ボーイズ・ビー・アンビシャス。「青年よ、大志を抱け」というのは、言わずと知れた、クラーク博士の言葉。開拓使の求めで北海道を訪れ、任期を終えて帰国するときに、見送りにきた学生たちに残したという。その見送りの場所こそ北広島市内にある旧駅逓所で、市のキャッチフレーズにも「アンビシャス」という言葉が引用されている。
ところで北広島とは? 北海道なのに広島? 全然知らない場所だと思うかもしれないが、北海道を訪れた人ならば電車で通り過ぎているはず。新千歳空港と札幌をつなぐ路線の途中に北広島駅があり、札幌駅からは20分。とはいえ、その駅で降りたことがある人は少ないだろう。
2023年春にオープンした日本ハムファイターズの新球場、エスコンフィールド北海道はその北広島市にある。そこへ5月初旬、家族で野球観戦に行ってきた。当初、この旅の企画を持ち出した夫に、4歳と1歳の娘が楽しめるのかと不安をぶつけた。すると、キッズパークが充実しているので「大丈夫」との返事。しかも、そこはボーネルンドが手がけていると聞いて安心した。ボーネルンドは世界中で玩具を扱い、遊び場づくりにも長けている会社だ。
実際に訪れると、そこは「球場」とひとことで形容してしまうのがもったいないと思うような場所だった。エスコンフィールドという球場を含めた、32ヘクタールという広大な敷地のボールパーク全体を「Fビレッジ」という。球場とひとことで言えない理由は、ここがひとつの街を創り出す計画の一部だからだ。建設は現在も進行中で、いずれは訪れる人だけでなく、地元に暮らす人にとっても意義のある場所を目指しているそうだ。入場ゲートをくぐり(この日は牛乳が配布されていた)、光に導かれるように進むと、屋内なのに突然ひらけるように現れる青空と青い芝生のグラウンドに圧倒される。到着は試合開始3時間前だったにもかかわらず、すでに大勢の人たちで賑わっており、好奇心に満ちた熱気がうずまいているようだった。
だが、本書を読むと、その建設までの道のりが、並大抵の人なら挫けてしまいそうな凸凹道であったことがわかる。札幌市にある札幌ドームを拠点としていたファイターズが、なぜ新たに球場を造ることになったのか。ボールパークという壮大な構想について。そして、なぜ場所が北広島市だったのか。筆者は、携わった人々を時に彼らの生い立ちを含めて多方面から掘り下げ、プロジェクトにどのようにかかわったのかその人物の視点で描いていく。その冒頭から最後までは壮大なドラマになっている。
私がスタンドに立ったときに感じた熱気は、観戦者たちのものだけでなく、この場所を創った人たちの熱い想いまでもがいまだ漂っていたのかもしれない。
「小説幻冬」2023年7月号
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