音楽を鳴らし歩くおじさん、肩に鳥をのせた少年
僕が今やっているバンド、ダースレイダー&ザ・ベーソンズで香港ツアーに行ってきた。
僕自身はほぼ15年ぶり。オクトパスという、日本のSUICAのようなアプリを落としてクレジットカードを紐付けすれば日本円の感覚でチャージが出来る。空港から市内に向かう特急に乗って九龍駅で降りるときに改札にかざすと100香港ドル。大体2000円くらいだ。
九龍駅で降りて宿がある渡航街に歩いて向かうとあの香港が、ぎっしり密集した部屋がそれぞれの存在感を室外機と洗濯物で外に向かって表現しながら聳え立つあの香港が現れる。
僕は街のリズムを感じるのが好きだ。街には特有のリズムがあり、それが生活全般に影響していると考えている。シカゴにはシカゴの、デトロイトには、ブリストルには、パリには、ロンドンには、プノンペンにはそれぞれのリズムがあり、そこに出現する音楽もまたそのリズムの影響を受ける。
街の名前がそのままジャンルになっているケースを考えるとわかりやすい。シカゴブルーズ、シカゴジャズ、シカゴハウス、シカゴヒップホップ。ジャンルは異なるが根底に同じ街のリズムがあると思う。
翻って東京のリズムはどうだろうか? という考えもいつも頭をよぎり、そしてリズムが消失した大きすぎる都市の空虚さに震えを覚える。高度にシステム化が進んだ都市は特有のリズムを消失させる方向に向かうのだろうか? 行政の観点から見れば不測の事態、僕からすればワクワクする可能性、を孕むリズムを消す方が統治として計算可能になると言える。
さて、香港はどうだろうか? 3月末に香港基本法第23条に基づく国家安全維持条例法案が可決されたニュースは日本でも報じられている。昨今の情勢も踏まえ、日本から見るといかつい状況を想像してしまう。
そんな気持ちで立ち並ぶ超密集住宅の列の中に吸い込まれていくと、突如音楽が爆音で鳴り出した。皮のベストを着たおじさんが咥えタバコで首からぶら下げたiPhoneで音楽を鳴らしながら歩いている。信号待ちをしていると肩に鳥を乗せた少年が横に並んだ。
鳥はリードが付いているが大人しく少年の肩に足を乗せている。ドリアンの香りが充満する市場を抜けながら、あるいはセントラルの屋台が並ぶ坂道を登りながら、そこには脈打つ強かなリズムがあることが感じられた。
今回の香港ツアーでは、1月に沖縄のミュージックレーンフェスで出会った香港のバンド、宇宙幽霊のメンバーに大いに助けられた。彼らのバンド部屋は香港の低所得者層が住む工業地域、牛頭角にある。路地をいくつか曲がってたどり着いたビルからは機械音と演奏の音が混ざって聴こえてくる。
路上にはネズミとゴキブリが這いずり回っていたが、建物は青い照明に照らされて異様なかっこよさで立ち上がる。什器用のエレベーターで登っていくとグラフィティの溢れた壁の中に埋め込まれたいくつかの部屋に、それぞれの物語が感じられる。「AKIRA」に出てくる春木屋の雰囲気であり、あり得たはずのネオ東京が香港にあるような感じだ。
ドラムのトミーは日本語が上手。日本のドラマを観ることで色々自力学習しているという。彼は母親の影響でXジャパンやラルク・アン・シエルを子供の頃から聴いていて、大学生時代は通学中必ず東京事変のアルバムを聴いていたという。
香港での音楽活動には色々な難しさがあるというが、日本の音楽や音楽家へのリスペクトが彼を支えていると言われた。僕は消失していると思っていた東京のリズムが、香港のトミーの中では確かに鳴っていることに驚きを覚えた。リズムは強かで、ちゃんと脈打っているのだ。
トミーとのセッションは銅鑼湾の埋め立て地で行った。かつての港で僕らの感じた香港のリズムとトミーの中の東京のリズムが合わさる。ネオ東京イン香港。
帰りにタクシーを捕まえようとするも、流しのタクシーはオクトパスもクレジットも受け付けない、キャッシュオンリー。街を流れる血液がシステムを全く意に介していないようで痛快だったが、僕らはオクトパスを使ってバスで帰った。
礼はいらないよ
You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
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