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カニカマ人生論

2021.10.06 更新 ツイート

モノマネ 清水ミチコ

秋からライブツアーを予定している私。久しぶりに、新宿は伊勢丹へ出かけ、スタイリストさんとライブ用の小物などを買い物してきました。仕事のためとは言えど、やはり買い物という行為はとても気が晴れます。頭の中に、ファンファーレが鳴り響くのがわかります。デパートにはそういう機嫌のいいお客さんが集まりがちなためか、いつもいい「気」に満ちているよう。売り場の磁場よ永遠なれ。この時期もお店がなくならないでいてくれて、ありがとう! でした。

 

ところで、歩いててふと感じたのですが、売り場の店員さんは、その商品のムードに似てくるようになっているのでしょうか。宝石売り場の店員さんは、宝石みたいな感じの人が立っているし、食料品売り場では気さくな感じの方が接客してくれている。洋服なんかでも、ブランドの特徴そのものが、店員さんとなってるみたいではありませんか。マルジェラにはマルジェラっぽい人、みたいな感じがするのは、着ている服のせいだけじゃないという不思議よ。モノマネ好きな私ですが、こうして見ると、実はモノマネしていない者などおらず、人は知らず知らずのうちに、こうして何かのモノマネを無意識にしてしまっているのではないか、と思えてきます。

動物園に行っても、そう感じたことがありました。飼育員さんは、動物の状態や表情をしっかりと細かく読み取ろうとするうちに、担当する動物に似てくるのもまた、自然な話なのかもしれません。視線を注ぐことは、思いやり、また愛にも似て、その対象を深く理解することができ、同時に自然に自分と重ねるのではないでしょうか。幼稚園の先生は明るくはつらつとしているし、古物商は落ち着いた寡黙な人が多く、蕎麦打ち職人はだんぜん痩せ型が多い。最後のたとえはいらなかったかもわかりませんが、人は目先の対象物に必ず感化させられるようにできてるんですよね、きっと。不良ですら、始まりは誰かのモノマネからだろうし、音楽もリスペクトという名のもと、好きなバンドのコピーからという話はよく言われます。学園もののドラマで有名なあのセリフ「腐ったミカン」のたとえも、人間はいつのまにか近いものに影響を受けがちなものなんだ、という心理だったんですね。ですから、いま現在これを読んでいるあなたも、何かの、いや誰かの長年に渡るモノマネの歴史、蓄積の結果である、といってもいいのです。どんなに飲んでもその身体はワインでできてるのではなく、無意識にやってきたモノマネでできているに違いありません。母の、父の、そして好きな誰かの。そこに似ているのかどうか、などという反省や振り返りはいりません。自然発生的な、無意識のタマモノ。一番美しいモノマネ。

私の弟がまだとても幼かったころに、好きな電車や飛行機のおもちゃをうっとりながめている時がありました。(どうも弟はただ見てるってだけではなさそうだな)と、本人をしげしげ観察していると、どうやら完全に自分自身と電車を重ねてるようなのでした。いま電車になってるんだな。曲がり角に来たらしい。ちょっとナナメに傾いてんの。バカだなあ。もはや車掌でもないんだ。あーおかしい。電車目線だから、幽体離脱のような感じなのかなあ。擬人化する気持ちはなんとなくわかるけれど、電車になりたい、という思いは、さすがに私にもわかりません。だいたい電車のどこがいいんだろう。ま、ここですね。興味が持てないから、理解もモノマネもできないという。心の視界に入ってこないんでしょうね。かといって、たとえ弟に「おまえ、さっき電車に似てたから、ここでやってごらん」と言っても、もうそんなに同じにはできないでしょう。自然にやってたことであればあるほど、再現するとなると、こんがらがってしまうところがあります。ピュアになりきっているのとでは、表現はぜんぜん根本が違うんですよね。

なんで自分はモノマネを表現したいのだろう、ということを考え始めるとだんだんよくわからなくなりますが、やっぱり一つは変で面白いからということ、そしてそこを褒められた経験があるからだと思います。変なことには吸引力があります。似てても変、似てなくても変。どのみち、大人がやることじゃないことだけは確かですが。振り返れば今年でデビュー35年にもなる私、いまだにモノマネの不思議さや得体の知れなさには計りしれないものがあります。奥深いものなのか、それとも意外とめっちゃ浅いのか。似てるとなぜ人は喜ぶのか。その基準はどこにあるのか。いまだに正解はわからないのです。

正直私は、モノマネしたい! などと一度も思ったことはなく、本気でその人になりたいので、この軽いヘンタイ的な気持ちは、人より強いと思います。誰かで歌うのは楽しいけど、自分の中に湧き出るものを表現したい、と思えたことも一度もないのです。しかも誰かになって歌ってる時は、自分でも一番清らか。そこも不思議。「あれで?」と言わない。でも時々想像すると怖くなるのは、これから歳をとって、自分がボケちゃった時、誰かのモノマネを延々してたらどうしようということです。ありうる~。ま、笑ってもらえるならヨシとするか。

 

【シミチコNEWS】今回のツアーグッズ「真似Tシャツ」。「清水ミチコ大感謝祭~作曲法SPECIAL~」は10月17日(日)よりスタート。詳しくは4325.netまで。

いろいろな楽器を器用にこなす弟・イチロウ。今回のツアーにも参加します。

関連書籍

清水ミチコ/酒井順子『「芸」と「能」』

ユーミンのコンサートには男性同士のカップルが多い。「アナ雪」に見る、「姫」観の変遷。モノマネとは、文章の世界で言うなら「評論」。香川照之さんと立川談春さん、歌舞伎と落語のにらみ合い。冬季オリンピックの女子フィギュアは、女の人生の一里塚。「話芸」の達人と「文芸」の達人が、「芸能」のあれこれを縦横無尽に掘る、掛け合いエッセイ。

清水ミチコ『主婦と演芸』

シャンプー時に立つか、座るか。何度会っても「初めまして! 」と言う氷川きよし君。面白タクシードライバーさんに10円の恩返し。5000円札を喜ぶ黒柳徹子さん。マルベル堂でプロマイド撮影。「孤独死」報道に一言。矢野顕子さんと一緒にツアー。「重箱のスミ」でキラリと光るものを独自の目線でキャッチした、愉快で軽快な日記エッセイ。

清水ミチコ/森真奈美『知識ゼロからの大人のピアノ超入門』

今からでも遅くない! 気ままな友達、ピアノとの大人な付き合い方。 最近、大人になってからピアノを始める人が多い。 大人からのスタートのいいところは、誰からもガミガミ言われないこと、無理強いされないこと。 子ども時代よりも、ずっと自由に弾ける、友達のようなもの。 ワクワクしたら弾けばいいし、うんざりするならやめてもいい。 大人になってからのピアノは、そんな自由さがあなたを解放してくれるはず。 音楽家の森真奈美さんと、かれこれ半世紀ほどピアノを弾いているという清水ミチコさんによる、大人のためのピアノ入門書。

清水ミチコ『私の10年日記』

「フカダキョーコに似てますね」になぜか逆ギレ。欽ちゃんのおでこをペチと叩いてみる。誰も知らないホーミーのモノマネにトライ。三谷幸喜さんの誕生会で激しく乱れる。ナンシー関さんや渋谷ジァンジァンとの別れに涙。…テレビの世界を自由自在に遊泳するタレントが10年にわたって書き続けた、きっぱりすっきり面白い、日記エッセイ。

三谷幸喜/清水ミチコ『いらつく二人』

「僕の名前は、三十画で、田中角栄さんと一緒なんですけど」(三谷)「あ、何か聞いたことある。浮き沈みが激しいって」(清水)。「流しカレー」に「醍醐あじ」から「うつぶせと腹ばいの違い」に「キング・コング実話問題」まで。「不思議」で出来てる脚本家と、「毒電波」で出来てるタレントの、痛快無比な会話のバトルに、笑いが止まらない。

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

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