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愛の病

2022.08.20 更新 ツイート

SNSの幽霊 狗飼恭子

 誕生日が過ぎた。
 今年も母から「おめでとう」の連絡が来なかった。

 当たり前だ。母はもう他界しているのだから。毎年毎年、必ず誕生日には母からおめでとうのラインメッセージとなんだか可愛らしいスタンプが届いて、わたしからありがとうの電話を返す、というのが決まり事みたいに続いていた。父から連絡を貰ったことはない。これは別に「父」とか「母」とかいう属性のせいではなく個体差なのだけれど、わたしは母から毎年貰う「お誕生日おめでとう」がほんとうに嬉しかったんだなあと思い知る。メッセージは携帯の本体を交換しても残っていてくれるので、すごくありがたい。

 

 昔登録しただけで放ったらかしのフェイスブックから、ある知人の誕生日を教えられた。設定もよくわかっていないのだけれど、ときどき「今日は××さんの誕生日です」とパソコンにメールが送られてくる。何年も会っていないその彼のことが懐かしくなって、久しぶりにフェイスブックに入ってみた。

 彼のタイムラインには「お誕生日おめでとう」という言葉がいくつか連なっていた。その前の書き込みは、一年前の「お誕生日おめでとう」だった。その前の書き込みはさらに一年前の「お誕生日おめでとう」だ。

「元気にしてる?」「今何してるの?」「ご無沙汰しちゃってすみません! また飲みましょう」「そっちでも映画を撮ってる?」「新作を楽しみにしています」

 いろんな言葉が、その「おめでとう」のあとに続いていた。
 それを読んで、しばしぼんやりとする。これを書き込んだ人の中には、ひょっとしたら彼がもう何年も前に亡くなっていることを知らない人もいるのかもしれないな、と思う。

 彼に会えなくなったのはもう五年以上前だ。ということは、フェイスブックは最低五回、わたしにもう会えない彼の誕生日を教えてきたのだということだろう。余計なお世話だ。きっと来年も再来年も教えてくるのだろう。ほんとにほんとに余計なお世話だ。

 ツイッターに、自分はフォローしてないけれどときどき意見を読みたいちょっと下世話なオフィシャルアカウントがある。そこへ飛ぶとヘッダーに、××さんがフォローしています、みたいな言葉とアイコンが出る。その彼ももう亡くなって久しい。わたしがなんらかの下世話な情報を得ようとするとき必ず彼のアイコンを見ることになるので、いつもちょっと気恥ずかしい気分になったりする。彼の弟さんは、そのうち兄のツイッターは全部消しますって言っていたけれど、消さないでいてくれるといいなと思う。

 SNSは、すでにわたしたちの生活に深く寝付いていて、そして離れない。死んでいる者たちにも、生きている者たちにも。なんだか幽霊みたいだ。そんなSNSの幽霊たちに出会うと、いつもちょっと切なくて悲しくて、懐かしくて嬉しい。

 そういうわたしも、ツイッターやインスタやこのウェブマガジンに、自分の幽霊を生み続けている。いつかわたしがいなくなっても、本や映画が絶版になっても、みんながわたしを忘れてわたしを知る人がいなくなっても、言葉や写真や映像が、ずっと漂い続けるのかもしれない。あるいはある日突然すべて消えてしまうのかもしれない。それはそれでどっちでもいいなと思う。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

狗飼恭子『幸福病』

平凡な毎日。だけど、いつも何かが私を「幸せ」にしてくれる--。大好きな人と同じスピードで呼吸していると気づいたとき。新しいピアスを見た彼がそれに嫉妬していると気づいたとき。別れた彼から、出演する舞台を観てもらいたいとメールが届いたとき。--恋愛小説家が何気ない日常に隠れているささやかな幸せを綴ったエッセイ集第2弾。

狗飼恭子『ロビンソン病』

好きな人の前で化粧を手抜きする女友達。日本女性の気を惹くためにヒビ割れた眼鏡をかける外国人。結婚したいと思わせるほど絶妙な温度でお風呂を入れるバンドマン。切実に恋を生きる人々の可愛くもおかしなドラマ。恋さえあれば生きていけるなんて幻想は、とっくに失くしたけれど、やっぱり恋に翻弄されたい30代独身恋愛小説家のエッセイ集第3弾。

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」「百瀬、こっちを向いて。」「風の電話」などがある。ドラマ脚本に「大阪環状線」「女ともだち」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。

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