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礼はいらないよ

2023.08.19 公開 ツイート

荒野の若者たちが生んだ50年前の“ヒップホップ”その本質は日本に浸透したか? ダースレイダー

2023年8月11日でヒップホップが50周年を迎えた。アメリカではイベントもたくさん開催され、新旧のアーティストたちが集って祝っていた。その様子を見ているのも楽しいのだが、ヒップホップは今や世界中で親しまれている。
 

(写真:Unsplash/Ben Wiens)

日本でもヒップホップが好きだと公言する人はたくさんいて、SNSのプロフィール欄にもヒップホップ好きと書いてあるアカウントは多い。僕はこれを凄いことだなあと素直に思うし、50年でヒップホップがミームとして進化していった過程は素晴らしい。

 

ミームとは脳内に保存された複製可能な情報を意味する。それが世界中の人の脳に複製されていったわけだ。だが、複製を重ねるうちにコピーミスだったり、伝言ゲームのずれのようなものも生じてくる。コピーされた先の環境に適応して変化する場合もある。これが生物の進化の過程と重ねて考えるのがミーム学だ。

1973年8月11日に誕生したオリジナル情報にこだわる原理主義的な考えの人からすれば、本当のヒップホップなど広がっていないと言えるだろうし、年月を経るたびに”本来の”ヒップホップとはこうだという議論は起こる。それ自体は原点を忘れないという意味でも有意義だが、進化を重ねてもなお変わらない本質とは何か? を考えるのも大事だと思う。
 
1973年8月11日、ニューヨークブロンクスの1520セグウィック通りでクール・ハークはパーティーを開催した。彼はパーティーで様々な曲をかけるのだがオーディエンスが決まって盛り上がる場所があることに気づく。それは曲のイントロや途中に存在するリズムを強調した場所だった。ハークはせっかく盛り上がるならその箇所を延長しようとしてある策を思いつく。同じレコードを2枚用意して、その盛り上がりポイントを繰り返しプレーするのだ。

これがブレイクビーツの発明であり、繰り返されるリズムとしてのブレイクビーツはヒップホップのみならずロック、ハウスやテクノなど広範なジャンルに広がっていく。

はじめにリズムありき。これがヒップホップのミームとしての一番本質的な部分であるのは間違いない。このブレイクビーツに喚起される形でブレイクダンス、ラップ、そしてグラフィティーが発展していく。ラップとは何か? という議論も定期的に持ち上がるがはじめにリズムがある。リズムの上で言葉を演奏していくのがラップだとして、言葉にリズムを持たせるのが韻(ライム)だ。母音を揃えた言葉が並ぶところにリズムが生まれる。だからヒップホップにおけるラップは韻によって成り立つ。時代や土地、それこそ進化の過程の中で様々な韻の踏み方、型は出来ているが本質はリズムだ。

ブレイクビーツの誕生こそがヒップホップの本質である、と言えるが僕はもう一つ大事な要素があると最近は考えている。それは民主主義との関係だ。

ヒップホップは自己主張が強い文化だと言われる。ラップは自分の名前を連呼しながら出自を語り、グラフィティーは自分の名前を街にタグ付けする。ダンサーは自分だけの踊りを編み出し、DJは誰の曲であろうと我が物顔でプレーする。自分が自分自身のRuler(支配者)である、という前提に立ったライフスタイルを送る。これは民主社会における主権者意識と同じスタンスだ。

そもそもクール・ハーク自身、ジャマイカのキングストンで生まれ1967年に家族と共にニューヨークのブロンクスに移り住んだ移民の息子だ。そのブロンクスは都市計画の破綻により崩壊していく最中だった。

1963年、ブロンクス横断高速道路が完成すると街は分断され、沿道の白人富裕層は郊外に引っ越してしまう。そして、黒人やラテン系の住民の多くはプロジェクトと呼ばれる低所得者用集合住宅に住むようになる。そんな中、アパートの大家たちは家賃を払えない住人を追い出し、火災保険目当てに放火をするようになる。ブロンクスは荒廃した焦土と化していた。ヒップホップはそんな瓦礫の街で生まれたのだ。移民であるクール・ハークが社会の中で自己を確立する必要性は元々あったわけだが、荒野の若者たちはパーティーのやり方も遊び方も表現方法も自分たちで決める。そして、自分たちのコミュニティーについても考えるようになる。これは主権者として民主社会を構築する為の基礎条件だ。

60年代は公民権運動という、まさに民主主義を勝ち取るための戦いがキング牧師やマルコムXらを中心に展開されていたことも重要な背景だ。それは民主主義誕生の地、アメリカの本質を改めて問う動きでもあり、ヒップホップ誕生とは民主主義の再獲得でもある。これが僕の考えるもう一つの大事な要素だ。

そして、僕はこの連載でも繰り返し日本がいまだに民主社会ではないと訴えてきていることと、日本へのヒップホップの本質の浸透度はどれだけ関連しているか? を50周年の節目で考えてしまうのだ。
 

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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