
清水ミチコさんのエッセイ『カニカマ人生論』が文庫化されました!
“人生論”だけに、清水ミチコさんが背中を押してもらった「名言・迷言」の数々がちりばめられています。「背中を押すどころか、むしろヒクような話もたくさん」と清水さんは冒頭で書かれていますが……文庫化を記念して「よりぬき カニカマ人生論」を再びお届けします。
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自分だけの両親でいて欲しい、一人っ子がいい、と思ってた私の人生に、ついに弟が生まれてしまいました。出産の翌日(ああ、やだな~。弟なんか欲しくなかったのになあ~)と思いながら、気持ちも足取りも重く、しぶしぶ病院の部屋の扉を開けると、そこにはすやすやと静かに眠ってる赤ちゃんが。私はビックリしました。(あれ? なんて可愛いのだ。え? これウチにもらえるの?)
そうです。私の母性本能もまたその日に爆発し、誕生したのでした。弟が生まれたのは1971年の12月25日で、クリスマスの夜に生まれるなんて、この子はついてるぞ、運がいいぞ、と思ってましたが、じっさい、弟は運がいいところもありながら、性格も明るく、すくすくと育ちました。
ちなみにこの頃は、なぜか父が姓名判断にこだわり始めた時期でもありました。すぐ熱中する性格で、どうやら字画と運命は密接に関係するらしいぞ、と言う喫茶店のお客さんからの影響を大きく受け、ニュースで犯人の名前が出れば、すぐ画数を数え始め、「〇画かー。ああこれは悪いわ」などと一人で計算、納得し、ご近所の方の名前なども占いの本を片手に、勝手に見てあげてました。
そしてもちろん、ウチに生まれてきたこの新生児の名前の画数もよーく数えていました。「これがいい。一郎。清水一郎」イチロー? 平凡すぎ。没個性。私は一文字の名前(学とか誠とか)が流行りでもあり、カッコよく見えてたので反対でしたが、母もそれを聞いて「私も一郎って名前は好き。普通が一番いい」と言って、二人で一郎という名前にあっさり決めてしまいました。私は一郎だなんて、銀行の記入例に書いてありそうな名前みたいでかわいそう! と思ってましたが(失礼だろ)、実は本人も気に入ってると、あとになって知りました。
それにしても変な話、名前というものは、だんだんその本人がイメージに寄せて来るものなんでしょうか。成長するに従って清水一郎、という名前が弟にしっくり&ピッタリ似合ってくるようでした。むしろ姓名判断よりもこっちが不思議です。まるで、(名前をそうつけられたなら、一郎っぽく生きることにしましょうか)と、当人がそのセンで行くのを決めていくかのようで、今では(この人にそれ以外の名前なんかなかったんじゃないか)と思えるほどです。ザ・清水一郎。
そんなわけで、私は友達と遊ぶ時も母に頼んでおんぶして出て行くほど、この子を可愛がったものでした。母は「おんぶなんてみっともないからやめて」と言ってましたが、やめませんでした。ついでに書くと、親の前では、歌やモノマネなど恥ずかしくてできないものでしたが、弟の前なら平気。なので長年にわたり、「聞け」とばかりにしょっちゅう好き放題、歌ったりしゃべったりしていました。しかもだんだん大きくなってくると、10秒ルールみたいに、「あそこのティッシュの箱取ってきて。では10、9、8……」と、カウントダウンを始めると、慌てて取ってくる弟。使いやすい。洗脳とはこのことでしょうか。可愛がった、というのは名ばかりで、どこかの相撲部屋の「可愛がり」に似ていたかもしれませんね。そういえば、姉のいる環境に生まれた男性は、結婚が長く続く。女性に対しての期待値が低く、もともとあきらめがついてるから。と聞いたことがあります。失礼しちゃうわね~。
ところで、そんなに可愛く思ってきた弟もすっかり大人になってしまった今では、時々フッと寂しく感じることもあります。というのは、勝手なもので、あのヨチヨチしてた男の子の姿がもうすっかりないからです。もう会えないんだなあ。いったい、いついなくなったんだろう? 成長する弟の背後で、そーっと少しずつ消えていったかのようで、どう考えても変な感じ。早く大きく成長するように願ったはずなのに、いざ大人になると、もう抱っこもおんぶもできないし、私を見つけても、走ってきたりはしゃいだりしない。なんか言うと論破され、軽蔑されるという始末。
今、これをお読みくださってるお母さん方が、育児で悲鳴をあげている最中だとしたら、私はこう言ってあげたいです。ずうっと世話しなくちゃ、と思ってるかもしれないけど、その子、すぐいなくなっちゃうんだよ~!! っフワッと消えちゃうんだよ~!! って。育児の時間は、想像よりもあっという間に終わってしまうものなのです。しかも、むこうはこちらの(これだけ一生懸命やった)というさまざまなことなど、1ミリたりとも記憶にありません。人間はそのように生まれてきているらしいのです。なので感謝されることも期待しないかわりに、手抜き育児でむしろ大丈夫。悩むほど一人で抱え込まないようにね。と、これは自分のコドモの育児の時にも思ったことであります。