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本屋の時間

2022.02.15 公開 ツイート

第128回

小さき声を聴くこと 辻山良雄

撮影:齋藤陽道

Titleから青梅街道を西に五分ほど歩くと、荻窪消防署がある。ある日の朝、自転車で消防署の前を通過しようとしたところ、そこには人がせわしなく動く姿が見え、緊迫した空気が漂うのが遠くからでも感じられた。

 

どこかで火事でも起こったのだろうか。

オレンジ色の防護服を着た消防士が二名、左右から同時に消防車に乗り込み、歩道には交通整理をしている若い男性職員がいる。車はいまにも発車しそうだったから、わたしはその場に自転車を停め待っていると、消防車はすぐにサイレンを鳴らし、大通りを西へと走り去った。車がいなくなったあと少しの静寂があり、わたしとその若い男性は互いに目礼を交わして、彼はそのまま署に戻っていった。

常に緊張を強いられる大変な仕事なのだ。

そしてそのあと、ある思いが突然わたしを捉えた。「彼らの多くは自分の仕事を、わざわざ書き残すようなことはしないのだろう」

いや、消防士だけではない。たとえばタクシー運転手や飲食店のスタッフ、会社勤めのサラリーマンだって同じこと。そして本来であれば語られずに終わった彼らの声を、〈ことば〉として残すのは、ライターやジャーナリスト、時にはカメラマンといった専門家たちの仕事である。

カメラマンのキッチンミノルさんは、働いている人の姿を写真に収めた写真絵本を作っている。どれも撮られた人物の人となりがわかるいい写真だが、そこに彼の自意識を読み取ることはできない。それは写真家の撮った写真というにはあまりにもあっけらかんとしており、何かクセとか屈託のようなものをまったく感じさせないのだ。

「キッチンさんは森山大道やアラーキーみたいな、作家性の強い撮り方はしないの?」

ギャラリーで行っていた展示のあと、彼にそう聞いてみたことがある。キッチンさんはその時少し考えたあと、このように答えた。

「うーん、どうですかね。僕には表現したい自分がないから、それを外に求めているのかもしれませんね」

それは聞きようによっては、少しせつなく感じる答えなのかもしれない。しかし、だからこそ彼の撮る写真には、それ以上でもそれ以下でもない、等身大のその人自身が写っているように見える。己ではなく被写体自身が発する声を、自然な一枚の写真として残すこと。それは簡単そうに見えるかもしれないが、彼にしかできない、職人がする仕事なのだと思った。

『戦争は女の顔をしていない』『チェルノブイリの祈り』などの作品で知られるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、自らの関心を惹くのはいつも、「小さき人々」だと語っている。彼女が作品の中で、その話を聞き書きとして残したのは、戦争や原発事故の犠牲者、そして旧ソ連という壮大な「ユートピア」に翻弄されてきた人たちだ。歴史に名を残す英雄でもなければ、有名人でもない彼らこそが、ノーベル文学賞まで取った作家に、人間とは何であるかを思い起こさせる。

アレクシエーヴィチは、物事を大上段から捉えない。むしろ視線は低く、市井に生きる人々の背中に、この世界に潜む本質的な矛盾や悲しみを感じ取る。その作品は、小さな人生にのみ存在する確かな真実を、時間をかけて集めた伽藍のようなもの。読むものの心をつかんで離さない物語には、折れることのない精神力と、小さき人々への愛が、惜しむことなく注がれていた。

 

Titleに来ている人もまた、わたしと同じ「小さき人々」なのだろう。わたしは、彼らが店でのわずかなやり取りのあいだに見せる、感情のふるえや人間味に、まだ語られていない〈ことば〉を感じずにはいられない。商売は別にして、そうしたもの言わぬ交感だけが、わたしに人間というものを教えてくれるのだ。

それは本をよむことだけでは得ることのできない、生きた知識なのである。

 

今回のおすすめ本

アレクシエーヴィチとの対話「小さき人々」の声を求めて』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、鎌倉英也、徐京植、沼野恭子 岩波書店

作家を追いかけたドキュメンタリーから生まれた、臨場感のあるテキスト。ノーベル賞受賞講演や「小さき人々」をめぐる対話など、アレクシエーヴィチを知るには絶好の一冊。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。
 

○2024年2月8日(木)~ 2024年2月25日(日)Title2階ギャラリー

 齋藤陽道「生きる」
 齋藤陽道自選写真展

いま文筆に、映像に、イラストに、ますます活動の幅を広げている齋藤陽道さん。彼の表現の原点ともいえる「写真」には、家族、働くろう者、小さな虫など何を撮ったものでも、「生きよう」という強いメッセージが根底に流れているように見えます。このたびの展示では、過去の膨大な作品の中から、「生きる」をテーマに、齋藤さんが自選した作品を、自身の文章を添えてお目にかけます。

○2024年3月3日(日)Title 1階特設スペース

 地図と日記の歩き方 100年前のパノラマ地図をたどる
 井上 迅(扉野良人)× 荻原魚雷 トークイベント

昨年10月、11月と相次いで刊行された『100年前の鳥瞰図で見る 東海道パノラマ遊歩』(荻原魚雷著・パノラマ地図研究会編/大和書房)と、『ためさるる日 井上正子日記 1918-1922』(井上迅編/法藏館)。ともに100年前の日本(前者は東海道、後者は京都)へと誘うヴィジュアルガイドであり歴史資料ですが、もうひとつ清水吉康が描くところのパノラマ図を用いて、100年前の時間と空間をよりバーチャルに追体験しようという知的好奇心が働いています。100年前の地図と日記をたよりに、東海道をたどって京都の町中へ至るひと時の時間旅行は如何でしょうか。


黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編


【書評】
『自由の丘に、小屋をつくる』川内有緒著(新潮社)
ーーDIYで育む 生き抜く力[評]辻山良雄

東京新聞

◯【対談】
辻山良雄 × 大平一枝  「それがないと自分が育たない、と思う時間」
(大平一枝の『日々は言葉にできないことばかり』vol.6/北欧、暮らしの道具店)

 

【お知らせ】
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>好評連載中!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年2月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が好評連載中。(連載は不定期。大体毎月、たまにひと月あいだが空きます)。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューする旅の記録。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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