた人生だったんです。
知らない方もいると思うんですけど、僕、「タイムラインの王子様」って言われてたんです(笑)。勝手にメディアがつけただけなんですけど。そんな異名もあるぐらいだから140文字でシェアされていくコツみたいなものは自分の中にあったんですけど、長編になると全然そのテクニックが使えなくて。小説になるように均らしていく作業を『明け方』の時にはずっとやってた記憶があります。
でも、行きの新幹線で『明け方』を久々に読んだんですけど、本当にキュンキュンしますね。5年前の自分すごいなって思いました(笑)。前半3章は特に、よくもここまで甘いことをいけしゃあしゃあと言うなこいつはと思いながら読んでて。
ただやっぱり、初めて書いた無骨さと恐れ知らずなところが、5年経ったらさすがに目についてしまって。例えば、固有名詞とか強調したい単語に対する鍵括弧の多さが尋常じゃなかったり。恋をした人間が相手を描写するときに、喩えが何連発も出てきたり。今だと小説というものにちょっと慣れてしまったせいもあるんですけど、比喩表現ってとっておきで使いたいと思うんですが、当時はなんも考えてなかったから、3行の間に4つぐらい比喩が出てきてて、しかも全部彼女を好きと言っている。びっくりしました。
実は今も恋愛小説を書いているんですが、脳からなんか出ちゃってる感じの恋愛って今じゃ書けないから、やっぱりもう1回ちゃんと『明け方』を読もうって改めて思いました。初めて書いたからこその勢いをすごく感じましたね。
「売る意識」を強く持つということ
『明け方』は爆発力が本当にあって、それは多分、今この場にいる皆さんを始めとした、本を出す前から僕を知っててくれた人たちが必死に広げてくれたおかげで、「売れてるらしいぞ」っていう空気を作ることができたんだと思います。
当時僕は、『明け方』の中にも出てきますけど、バッターボックスに立たなきゃいけないとすごく考えていて。しかも本に関して言えば、1球目でホームランを打たないと2球目がもうないんじゃないかって思ってたんです。
当時、インフルエンサーに本を書かせるのがちょっとしたブームみたくなってて。5万人フォロワーいたら大体1万部ぐらい売れんじゃねえの、みたいな計算をどっかの会社がして、そんだけ売れたら御の字でしょうって青田買いがすごく進んで、焼畑農業みたいな感じだったんです。
でもそういう本はやっぱりファンにしか売れないからそんなに伸びないし、じゃあ2冊目はもういいでしょって消えてく人を何人も見ていて。でも僕は、これからも何冊も本を出していきたかったから、1冊目をちゃんとヒットさせなきゃいけないと思ってたし、燃え殻さんにも言われました。
燃え殻さん、会社員時代からのお友達というか、急にTwitterのDMで「飲みませんか」って誘われて、神泉のエロい居酒屋でいろんな話をして仲良くなって。
燃え殻さんは先に本を出していたので、僕も本を出すかもとなったときに相談したら、「色々書きたいものはあるだろうけど、1冊目はとにかく売れるものをやらないとダメ。君がきちんと、売りたいという意識を持つ方が絶対いいし、つまりフォロワーの人たちが『待ってました』って思えるものを書いた方がいいよ」ってアドバイスをくれて。
だからデザインも文章も、発売までの流れも、とにかく売ろうっていう意識が強くありました。
コロナ禍の緊急事態宣言が開けた直後に発売で、あと少し早ければ書店に並ばなかったし、タイミングとしてはラッキーだったんですけど、イベントとかは全然できなくって、書店回りも行けなくって。実は今日、初めて黒川さんと書店に来たんです。5年越しにこういう場があることがありがたいです。
思い返すと、2020年の6月って本当に何も娯楽がなかったですよね。8割ぐらいの人が「どうぶつの森」してたかもしれない。娯楽が全くなかった状況で出たのはラッキーでした。あと、時代の流行りとかって狙ってなくても存在はしてるんですよね。当時ってやっぱり今とは全然空気が違いました。今、恋愛青春ど真ん中の本で、こんなに大きな話題を作れないんじゃないかなって、すごく思いますし。
テレビプロデューサーの佐久間宜行さんも言ってました。今のテレビとかYouTubeとかって、悪口が一番再生回数伸びるから、タイトルとかサムネイルとかも、誰かを揶揄する、傷つける、いじる言葉をつけた方が伸びるって。今はそういう時代みたいです。それはSNSを開けば皆さんにも見えていると思うんですけど、今だったら『明け方』みたいな本って全然売れなかっただろうなっていう気がします。
人生で一番華やかだった映画化
当時は、重版も次々に決まって、こんな売れるのか……って感じでした。
実は、発売の3か月後の9月には、もう映画化の話が来てたんですよ。
俺「バクマン」読んでたから、そんなに早く映像化の話が来るわけないって知ってたし、実現するのはすごい少ないとも言われてたから、あんまり喜ばないようにしようと思ってたら、「北村匠海さんのスケジュールは抑えてます」って言われて。え、北村匠海って「猫」の人ですよね? みたいな感じ。制作会社からは「もしOKいただけるなら、年明けからもうロケが始まるんで、すぐに脚本に入りたいんですけどいいですか」って言われて、いよいよそわそわするし、こんなに早く自分の手から離れていってしまうのかという寂しさもありつつ。本が出た翌年の末には、本当に映画館で上映されて。
当然1人で書いたし、自分の過去の恥ずかしい話だし、そういうものが多くの人に届いて広がっていくところを、ぽかーんと見ていました。
でもそのあと本を出せば出すほど、やっぱりあれは異常だったということにもどんどん気づかされます。スタートダッシュが良かったのは、めちゃくちゃありがたいことでした。
映画化は、人生で一番華やかだったんじゃないですか。
日比谷のTOHOシネマズの一番でかい劇場で舞台挨拶に出て、舞台から客席を見ると、スプラシュマウンテンぐらいの傾斜があるんですよ。そこ全部にお客さんが座ってて、「こっち向いて」みたいなうちわ持ってる人がいて……俺じゃなくて北村さんに向けてなんですけど。メディアもたくさん来て、翌日の「めざましテレビ」で俺が喋ってて、親戚から連絡が来て、みたいな。今後こんなことはもうないだろうなと思いながら立ってましたけど、今考えてもやっぱり変だな、不思議だなと思う。あと、原作者が行かなくていいだろうって思ったり。ありがたい経験をさせてもらいましたね。
それから作家として本を出していくことになるんですけど、1冊目の『明け方』を映画化までの間に買ってくださった方が多分この中にもたくさんいて、皆さんがいなかったら他の出版社さんからも声かからなかったと思うので、ありがたいことだと常々思っています。
ベストを更新するため、バッターボックスに立ち続ける
一発屋みたいになることが恥ずかしくて、常にベストを更新したいといつも思ってるんですけど、でも5年経ってようやく、自分の名刺になるような、名前以上に売れた作品があるということはすごくハッピーなことだと気づかされまして。
多分今後どんな本を出しても〈『明け方の若者たち』のカツセマサヒコ〉って帯に書かれるんですよ。それは僕にとっては代表作を更新できていないことになるからいやだと思う部分もあるんですけど、でも何も書けないよりは絶対にいいし、それが1作目でほんとによかったなって、最近ようやく受け入れられるようになりました。
単行本の時、帯の推薦コメントを村山由佳先生にいただいて、それは僕が人生で最初に読んだ恋愛小説が村山先生の『おいしいコーヒーのいれ方』だったからなんですけど、そしたら幻冬舎が会わせてあげるってことで、夕飯を一緒に食べさせてもらって。その場で僕、泣いちゃったんですけど。
村山先生の『おいしいコーヒーのいれ方』も大ヒットシリーズですが、早めにヒット作があると育ちが良くなるって言ってくださって。
最初からずっと売れないと、「どうせ俺なんて、私なんて」ってひねくれた考えで書き続けてしまうけど、早い段階で売れると、一定、保たれる何かがあるっていう話をしてくれて。そのお話が、自分の中でようやく今になって沁みてきています。いつかまた『明け方』を越えるヒットが出ると信じて、バッターボックスに立ち続けている気がします。
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この後、二作目の『夜行秘密』から、最新作『傷と雨傘』までのカツセマサヒコヒストリーもたっぷりお話いただきました。
そして、梅田 蔦屋書店文学コンシェルジュの河出さんにもご登場いただき、梅田 蔦屋書店とカツセさんの関わりをお話いただきました。その様子は、明日5月31日に公開します。ぜひお楽しみに。
『明け方の若者たち』5周年記念アクリルキーホルダー、発売決定!
梅田 蔦屋書店さんでのイベント時、カツセさんたっての希望で作成した、参加者特典のアクリルキーホルダー。単行本と文庫のカバーを表裏にプリントしたものです。少しだけ余剰があるので、イベントに参加できなかった方にもおすそ分けします。
幻冬舎plusのストアにて、6月1日AM10:00から販売を開始します。アクリルキーホルダーのみ、もしくは文庫版の『明け方の若者たち』とのセットのいずれかをお選びいただけます。数量限定なので、ゲットしたい方はお早めにお買い求めください。
詳細はストアのページをご覧ください。
明け方の若者たち

6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。
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