1. Home
  2. 暮らし術
  3. 生まれたくなんかなかったのに
  4. 「結婚しないと孤独死するよ」は間違いだら...

生まれたくなんかなかったのに

2026.06.02 公開 ポスト

「結婚しないと孤独死するよ」は間違いだらけ……孤独死を正しく理解するデータと現実小島和男(哲学者)

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。その感情から始まる哲学――反出生主義を研究する小島和男氏による新書『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』が5月27日に発売になりました。「生まれたくなかったのに、なぜ生きるのか」を問う本書より、「第2章 結婚したくないけど、孤独死が怖い」を3回にわけてお届けします。

孤独死という脅し

「結婚しないと孤独死するよ」と言われたことはないだろうか。親から、親戚から、あるいは職場の上司から。結婚を勧める常套句として、孤独死への恐怖が持ち出されることは多い。

カレー沢薫という漫画家がいる。代表作の一つに『ひとりでしにたい』という作品がある。タイトルだけ見ると物騒だが、これは「終活」をテーマにした漫画だ。老後をなるべく快適に生き、孤独死を避けるにはどうしたら良いのか。主人公の山口鳴海(35歳・独身)が、叔母の孤独死をきっかけに終活について考え始める。

私はこの漫画が好きで、『ユリイカ』のカレー沢薫特集号に寄稿したこともある。この作品の魅力は、終活という重いテーマを扱いながらも、どこか軽やかで、そして何より「公平」なところにある。作中で鳴海に好意を寄せる那須田というキャラクターがいるのだが、鳴海はこの人物から「公平な人」だと評されている。この漫画は、結婚しろとも、結婚するなとも示唆しない。子どもを産めとも、産むなとも言わない。ただ、現実を見つめ、自分で考えろ、ということを示唆する。

さて、孤独死は本当に怖いものだろうか。2025年、警察庁が初めて全国的な統計(2024年分)を公表した。一人暮らしの自宅で亡くなった人は年間約7万6000人。そのうち65歳以上の高齢者が約5万8000人だった。この数字をどう見るか。 注目すべきは、孤独死した人の約7割が男性だということだ(※日本少額短期保険協会のデータでは約8割とされることもあるが、いずれにせよ男性が多数を占める)。そして、現在75歳以上の世代は、大多数が結婚していた「皆婚世代」である。つまり、孤独死している人の多くは、かつて結婚していた人たちなのだ。配偶者に先立たれたり、離別したりして、一人になった元既婚者が、孤独死の主な当事者である。

結婚すれば孤独死を避けられる、という前提自体が怪しい。結婚しても、配偶者は先に死ぬかもしれない。離婚するかもしれない。子どもがいても、一緒に暮らすとは限らない。むしろ、結婚して家庭に閉じこもり、地域や友人とのつながりを失った人のほうが、配偶者を失った後に孤立しやすい。結婚は孤独死の特効薬ではない。

孤独死が怖いのは、死ぬときに一人でいることが怖いのか、それとも死後しばらく発見されないことが怖いのか。前者であれば、病院で死ぬ人の多くは家族に看取られるわけではないし、そもそも死ぬ瞬間に意識があるとも限らない。後者であれば、それは結婚ではなく、現状、地域のつながりや見守りサービスで対応すべき問題だ。

日本少額短期保険協会の「孤独死現状レポート」によれば、孤独死した人の死亡時の平均年齢は約62歳だ。平均寿命よりも20年以上早く亡くなっている。そして死因の6割以上が病死だ。自殺の割合も、一般の死亡者に比べて高い。孤独死は、単に一人で死ぬことではなく、社会から孤立した人が、支援を受けられないまま亡くなることなのだ。

そう考えると、「結婚しないと孤独死するよ」という脅しは、二重に間違っている。第一に、結婚しても孤独死は避けられない。第二に、そもそも孤独は悪いことではない

私は一人でサウナに行くのが好きだ。一人旅も好きだ。気の合う友人と過ごす時間も良いが、同じくらい一人で過ごす時間も楽しい。誰にも気を遣わず、自分のペースで、自分の好きなことをする。その自由は、人と一緒にいては得られない。

『ひとりでしにたい』の主人公・山口鳴海は、35歳で独身だ。結婚する気はないし、子どもを産む気もない。しかし、鳴海は孤独を嘆いているわけではない。終活という自分のプロジェクトに取り組み、必要に応じて勉強して、自分の人生を自分で設計しようとしている。それは孤独ではなく、自立だ。

選択的夫婦別姓が認められない国

それでも結婚したいという人はいるだろう。結婚そのものを否定するつもりはない。ただ、日本で結婚するということは、いくつかの問題を引き受けることでもある。

その一つが、姓の問題だ。民法七五〇条はこう定めている。「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」。つまり、結婚したら夫婦どちらかの姓に統一しなければならない。どちらでもいい、と条文上はなっているが、現実はどうか。

