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礼はいらないよ

2023.05.25 更新 ツイート

入管法改悪とナチスドイツの「凡庸な悪」アイヒマンを重ねる必要性 ダースレイダー

渋谷駅前は今、人で溢れている。コロナ禍、一度は人が完全に街から消えていたがもうそんな光景が思い出せないほどの賑わいだ。

渋谷を人が自由に行き交っている。コロナ禍は人の移動が制限されるという事態が、それこそ世界中で起こった。クリスマスを前にしたドイツのメルケル首相(当時)は演説の中で「自由な移動とは最も大切な人の権利であり、それを制限しなければならないことの重要性を自覚している」という旨のスピーチを行った。

ドイツで移動の自由、あるいは移動の制限という言葉を聞けばそれは必然的にナチスドイツ時代の強制収容所を連想することになる。人を強制的に移動させた挙句、強制的に収容し、そして虐殺した歴史だ。

 
(写真:iStock.com/Oliver Chan)

人の移動を制限できるのは力だ。人を収容するのは力だ。ナチスドイツは暴力を背景に力を行使し、多くのユダヤ人やジブシーの自由、そして生命を奪った。大事なのはこうしたナチスの力の掌握が合法的に行われたことだ。ナチスの行動は後に国際軍事裁判で裁かれるようになるが、人の自由を奪い収容していく力の行使は行政の手続きを経てシステマチックに行われていた。

ゲシュタポ・ユダヤ人課課長として各地から集めたユダヤ人500万人をポーランドの絶滅収容所に送った男、ハンナ・アーレントによって「凡庸な悪」と評されたアドルフ・アイヒマンは行政官僚的に命令に従っただけだと裁判で述べている。遵法精神という言葉を使うときにはこの事例を頭に浮かべる必要がある。

今、参議院で入管法の改正案が審議されている。日本は難民条約に批准しているにも関わらず難民認定率は0.7%、これはおよそ先進国とは言えない数字だ。認定されない難民は収容され、たとえ申請中の仮放免が出されても就労は許されず、移動も制限されている。改正案ではさらに3回難民申請が拒否された人は強制送還できるという条文が入っている。そもそも命の危険があって逃れてきた難民を本国に送還することは難民条約で禁止されている。

2021年3月6日、名古屋入管に収容されていたウィシュマ・サンダマリさんが死亡する事件が起きた。飢餓状態であるにも関わらず適切な医療が提供されずに亡くなったのだ。この事件に関して詐病やハンガーストライキはなかったことは入管側が認めていることだが、そもそも詐病で人は死なない。今、遺族が国を相手にウィシュマさんがなぜ亡くなったのか、真相を明らかにするための裁判を起こしている。

入管に関しては所内の様子、そしてそもそもの難民認定の手順、拒否の理由なども公開されずブラックボックスだ。今回の改正案でもブラックボックス化を防ぐために司法のチェック、第三者機関による認定という案が出たが与党によって却下されている。

人の移動の制限、人の収容は力の行使だ。民主社会においては主権者が行政に力を与えている。力の行使が間違っていたらどうするのか? 間違った法律が施行されたとき、遵法精神に則って手続きを進めたらどうなるか?

5月21日、渋谷駅前では #FREEUSHIKU が主催する入管法改悪反対集会が開催されていた。僕は人でごった返すハチ公前でスピーカーたちの話を聴いていた。するとスタッフが声をかけてきた。予定していた登壇者が遅れているので一言話してもらえないかと頼まれた。僕は承諾してマイクを握った。目の前を行き交う人々。道玄坂へ、109へ、映画館へ、レストランへ、ライブハウスへ自由に移動していく人々。そうした人々を見ながら人の移動を制限すること、人を収容することの意味を考える必要があると話した。その場にいる、僕自身を含めた多くの主権者たちと、その有権者たちの判断に委ねるしかない外国人の方々に対して、メルケルがスピーチに込めたであろう思いを想像しながら。

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ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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