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生まれたくなんかなかったのに

2026.06.14 公開 ポスト

親が嫌いなら離れていい「親は選べないが、人生は選べる」小島和男(哲学者)

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。その感情から始まる哲学――反出生主義を研究する小島和男氏による新書『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』が5月27日に発売になりました。「生まれたくなかったのに、なぜ生きるのか」を問う本書より、「第3章 親が嫌いだ」の3回目をお届けします(第1回第2回)。

親も子どもを好きとは限らない

ここまで子どもの側から親を見てきたが、逆の視点も考えてみよう。親は子どもを好きなのだろうか。

「親は子どもを無条件に愛するものだ」という神話がある。母性本能、父性愛。子どもを産めば自動的に愛情が湧いてくるかのように語られることが多い。しかし、現実はそう単純ではない。親にも好き嫌いはある。複数の子どもがいれば、どの子が一番可愛いかという序列ができることもある。正直に言えば、子どもを好きになれない、という親もいる。

これは珍しいことではない。子どもを持ってみたものの、思っていたのと違った。育児が想像以上に大変で、自分の時間がなくなった。子どもが自分の思い通りにならない。そういった理由で、子どもに対してネガティブな感情を持つ親は少なくない。ただ、それを口に出すことが、タブー視されているだけだ。

私がこういう話を授業でしたとき、面白い反応が返ってきた。ある大学生が、授業の後で親に「私のこと可愛い?」と聞いたそうだ。親の答えは「ギリ可愛い」。その学生は笑いながら報告してくれたが、この答えは正直で良いと思う。

赤ちゃんの頃は、大抵の場合、世話が猛烈に大変だということは文脈的にここでは措いておくと、文句なく可愛い。小さくて、無力で、全面的に親に依存している。泣いても、笑っても、何をしても可愛い。しかし、子どもが成長するにつれて、自我が芽生え、反抗し、親の思い通りにならなくなる。思春期になれば、親を避けるようになる。親の価値観に反発する。そうなると、「可愛い」という感情は薄れていくことがある。「ギリ可愛い」というのは、そういう現実を反映した、率直な言葉で大変微笑ましい。

実際のところ、親が子どもを「可愛くない」と思っていたとしても、それは親の自由だ。感情は強制できない。ただし、可愛くないからといって虐待や加害、ハラスメントをしていいわけではない。感情と行動は別だ。好きでなくても、適切に養育する義務はある。感情は自由だが、行動には責任が伴う。

子どもの側も、この現実を知っておいたほうがいい。親は必ずしも自分を愛しているわけではない。「親なんだから愛してくれるはず」という期待を持っていると、裏切られたときのダメージが大きい。最初から期待しなければ、傷つくこともない。冷めた見方かもしれないが、自分を守るためには有効だ。

距離を取る

結局のところ、親との関係は人それぞれだ。親が好きで、良い関係を築けている人は、そのまま仲良くやっていけばいい。無理に距離を取る必要はない。親子関係がうまくいっている人に「親を疑え」と言うつもりはない。

しかし、親が嫌いで、一緒にいると苦しいなら、離れることを考えるべきだ。物理的に離れることが難しければ、心理的に距離を取る。親の言動に一喜一憂しない。期待しない。諦める。「この人はこういう人だ」と割り切る。変わることを期待するから苦しくなる。変わらないと受け入れてしまえば、少し楽になる。

親を好きになる必要はない。親に感謝する必要もない。ただ、自分を守ること。それが最優先だ。

親との関係がうまくいかないのは、あなたのせいではない。たまたまそういう親のもとに生まれてしまっただけだ。運が悪かった。それ以上でも以下でもない。自分を責める必要はまったくない。

「血は水よりも濃い」という言葉がある。血縁関係は他のどんな関係よりも強い、という意味で使われる。しかし、私はこの言葉に同意しない。血のつながりがあるからといって、良い関係を築けるとは限らない。むしろ、血縁関係だからこそ、逃げられない、距離を取れない、という息苦しさが生まれることもある。

生まれてくる場所は選べない。しかし、大人になれば、いる場所は選べる。嫌な場所からは離れていい。そして、自分にとって居心地の良い場所を、自分で作っていけばいい。

親が嫌いでも、人生は続く。親との関係がうまくいかなくても、他の人間関係を築くことはできる。友人、恋人、配偶者、同僚。血縁ではない人々との関係の中で、自分の居場所を見つけることができる。

こうも言える。親は選べないが、友人は選べる。そして、友人との関係のほうが、親との関係よりも心地よいことは、珍しくない。血のつながりが、必ずしも心のつながりを意味するわけではないのだから。

嫌いなら離れろ。好きなら仲良くやっていけ。どちらでもないなら、適度な距離を保て。それが、親との関係における私のアドバイスだ。シンプルだが、これ以上のことは言えない。結局、どうするかは自分で決めるしかない。自分の人生は、自分で決める。親のためではなく、自分のために。 

関連書籍

小島和男『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。 その感情から始まる哲学がある――反出生主義だ。 苦しみは、生まれたことに伴って生じる。 食べていくための労働、結婚しないことへの不安、孤独の居心地の悪さ、そして避けられない老いと病。生きづらさは、甘えや怠けのせいではない。望んでもいないのに、不完全な制度と社会のもとに生まれ落ちたからなのだ。 問題は社会であって、個人ではない。その構造を見抜くことで、自らの苦痛を減らす道筋が見えてくる。 反出生主義の哲学者による、自分を守るための人生論。

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生まれたくなんかなかったのに

2026年5月27日発売『生まれたくなんかなかったのに』(小島和男著)について

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小島和男 哲学者

学習院大学文学部哲学科教授。1976年生まれ。博士(哲学)。専門は、古代ギリシア哲学、反出生主義、うどん。日本うどん学会理事を務め、研究対象の貴賤の無さを語る。著書に『プラトンの描いたソクラテス』(晃洋書房、2008年)、『反出生主義入門』(青土社、2024年)、翻訳書に『生まれてこないほうが良かった』(デイヴィッド・ベネター、田村宜義との共訳、すずさわ書店、2017年、新訂版2024年)などがある。

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