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2024.03.26 公開 ツイート

「ものを書く」行為に突き動かされる理由ー『この父ありて 娘たちの歳月』梯久美子 KIKI

女性がものを書くということは、どういうことか。そのことについて長く関心を持ってきた著者が、九人の女性作家を「父」という切り口で書いたのが本書だ。対象となるのは、修道女の渡辺和子、歌人の齋藤史、作家の島尾ミホ、詩人の石垣りん、詩人の茨木のり子、小説家の田辺聖子、歌人・作家の辺見じゅん、小説家・随筆家の萩原葉子、作家・詩人の石牟礼道子。作品を何冊か読んだことがある人もいれば、全く手に取ったことのない人もいる。知っている人からページを捲りたい気持ちをおさえ、順を追って渡辺和子の章から読み始めた。

 

1927年、和子が生まれた当時、父・渡辺錠太郎は旭川第七師団長だった。9歳の時に二・二六事件に遭遇。和子は物陰に隠れており無傷だったが、父は銃殺されてしまう。とはいえ本人曰く、こころに残ったのは恐怖ではなく、自分があの場に居合わせて本当に良かったという気持ち。「私は父の最期のときを見守るために、この世に生を享けたのかもしれない」とまで言う。父亡き後、残された母との関係がよりこじれ、クリスチャンの洗礼を受け、後に修道女になる道を選んだ。そして、85歳の時にベストセラーとなった随筆集『置かれた場所で咲きなさい』を刊行するまでの間に、父を惨殺された悲しみと恨みをどのように乗り越え、またその犯人たちを許すこころを抱くに至ったかの経緯が書かれている。二・二六事件のことは知識として持っていたが、渡辺和子という人物を私は本書を通じて初めて知り、この本で出会ったからこそ、こんな経験をした人がどんな言葉を残したのか知りたく、すぐにでも著作を手にしてみたいと思わされた。

初めて知る人だけでなく、すでに知っている(つもりになっている)作家の作品もまた、本書を読んだ後で読み直したくなる。例えば、島尾ミホ。著者は彼女を題材とした『狂うひと─「死の棘」の妻・島尾ミホ─』という評伝を出しており、夫・島尾敏雄との関係を深く掘り下げた描写において右に出る作品は他にない。けれど、今回はミホの父・大平文一郎の存在に焦点をあてており、ミホが『死の棘』でも書かれたように狂い苦しんだのは、敏雄との関係だけでなく、父に対しての後悔の念によるものが大きいことがわかる。ミホが作家として筆を持ったのは、父に愛されて過ごした幼少時代を書くことにより、父を取り戻すことでもあった。

「父という存在を通して、ひとつの時代精神を描き出した人たちだった」とあとがきにあるように、9人の女性作家たちは父娘という関係から時を経て、一人の独立した女性として父親を客観視できる目線を持っていた。彼女たちがものを書く行為に突き動かされる理由を知ることで、作品を重層的に読み解くきっかけが与えられたようで、なんだか楽しくなってきた。

「小説幻冬」2023年5月号

梯久美子『この父ありて 娘たちの歳月』

「父の死後も、書くことによってその関係を更新し続けたといえる」(「あとがきにかえて」より)。ノンフィクション作家が九人の女性作家たちの「父娘関係」を通して、その生涯を綴る。

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KIKI モデル

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。山好きとして知られ、著書に美しい山を旅して』(平凡社)などがある。(photo: ohta yoko)

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