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礼はいらないよ

2024.02.27 公開 ツイート

50年前に父が書いた「カンボジアはとにかくゆっくり」を実感するライブ以外はベッドとトイレの旅 ダースレイダー

ラッパーのダースレイダーさんが急に誘われたカンボジアでのライブ。思いもかけないことこそ人生の醍醐味。

“考えもしない提案”こそ“考えるべき案件”

ダースレイダー & ザ・ベーソンズでカンボジア・タイのライブツアーに行ってきた。

初めてのカンボジアだ。きっかけはふとした会話からだ。ジオグラフィー・オブ・ザ・ムーンという夫婦デュオがいる。彼らは世界中を旅しながらライブしているノマドミュージシャンで、最初は渋谷のフェスで一緒になった。お互いのライブを見て意気投合して仲良くなったのだが、昨年秋の彼らの日本ツアーでも僕らを呼んでくれたのだ。ただ、彼らは連日ライブしているので僕らが参加した日は客もかなりまばらで、それでもまたお互いのライブを観て楽しんだ。終わって話していると急に話題がカンボジアになった。

 

「俺たちは毎年カンボジアでライブしてるんだけどすごく楽しいよ。お前らも行ったら絶対盛り上がると思う。行きたい?」

カンボジアに行きたいか? 聞かれるまで考えもしなかったが、考えもしない提案こそが考えるべき案件だ。その場でドラムのオータさんとベースの大策に確認したら二人とも行こう!と言う。

「行きたいね!」
「オッケー。今年もこれから行くから現地で君たちをブッキングしてみるよ」

11月ごろに連絡が来た。プノンペンとシエムリアップの2箇所ライブハウスに話を通したからあとは現地に行って盛り上げてよ!彼らはその時期は隣国のタイに居て一緒ではないが、僕らだけのライブをブッキングしてくれたのだ。急遽、カンボジアツアーが現実になった。

カンボジアでライブするなんて考えもしなかったが、実は僕とは縁のある国だ。僕が生まれる前、1972年から74年の2年間、父は朝日新聞のプノンペン特派員を務めていて母と共に住んでいたのだ。その時期のことを父は手記「クメールの微笑」にまとめている。これは表紙と挿絵を母が描いていて夫婦の共同作業のような本だ。50年の月日を経て、その地に僕が訪れることになった。

せっかく行くなら、と1週間の日程の間に出来るだけライブしようと考えた。日本および現地で協力してくれる人も次々と現れて、出発3日前にようやくツアーの全体像が仕上がる。カンボジアでは期限半年以内のパスポートだと入国できないことに出発3週間前に気づいて急いで更新したりととにかくバタバタだ。

ビザ申請も今年から電子化されたと聞き、出発前日にオンラインで記入を試みたら日本語版だと出発5日前までしか申請できない。慌てて英語版にしたら今度は出国後の予定がリストからしか選べない仕様で、それがオランダとスペインしかない。とりあえずスペイン行きにすると最後に赤文字で虚偽申告は逮捕の可能性がある!と脅してくる。

ベトナムのハノイ経由のプノンペン行きではトランジットで9時間。ハノイ空港のロビーで3人で雑魚寝して待つという若者旅でようやくプノンペンに着いた。意気揚々と電子申請して受領したQRコードを提示するとNO QR! と言われ、紙を差し出された。結局紙に記入して、係がパスポートと本人を視認、30ドル払って入国出来た。あのオンラインは何だったのか。現地駐在の金兒さんが迎えに来てくれてタクシーで市内に向かう。

父の本にカンボジアはとにかくゆっくりだと書いてある。50年経ってもそれは多分、全く変わってないのではと思った。世の中は相対的にかなりスピードアップしてるはずだが、プノンペンでは全てがゆっくり、ゆったりだった。雄大なメコン川の流れのスピードもゆっくりで、そこに浮かんでいる船も動いてるような止まっているような風情だ。

そして何より驚くのは交通だ。プノンペンには信号が全然ない。どうやって道を渡るのかと思えば、答えは簡単だ。ただ渡れば良い。すると車やバイク、トゥクトゥクは止まる。

カンボジアのトゥクトゥク
ドラムのオータコージと後ろはアテンドしてくれた金兒さん

交通量はかなり多く、道は様々な乗り物が溢れているが、信号なしにそれぞれがちゃんと行き交っている。これはリズムがゆっくりのため、譲り合う余地がたっぷりあるからだろう。音楽的に言えば、リズムにポケットがたくさんある。新宿の速度感だったら5分ごとにそこらで衝突事故と怒声が飛び交っているだろうが、カンボジアでは当たり前のようにのんびりとそれぞれのペースで動けている。これはかなり凄いことだと思う。

初日、金兒さんに市場に連れてってもらい、そこの屋台で謎の麺を食べた。甘い、優しい味付けでハーブと謎の肉やら野菜が乗っている。美味しい!美味しい!とみんなで食べた。

翌日の昼、オータさんの顔面が真っ青になり、腹痛を訴え始めた。さらに翌日は僕が動けなくなった。ここでは食あたりもゆっくりやってくる。結論から言えば、僕とオータさんはこの後の日程はライブ以外のほとんどの時間をベッドとトイレで過ごすことになる。

オータさんに至っては帰りに一日寄ったバンコクで遂にギブアップして入院、帰国出来なくなった。ちなみにベースの大策だけはピンピンしていたのだが。それでも、僕はカンボジアのゆっくりしたリズムを体験できた事がとても大事だと思っている。人間が世界の中で暮らすのに必要な速さを想像する物差しを手に入れたのだ。

僕らのそんなカンボジア報告会は3月17日、渋谷のロフトHEAVENで開催予定だ。ゆっくりと、おいでください。

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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