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生まれたくなんかなかったのに

2026.06.03 公開 ポスト

94%が夫の姓を選ぶ日本で『結婚は平等』という大きな誤解小島和男(哲学者)

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。その感情から始まる哲学――反出生主義を研究する小島和男氏による新書『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』が5月27日に発売になりました。「生まれたくなかったのに、なぜ生きるのか」を問う本書より、「第2章 結婚したくないけど、孤独死が怖い」の2回目をお届けします(1回目はこちら)。

結婚という不平等な契約

なぜ日本では選択的夫婦別姓が認められないのか。反対派の主張を聞くと、「家族の一体感が損なわれる」「子どもがかわいそう」といった声が出てくる。

「家族の一体感」とは何だろう。姓が同じなら一体感があり、姓が違えば一体感がないのだろうか。そもそも、結婚前の恋人同士は姓が違うはずだが、一体感はなかったのだろうか。親子で姓が違う場合はどうか。離婚して旧姓に戻った母親と、父親の姓のままの子どもは、一体感がないのだろうか。国際結婚では夫婦別姓が認められているが、その家庭には一体感がないのだろうか。

「子どもがかわいそう」という意見もある。夫婦別姓の家庭で育った子どもは、いじめられるかもしれない、と。しかし、これは論点のすり替えだ。いじめが問題なのであって、姓が違うことが問題なのではない。「いじめられるかもしれないから、みんなと同じにしろ」という論理は、いじめを容認することに他ならない。一人親の子どもはいじめられるから離婚するな、とは今やもう言わないだろう(昔は言っていましたが……)。外国人の子どもはいじめられるから国際結婚するな、とも言わないだろう。言ってはいけないって、皆さん、分かっていますよね? いじめる側を批判せずに、いじめられる側に「みんなと同じになれ」と要求するのは、おかしい。

選択的夫婦別姓に反対する本当の理由は、おそらく別のところにある。それは、家父長制的な「家」の観念を守りたいという欲求だろう。女性が結婚によって夫の「家」に入り、夫の姓を名乗る。その構造を維持したいのだ。だから「選択的」であっても認めない。別姓を選ぶ人が出てくると、同姓を選んだ人たちの「当たり前」が揺らいでしまうからだ。

実際、結婚において女性が負う負担は、姓の変更だけではない。家事・育児の負担は依然として女性に偏っている。共働き世帯であっても、家事・育児の大部分を担っているのは女性だ。「名もなき家事」という言葉がある。ゴミ袋を補充する、調味料を詰め替える、トイレットペーパーを交換する……。目に見えにくい細かな家事が、女性に押しつけられている。

「嫁」という言葉がある。くだらない言葉だ。実際、もう制度上は存在しないがよく使われている。使う人は少し愚かなのだろう。もともとは夫の親から見た息子の妻のことを「嫁」と言うのだが、その愚かな人たちは自分の女性配偶者を「嫁」と言ったりする。この言葉には、嫁は夫の家に属するものだという含意がある。嫁として夫の親の介護を期待されることも多い。女性の親の介護は「実家の問題」として距離を置かれるのに、夫の親の介護は「嫁の仕事」とされる。これは明らかに不公平だ。

介護離職という言葉がある。親の介護のために仕事を辞めることだ。年間約10万人以上が介護離職しているとも言われる。その多くは女性だ。夫の親の介護のために、妻が仕事を辞める。夫は仕事を続ける。その結果、妻は収入を失い、年金も減り、経済的に夫に依存することになる。離婚したくても離婚できない。夫が先に死んだ後、年金だけでは暮らせない。これが「老後破産」の一因にもなっている。

最初にあげたカレー沢薫の『ひとりでしにたい』には、「パートナーに「子どもが欲しい」と迫られてここまで追いつめられるのは女だけなのだ」というセリフがある。子どもを産むか産まないかの決定権は、身体的な負担を考えれば、産む側にあるべきだ。妊娠・出産は女性の身体に大きな負担をかける。つわり、体形の変化、出産の痛み、産後の回復……。男性にはこれらの負担がない。にもかかわらず、「子どもを産め」という圧力は、主に女性に向けられる。

作中で、男性の那須田は、子どもについて「考えたことはないですけどこの先万が一「子ども」が欲しいと心から思うことがあれば……ですかね」と言う。社会的要請や圧力で考えることはない、という意味だ。しかし、子作りの負担が圧倒的に少ない男性側がそう言えるのは、ある意味で特権的な立場にあるからだ。女性は、心から思う思わないにかかわらず、子どもについて考えさせられる。「いつ産むの」「まだなの」「子どもはいいよ」と、周囲から言われ続ける。

