本書は山岳遭難者の捜索のことを書いた本だ。そう聞くと、さも険しい山での、一刻を争う人命救助の現場について書かれているのかと想像したけれど、ページを捲り始めてすぐにその先入観が間違っていたことに気づく。遭難が起こるのは、北アルプスのような標高三千メートル級の険しい山ばかりではなく、身近にある「里山」でも起こりうる。「友人が撮ってきた山の風景写真を地図がわりに持って登山に行ったが、季節の変化で山の様子が変わってしまっていて、道に迷った」「風で向きが変わった道案内の看板を信じて進んでしまった」など、ささいなことで命に関わる重大な事態を招いてしまう。山では、低いから心配無用、慣れているから大丈夫、ということにはならないのだ。
著者は山岳遭難捜索チームの代表。登山中に何らかの理由で遭難をし、自分の居場所を伝えることができないまま、行方不明となってしまった遭難者を捜索する活動を行なっている。現役の看護師でもあり、病院の外へと活動を広げるうちに山の世界に足を踏み入れ、国際山岳看護師の資格を持つまでになった。そしてLiSSを立ち上げるに至った経緯や実際に著者が立ち会った捜索現場の話と、捜索費用や保険についてなど専門家目線で書かれたコラムが交互に書かれていく。なかでも興味深かったのは、遭難者の発見につながる「目線」だ。著者は「初心者目線」を保つように心がけている。登山を十五年来の趣味とする私自身に言えることだが、長く山に通っていると正しい道を選ぶ「勘」「常識」のようなものが身についてくる。ところが初心者は、道が曖昧な場所で「普通はこっち」とベテランが考える方とは異なる道に進んでしまうこともある。そうして一度迷うと引き返せなくなり、怪我をするなどして動けなくなってしまうのだ。登山慣れしている人だと気づかない、そんな隠れた遭難ポイントを著者は探っていく。発見の道筋をつけるその手腕の見事なこと。遭難者の性格から行動を精査し、想像を膨らませて、遭難場所を絞っていくこともある。さらには家族につきそい、話を聞くといった、帰りを待つ側のフォローも大切にしている。
LiSSにくる依頼は事故が起きてから時間が経ってしまったものが多い。警察や山岳救助隊が捜索をしたものの、遭難者の発見に至らず捜索が打ち切りになってしまい、その後、遭難者の家族からどうしても捜してほしいと依頼がくるそうだ。その捜索結果のほとんどは、悲しい結末である。とはいえ、ご遺体だったとしても、家族にとっては「おかえり」という言葉をかけられることは、ひとつの区切りにもなるのだ。山へは十分に備えて行かなければならないと、読後、自戒の念をあらためて強くした。
「小説幻冬」2023年6月号
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