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礼はいらないよ

2026.04.28 公開 ポスト

週3回4時間、透析治療中ラッパーが考える、権力が介入する移動の自由ダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

冤罪被害者、難民申請者は現在進行形の被害者

僕が死んだら灰は海に撒いてほしい。

これは金聖雄監督の映画『獄友』の中で狭山事件の元被告、石川一雄さんが言っていた言葉だ。僕はこの言葉がとても好きで自分の曲でも引用している。1963年に逮捕された石川さんは1977年に無期懲役判決が言い渡され、1994年に仮釈放された。二審以降は冤罪を主張し続け、3度目の再審請求が審理されていた最中の2025年に86歳で他界された。

逮捕から60年以上石川さんの人生は奪われたままだった。その間、物理的にも精神的にも自由が奪われ、移動が制限されていたのだ。だったらせめて死んだ後は自由に移動したい。海に撒いてくれれば自由に世界中を旅することができる。そんな強い想いを感じる言葉だ。

 

2026年4月18日。渋谷ハチ公前で行われた「ノーモアえん罪!」渋谷アクションのオープニングで僕は即興曲を披露した。テーマはファイティングポーズ。ボクサーでもあった袴田巌さんがずっと国家を相手にファイティングポーズを取り続けていることをイメージしてラップした(今も再審法改正が法務省によって改悪されそうになっている)。

その中でまた石川さんの言葉を引用した。歌い終わった時に僕に駆け寄ってくれた人がいた。石川一雄さんの妻、早智子さんだった。「ありがとうね!」早智子さんは僕の手を握って言った。

僕は今透析治療を受けている。週3回、一回4時間の治療を必ず受けなければいけない身体だ。透析を始める前に僕を一番悩ませたのもまさに移動の制限だった。もう長期のライブツアーには出られないのだろうか? もちろん冤罪被害に遭って収容されている人とは比べられないが、移動が制限されているという事実のストレスは想像以上のものがあった。

以前、同じく渋谷ハチ公前で入管法改正反対デモに参加したことがあった。そこでも僕は移動の制限について話した。日本で難民申請中の人は自治体を跨ぐ移動が出来ない。移動が制限されているのだ。渋谷ハチ公前は今、それこそ世界中から人が集まって行き交う場所だ。

渋谷駅を出てご飯を食べに行く、カフェに行く、映画に行く、洋服を見に行く、友達とぶらぶらする、恋人とデートする。さまざまな人々が好きな目的に向かって、あるいは目的もなしに好きなように移動していく。そういう場所だからこそ、僕はそこで移動が制限されている人たちのことを考えてしまう。

人類はそもそも移動を続けてきた。アフリカで人類の祖先が誕生してからずっと人々は移動し、移動する先々で新たな食べ物を開拓し、文化を育んできた。そもそも狩猟採集時代の人類は常時移動していたわけだが、定住生活を始めてからも新たな居住地を求めて移動を続け、シベリアの大地から太平洋の島々に至るあらゆる場所にその足跡を残していくことになる。

つまり人類にとって移動とは本質的な行動、本来取るべき行動なのだ。僕がバンド、ベーソンズのツアーでモンゴルに行った時に草原を訪れた。そのあまりの雄大さに圧倒され、しばらく笑いが止まらなかった。その時、西の方角を見ながらモンゴルの騎馬隊はこの地平線の遥か向こうまで駆け続けてヨーロッパにまで乗り込んで行ったことに思いを馳せた。それはすごいことであると同時に、地平線の向こうから呼ばれている感覚も強く感じたのだ。

移動は能動的な行動だと思いがちだが、モンゴルの草原に立って分かったのは相互の力の働きだ。こちらか向かうのと同じくらい向こうからも呼ばれている。移動とは目的地に向かうものだと考えていたが、同時に未体験の、未知の世界から呼ばれることでもあるのだ。それはアフォーダンスのようなものかもしれない。

呼んでいるのは何か? 太陽か? 風か? 大地か? いや、そうしたものを含めた未知なる全体が常に人間を呼び続けている。僕らは古来からそれに応えるように出来ていたのかもしれない。それがフン族のアッティラやアレクサンドロス大王を移動させ、ゲルマン民族の大移動も呼び起こし、モンゴルの騎馬隊を駆り立てた。

だが、人類の歴史で移動に別の意味が出てくる。権力による移動、そして権力による移動の禁止だ。人類が定住するようになり、法治社会が誕生すると権力が人類社会を掌握していくようになる。定住の場合、租税や財産の相続も含めた居場所の登録。そして刑罰としての監禁だ。

権力が人類の原初的な欲求である移動に介入してくる。権力による奴隷労働、アフリカからアメリカ大陸に向かう奴隷船、ホロコーストの収容所に向かう列車、ポル・ポトの計画農業。これらは人々のものであった自由な移動が権力によって奪われて行使された例だ。

そして権力の衝突、戦争や権力による迫害によって生じる難民もまた奪われた移動だ。ポグロム、ナクバ、シリアのアサド政権下の市民たち。権力は自由な移動を奪ってきた。冤罪被害者も難民申請中の人々もその現在進行形の犠牲者だ。自由な移動こそ権力への抵抗でもあるし、人類の本来性の復活でもある。

僕らは海に抱かれながら彷徨う前に、自由な移動を再び手にすることができるだろうか?

 
 

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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