2024年の統計によれば、婚姻届を出した夫婦のうち、約94%が夫の姓を選んでいる。妻の姓を選んだのはわずか6%弱だ。「どちらでもいい」はずなのに、ほとんどの場合、女性が改姓している。この割合は、何十年もほとんど変わっていない。

夫婦同姓を法律で義務付けている国は、世界で日本だけだ。2020年11月の参議院予算委員会で、当時の上川陽子法務大臣が「現在、夫婦の同氏制を採用している国は我が国以外には承知しておりません」と答弁している。ドイツもかつては夫婦同姓を強制していたが、1993年に選択的夫婦別姓を導入した。オーストリアとスイスは2013年に導入した。日本だけが取り残されているのだ。

中国、韓国、台湾は伝統的に夫婦別姓だ。これは、姓が「家族の名前」ではなく「その人の系譜」を示すものだという考え方に基づいている。姓を変えることは自分の親をないがしろにすることだ、という発想だ。儒教的な価値観に基づく父系制ではあるが、少なくとも女性が改姓を強制されることはない。日本も江戸時代までは武家の女性は結婚後も実家の姓を名乗っていたという話もある。出自を表すために実家の姓で呼ばれていたこともあるらしい。夫婦同姓が「日本の伝統」だというのは、明治以降の話に過ぎない。

国連女性差別撤廃委員会は、日本政府に対して2003年、2009年、2016年と三度にわたり、女性が婚姻前の姓を保持できるよう法整備を行うよう勧告している。2024年10月にも再び勧告が出された。日本政府は、もう四半世紀も同じ勧告を無視し続けている。

法制審議会は1996年に、選択的夫婦別姓制度を導入する民法改正案を答申した。しかし、反対派の議員によって法案提出すら阻まれ、実現していない。最高裁は2015年と2021年に民法七五〇条を「合憲」と判断したが、同時に「制度の在り方は国会で論じられるべき」と繰り返し述べている。司法は立法府に議論を促しているのに、国会は動かない。

改姓による不利益は大きい。まず、手続きが煩雑。パスポート、運転免許証、銀行口座、クレジットカード、保険、年金、不動産登記……。名義変更の手続きは膨大で、時間も手間もかかる。しかも、これらの手続きは基本的に平日の日中にしかできないものが多い。働いている人にとっては大きな負担だ。ある調査によれば、改姓に伴う手続きに平均して数十時間を要するという。

旧姓の通称使用が広がっているという反論もある。確かに、職場で旧姓を使い続ける人は増えている。国家公務員や地方公務員も通称使用が認められるようになった。しかし、通称使用には限界がある。戸籍名でなければ作れないものは多い。銀行口座は戸籍名でないと開設できないし、パスポートも戸籍名が基本だ。運転免許証、健康保険証、印鑑登録証も戸籍名だ。運用で柔軟性を持たせている場合もあるようだが、基本的には、通称名では銀行口座の開設もできないのだ。

通称と戸籍名の二重管理は、本人にとっても周囲にとっても混乱の元になる。仕事では旧姓、プライベートでは新姓。二つの名前で呼ばれると、自分が誰なのかが分からなくなる、という人もいる。そもそも、なぜ「通称」を使わなければならないのか。生まれたときからの名前を、なぜ「通称」扱いされなければならないのか。

氏名は「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であつて、人格権の一内容を構成する」。これは1988年の最高裁判決の言葉だ。その人格権の一部である氏名を、なぜ結婚という契約によって変更しなければならないのか

関連書籍

小島和男『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。 その感情から始まる哲学がある――反出生主義だ。 苦しみは、生まれたことに伴って生じる。 食べていくための労働、結婚しないことへの不安、孤独の居心地の悪さ、そして避けられない老いと病。生きづらさは、甘えや怠けのせいではない。望んでもいないのに、不完全な制度と社会のもとに生まれ落ちたからなのだ。 問題は社会であって、個人ではない。その構造を見抜くことで、自らの苦痛を減らす道筋が見えてくる。 反出生主義の哲学者による、自分を守るための人生論。

{ この記事をシェアする }

生まれたくなんかなかったのに

2026年5月27日発売『生まれたくなんかなかったのに』(小島和男著)について

バックナンバー

小島和男 哲学者

学習院大学文学部哲学科教授。1976年生まれ。博士(哲学)。専門は、古代ギリシア哲学、反出生主義、うどん。日本うどん学会理事を務め、研究対象の貴賤の無さを語る。著書に『プラトンの描いたソクラテス』(晃洋書房、2008年)、『反出生主義入門』(青土社、2024年)、翻訳書に『生まれてこないほうが良かった』(デイヴィッド・ベネター、田村宜義との共訳、すずさわ書店、2017年、新訂版2024年)などがある。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP