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キリ番踏んだら私のターン

2021.05.10 更新 ツイート

あなたの「明日も頑張ろうスイッチ」が、コロナ禍でも残り続けますように 長井短

頭がうまく動かない日々が1ヶ月くらい続いている。

何か考えようとしても、1つのことを考えられる時間は1分くらいしか続かなくて、気づけば別のことを考えてしまう。Aを考えてたのにBを、Bを考えてたのにCを、ってな具合にGくらいまで思考が転々とすると、ようやくAに戻ってくる。その繰り返し。不便この上ない。

こういうのって今までも時々あって、それは大抵の場合演劇の本番前だった。そうです。私は今本番前なのです!!

 

 

本来なら5月4日が初日だったはずの舞台だけど、緊急事態宣言によって現在初日は5月12日に伸びています……。文句を言っても仕方ないので前向きに日々を過ごしてるけど、そうは言っても、5月4日が初日のつもりで毎日を過ごしていたから、今どうやって過ごせばいいのかわからない。

ディズニーランドに行きたすぎてそろそろ限界ということ…現場からは以上です。

今まで色々な文章を書いてきたけど、演劇のことを書いたことはほとんどなくて、なんとなく自分の中で演劇のことを書くのはしっくりこないから避けていました。でも、今回ばかりは演劇のことしか考えられなそうなので、演劇の話をします。私にとっての演劇の話です。

ゲロ吐きそうでも舞台に立っちゃうのはなんでだろう

演劇を始めてから、もうすぐ10年が経つ。19歳の頃から毎年、多いときは年7、8本。少なくても年2本は舞台に立ってきた。通算でどのくらいの数になるのかはわからないけど、小さな劇場も大きな劇場も立たせてもらえてわかったのは、演劇ってマジで面倒くさいってこと

演劇出身なんですって言うと時々言われる言葉の中に「演劇いいよね! やっぱり! 演劇が好きって俳優さん多いもんね!」ってのがある。超同意なんだけど、正直私の演劇への思いはそんな愛だけのものではなくて、憎もあるの。

だってさ? マジで緊張すんだもんあれ。何度舞台に立っても、舞台袖で出番を待っていると、歯茎がむずむずして全歯ポロっといっちゃうんじゃねーかって気持ちになる。台詞を言っている最中に舌を噛み切る夢を見た回数は数え切れないし、私の知らない間に台本が大幅に変更されて舞台上で立ちすくむ悪夢に週2でうなされる。超ストレス。

無事に今日が終わっても、また明日も同じ緊張が襲ってくると思うとキレそうになる。大きい声を出すからかどんどんお腹と背中が筋肉痛になっていって、声帯回復のために食べたくもないステーキを食べる時、ステーキを食べられるような残高状況じゃないことを思い出し冷や汗をかく。

文句ばかりだ。それなのに、どうしても私は劇場に戻っていってしまう。行ったら疲れるってわかってるのに、気付くと埃っぽい舞台袖でプチゲロを我慢しているのだ。なんでだろう。どうしてあんな奴のところに、私は抱かれに行ってしまうんですか……?

撮影現場で「唇のスクラブ」ってやつに初めて出会った。ざらざらしたお手拭きで唇を拭く感覚なんだけど、物凄く気持ちいいし唇がツルツルになる。欲しい。

悪口ばっかり言ってますけど、これら全てを一瞬で帳消しにするキュンポイントが演劇にはある。その一瞬は本番直前の舞台袖、M0っていう「この曲がかかったらマジで開演です」っていう合図の曲が流れた時。大抵の場合、M0の音量が上がるのと同時に、劇場は暗くなっていく。真っ暗闇の中に爆音でM0が響いたら、私たちは舞台上にスタンバイするんだけど、その、歩み出す前の1秒にも満たない時間が、私は演劇の中で一番好きだ。

舞台裏にいる俳優、演出部さん、舞台監督さん、楽屋にいる俳優、客席奥にいる音響さん照明さん。劇場内にいる色んな年齢の色んな役割の人たちが一斉に「やるか~」って静かに息を吸うこの瞬間、私は他のどんな時間よりも一人ではないって感じるの。誰かと一緒に働くことは大変だけど楽しくて素晴らしいことなんだって気持ちでいっぱいになる。あ~演劇やりたいなぁ。早く劇場に行きたいなぁ。

やりたいからやる、っていう姿勢がシンプルで好きだった。なんでやってるんだろうって考えても考えても結局、「だってやりたいから」にしか行きつかない。でも、やりたいからやるなんてことが叶いにくい世の中になった今、何か今までとは違う大義名分みたいなものがほしくなった。なくてもいいものみたいに扱われることに、抵抗したいのかもしれない。

あなたの「明日も頑張ろうスイッチ」はなんですか?

演劇は別に、見たってお腹も膨れないし、病気だって治せない。演劇にできることなんて多くない。けど、でも、いい大人が汗をかきながら舞台上を駆けずり回っている様を見ると、私は勇気が湧く。どんな人間も、大きい声を出すと唾が飛ぶし、走り回れば汗をかくっていう当たり前のことを思い出せるから。自分ではない人間も、自分と同じように生きているってことがわかると「明日も頑張るか」って、私は思える。「明日も頑張ろう」と思えなくなっちゃうと、生きていくのはしんどい。だから、世の中には出来るだけ多くの、色んな種類の「明日も頑張ろうスイッチ」みたいなものがあった方が良いなと思うの。自分の出演する演劇も、そのスイッチになりますようにと祈りながら楽屋から舞台へ、上手から下手へ、私は移動しているのかもしれない。「やりたいからやる」とは別の、私が演劇をやる理由は、たぶんこの祈りだ。

きっと、祈っているのは私だけではない。わざわざチケットを買って、劇場まで足を運んでくれるお客さんのその行動にだって、同じように祈りがこもっている。またこの劇団を見れますように、もっと大きなライブハウスに進出できますように、あなたが引退しませんように。立場が違う私たちは、祈りあうことで支え合っているのだ。それができるって、なんて豊かなことだろう。

切羽詰まってる世の中だから、摂取すればすぐに効くロキソニンみたいなものが幸せを作る唯一の方法みたいになっている気がしていて、それもそれで良いんだけど。効いてるかわからない漢方を飲み続けることにも幸せはあるのだ。忘れないでほしいのだ。

不細工で要領の悪い不便な演劇も、存在できる世界がいいなと思います。私は演劇が好きです。

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キリ番踏んだら私のターン

相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!

※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。

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長井短

1993年9月27日生まれ、A型、東京都出身。

ニート、モデル、女優。

恋愛コラムメディア「AM」にて「長井短の内緒にしといて」を連載中。

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