1. Home
  2. 社会・教養
  3. 礼はいらないよ
  4. 街が人を育てた時代をケネス・ブラナーが再...

礼はいらないよ

2022.04.24 更新 ツイート

街が人を育てた時代をケネス・ブラナーが再生させる~映画『ベルファスト』 ダースレイダー

ケネス・ブラナー監督『ベルファスト』を観た。監督の自伝的作品であり、舞台は1969年、北アイルランドのベルファストだ。プロテスタント系の住民とカトリック系の住民の緊張状態は極限にまで達していてついには紛争状態に突入する。

 

この年の8月15日、9歳の男児パトリック・ルーニーがプロテスタント系過激派ロイヤリストの銃弾の犠牲になってしまう。映画はまさにこの日からスタートする。字面で書くと激しく宗派同士で対立している様が浮かぶが、この映画のポイントは違う。9歳の主人公パティが住む地域では、プロテスタントの住人もカトリックの住人も並んで一緒に住んでいる。

パティの家族はプロテスタントだがカトリックの隣人がいて、最寄りのスーパーもカトリックだ。そして子供たちは路上を駆け回り、大人たちも路上にたむろしながらタバコを吸ったり、ソファでくつろいだり、レコードプレイヤーで曲をかけて踊っている。

劇中、哲人のような祖父がパティに言う。

「街がお前のことは全部知っている」

そう、パティたちは明確に”街”に住んでいる。街は生きていて、街で暮らす人々を生かしている。映画のオープニングはそんな人々が生活する路上をロングショットで追っていくが、これはまさに街の視点だ。

その街に過激派が襲い掛かり、石や火炎瓶を投げ、窓ガラスを割る。街の生命を削り取る。その後バリケードが並び、軍隊まで駆けつける。カトリック系住民が大きな被害を負うが実際に傷つけられていくのは街自体だ。プロテスタント系とカトリック系の住民が混ざり合って暮らし、路上でたむろしている様は、ザングヴィルの戯曲「メルティング・ポット」さながらだ。分離不可能なくらい混ざり合って融合することで街という一つの生命体になっている。

路上はその生命体の血脈であり、そこで話し、踊る住人たちの挙動のリズムが鼓動だ。パティのような子供たちはそんな街からパワーをもらって走り回る。彼らは自分の家だろうと親戚の家だろうと二軒隣の家だろうとお構いなしに上がりこめるし、ご飯も食べさせてもらえるだろう。子供たちは街の子供であり、街の生命を維持するための大切な役割を担っているのだ。

プロテスタントの過激派は自分が信じる”在り方”に囚われ、街という生命を破壊してしまう。結果、宗派ごとの分断が進み、高い壁が造られ、街は融合体としてのメルティングポットからパーツがそれぞれに存在するサラダボウルと化し、街の生命力も街の住民に与えていた生命力も減衰していってしまう。

僕は83年から87年までロンドンに住んでいたが、僕の街、イーストフィンチレーも今思えば生きていた。ユダヤ人地区だったが僕ら日本人もいたし、アラブ系の家族もいた。子供たちは自転車に飛び乗ってあちこちに行き、誰かの家でおやつを食べて、誰かの家で晩御飯を食べた。街が僕らを知っていて、僕らにパワーをくれたので路上に出るだけでワクワクして走り出すことができた。

ところが、僕らの街もまた破壊されてしまう。ロンドンから遠く離れた中東、イスラエルとパレスチナの緊張状態が波及してきてユダヤ系の子供とアラブ系の子供が喧嘩になってしまう。アラブ系の家族は引っ越してしまい、そして僕ら日本人もまた異なった文化的背景をもつ人たちとして一定の距離を置かれてしまった。すると路上に出ても、もはや駆け出したくなるような感覚も無くなってしまった。街の生命力が消えてしまったのだ。

今、日本で、世界でどれだけの街が生きているだろうか? 映画『ベルファスト』のパティーの一家は紛争の激化に伴い街を離れる。これはケネス・ブラナー監督の体験と同じだ。だが彼はこの映画を作ることで街をスクリーンに”再生”した。彼は自身の記憶を呼び起こし、街が確かに生きていて、そして住人たちを生かしていたあの頃を再び生き返らせたのだ。

パンデミック、そしてウクライナの戦争。分断は人間の思考や暮らしだけの問題ではない。街の生命力を奪ってしまうのだ。だからこそ、街を再生させなければいけないと思う。

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

{ この記事をシェアする }

礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

バックナンバー

ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP