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生まれたくなんかなかったのに

2026.06.04 公開 ポスト

「結婚はないほうが良い」 孤独死対策にもならず、女性の選択を狭めるばかり小島和男(哲学者)

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。その感情から始まる哲学――反出生主義を研究する小島和男氏による新書『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』が5月27日に発売になりました。「生まれたくなかったのに、なぜ生きるのか」を問う本書より、「第2章 結婚したくないけど、孤独死が怖い」の3回目をお届けします(1回目2回目)。


孤独死発見の問題は制度で解決すべき

そもそも、結婚すれば孤独死を避けられる、という前提は怪しい。結婚しても、配偶者は先に死ぬかもしれない。離婚するかもしれない。

日本人の平均寿命は、男性が約81歳、女性が約87歳だ。6歳の差がある。しかも、夫が妻より年上であることが多い。平均婚姻年齢は、初婚の場合、夫が約31歳、妻が約29歳だ。つまり、平均的な夫婦では、夫が8年ほど先に死ぬ計算になる。妻は10年近く一人で暮らすことになる可能性が高い。結婚しても、最後は一人になる。

離婚の可能性もある。日本の離婚件数は年間約18万件。婚姻件数の約4割に相当する。離婚すれば、また一人に戻る。子どもがいても、一緒に暮らすとは限らない。

警察庁の統計によれば、2024年に孤独死した65歳以上の高齢者のうち、死亡推定日から発見までの日数が「当日から1日」だったのは約4割だ。「1カ月以上」だったのは約8%にあたる約4500人。発見が遅れるケースは、実際にはそれほど多くない。

発見が遅れる問題を解決するのに、結婚や「人とのつながり」に頼る必要はない。国レベルの制度で対応すべきだ。たとえば、電気・ガス・水道の使用状況を自動でモニタリングし、異常があれば行政が確認に行く仕組み。郵便物が溜まっていたら通報される仕組み。そういった制度的なセーフティネットがあれば、個人が「人とのつながり」を維持する努力を強いられる必要はない。

2024年に施行された孤独・孤立対策推進法は、孤独や孤立を「社会全体の課題」と位置づけている。しかし、その対策の方向性が「人とのつながりを促進する」に偏っているのは気になる。つながりたくない人もいる。一人でいたい人もいる。そういう人たちの選択を尊重しつつ、発見が遅れる問題だけを制度的に解決する。それが本来あるべき姿だろう。

結婚を孤独死対策として勧めるのは、問題の本質を見誤っている。孤独は悪ではない。発見が遅れることだけが問題なのだ。そして、それは個人の人間関係ではなく、社会制度で解決すべき問題だ。

結婚はないほうが良い

以上を踏まえて、私の結論を述べる。結婚はないほうが良い。少なくとも、現在の日本においては。

これは反出生主義者としての立場からの発言でもある。子どもを作ることが倫理的に問題含みであるとすれば、結婚という制度にも疑問符がつく。日本において結婚は、子どもを作ることと強く結びついている。結婚したら「子どもは?」と聞かれることは多いし、子どものいない夫婦は「子なし」と呼ばれる。結婚と出産を切り離して考えることが、この社会では難しい。

もちろん、結婚しても子どもを作らない選択はできる。事実婚という選択肢もある。法律婚をせずに、パートナーとして一緒に暮らす。住民票に「夫(未届)」「妻(未届)」と記載すれば、社会保障上の配偶者として扱われる場合もある。海外で別姓のまま法律婚をして、日本では婚姻届を出さないカップルもいる。サイボウズの青野慶久社長や映画監督の想田和弘氏は、選択的夫婦別姓を求める訴訟の原告になっている。さまざまな工夫をしている人たちがいる。

しかし、なぜ工夫しなければならないのか。なぜ当たり前の権利を得るために、回り道をしなければならないのか。なぜ訴訟まで起こさなければならないのか。選択的夫婦別姓が認められれば、姓を変えたくない人も法律婚ができる。家事・育児の負担が平等になれば、結婚が女性にとって不利な契約ではなくなる。制度が変われば、「結婚はないほうが良い」という私の結論も変わるだろう。

問題は、制度が変わらないことだ。選択的夫婦別姓の法案は四半世紀以上も棚上げされている。法制審議会が答申してから、もう30年経つ。国連から何度勧告されても、日本政府は動かない。2024年の衆議院選挙では選択的夫婦別姓が争点の一つになったが、与党内には依然として反対派が多い。この国のミソジニー(女性嫌悪)は、制度の中に深く埋め込まれている。

ミソジニーと言うと、女性を憎んでいる声の大きな男の人を想像するかもしれない。しかし、制度的なミソジニーはもっと静かだ。女性が改姓するのは「当たり前」。女性が家事をするのは「自然」。女性が子どもを産むのは「義務」。そういった「当たり前」の積み重ねが、女性の選択肢を狭めている。誰も悪意を持っていなくても、結果として女性は不利な立場に置かれる。

孤独死が怖いから結婚する、というのは、理由として弱い。結婚しても孤独死はする。そして、孤独死の本当の問題は「発見が遅れること」だけだ。それは個人の人間関係に頼るのではなく、いずれは国レベルの制度で解決されるべきだ。結婚を勧めるのは筋違いである。結婚したくないなら、しなくていい。孤独死が怖いなら、別の対策を考えればいい。結婚は、孤独死の特効薬ではないのだから。

われわれは社会の中で活動していれば(ちなみに部屋に引きこもってずっとパソコンに向かっていたって社会の中で活動していることになります)、終活などをすれば特に、さまざまな人と出会い、さまざまな生き方を知る。結婚している人もいれば、していない人もいる。子どもがいる人もいれば、いない人もいる。それぞれの人生があり、それぞれの終わり方がある。大事なのは、自分で選ぶことだ。誰かに言われたから結婚する、孤独死が怖いから結婚する、ではなく。

自分の人生を自分で選ぶ。そのために必要なのは、選択肢があることだ。結婚してもいいし、しなくてもいい。子どもを産んでもいいし、産まなくてもいい。姓を変えてもいいし、変えなくてもいい。その選択肢が、今の日本には足りない。だから、結婚はないほうが良い、と私は言う。少なくとも、選択肢が増えるまでは。
 

関連書籍

小島和男『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。 その感情から始まる哲学がある――反出生主義だ。 苦しみは、生まれたことに伴って生じる。 食べていくための労働、結婚しないことへの不安、孤独の居心地の悪さ、そして避けられない老いと病。生きづらさは、甘えや怠けのせいではない。望んでもいないのに、不完全な制度と社会のもとに生まれ落ちたからなのだ。 問題は社会であって、個人ではない。その構造を見抜くことで、自らの苦痛を減らす道筋が見えてくる。 反出生主義の哲学者による、自分を守るための人生論。

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生まれたくなんかなかったのに

2026年5月27日発売『生まれたくなんかなかったのに』(小島和男著)について

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小島和男 哲学者

学習院大学文学部哲学科教授。1976年生まれ。博士(哲学)。専門は、古代ギリシア哲学、反出生主義、うどん。日本うどん学会理事を務め、研究対象の貴賤の無さを語る。著書に『プラトンの描いたソクラテス』(晃洋書房、2008年)、『反出生主義入門』(青土社、2024年)、翻訳書に『生まれてこないほうが良かった』(デイヴィッド・ベネター、田村宜義との共訳、すずさわ書店、2017年、新訂版2024年)などがある。

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