那須田はまた、「だってこの世に自分の意志で生まれてきた子どもなんていないんじゃないですか」「子どもはハナから親の思惑100%なんですよ」とも言う。これは反出生主義的な発想とも言える。子どもは親を選んで生まれてくるわけではない。生まれてくることを頼んだわけでもない。にもかかわらず、親は子どもに「産んでやった」「育ててやった」と恩を着せることがある。この非対称な関係が、家族という制度の根底にある。

民法八七七条は、「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定めている。親は子を、子は親を扶養する義務がある。しかし、この義務の重さは非対称だ。親から子への扶養義務は「生活保持義務」と呼ばれ、自分と同程度の生活水準を子にも保持させる義務がある。一方、子から親への扶養義務は「生活扶助義務」と呼ばれ、自分の生活を削ってまで親を養う義務はないとされる。法律上は子の義務のほうが軽い。しかし、現実には「親孝行」という言葉があるように、子から親への奉仕が当然視される。特に長男の妻、つまり「嫁」には、夫の親の介護が期待されることが多い。法律と現実の乖離がある。

そもそも孤独の何が悪いのか

話を孤独死に戻す前に、そもそも孤独は悪いことなのか、という問いを立てたい。

『孤独のグルメ』という漫画が原作のドラマがある。井之頭五郎という中年男性が、一人で食事をする。それだけの話だ。しかし、これが面白い。五郎は一人で店に入り、メニューを吟味し、料理を味わい、心の中で感想を述べる。周りに迷惑もかけないが、基本、誰にも気を遣わない。誰の顔色もうかがわない。自分のペースで、自分の好きなものを、自分の好きなように食べる。その自由さが心地よい。

孤独は、悪いことではない。むしろ快適だ。人と一緒にいると気を遣う。相手の話を聞かなければならない。相手の機嫌を損ねないようにしなければならない。自分の食べたいものではなく、相手に合わせてメニューを選ばなければならない。それは疲れる。一人でいれば、そういう気遣いから解放される。「嫁」は気を遣わなくていい存在だなんて思っている人がいたとしたら、極端な悪人か愚者かその両方だ。

「人と人とのつながりが大事」とよく言われる。孤独は良くない、人間は社会的な動物だ、だから人とつながらなければならない、と。しかし、これもまた一種の因習ではないだろうか。つながりを強制するのは、孤独を選ぶ自由を奪うことだ。つながりたい人はつながればいい。つながりたくない人はつながらなくていい。それだけのことだ。

孤独死が「問題」とされるのは、なぜだろうか。一人で死ぬことの何が悪いのか

確かに、死後長期間発見されないことは問題だ。遺体の状態が悪くなり、近隣に迷惑をかけることもある。遺品整理や原状回復に費用がかかる。しかし、それは「孤独に死ぬこと」の問題ではなく、「発見が遅れること」の問題だ。一人で死んでも、すぐに発見されれば、いわゆる「孤独死」の問題は生じない。

私自身は、死ぬときに誰かにそばにいてほしいとはあまり思わない。むしろ、一人で静かに死にたい。死ぬ瞬間を誰かに見られるのは、気恥ずかしい気もする。苦痛なく(これが難しいけれども)、好きな本でも読みながら寝落ちのように死にたい。これは私だけではないだろう。家族に看取られて死ぬのが理想だという人もいるだろうが、それは価値観の問題であって、絶対的な正解ではない

関連書籍

小島和男『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。 その感情から始まる哲学がある――反出生主義だ。 苦しみは、生まれたことに伴って生じる。 食べていくための労働、結婚しないことへの不安、孤独の居心地の悪さ、そして避けられない老いと病。生きづらさは、甘えや怠けのせいではない。望んでもいないのに、不完全な制度と社会のもとに生まれ落ちたからなのだ。 問題は社会であって、個人ではない。その構造を見抜くことで、自らの苦痛を減らす道筋が見えてくる。 反出生主義の哲学者による、自分を守るための人生論。

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生まれたくなんかなかったのに

2026年5月27日発売『生まれたくなんかなかったのに』(小島和男著)について

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小島和男 哲学者

学習院大学文学部哲学科教授。1976年生まれ。博士(哲学)。専門は、古代ギリシア哲学、反出生主義、うどん。日本うどん学会理事を務め、研究対象の貴賤の無さを語る。著書に『プラトンの描いたソクラテス』(晃洋書房、2008年)、『反出生主義入門』(青土社、2024年)、翻訳書に『生まれてこないほうが良かった』(デイヴィッド・ベネター、田村宜義との共訳、すずさわ書店、2017年、新訂版2024年)などがある。

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