この間お仕事でご一緒したお姉さんと、桃鉄の話になった。私は大の桃鉄好きなので、こりゃ話が盛り上がるぞ~と思ったのも束の間、お姉さんは「一人でやってます」と言う。「100年やってます、一人で」お、おう。マジかこの人。一人でゲームをするのはもちろん好きだけど、桃鉄を一人でやったことはなかった。そっか確かに、一人でもできますもんね。
気を取り直して「さくま名人倒せました?」と聞くと「やってません」と言う。「まめ鬼としか、やりません」そんなん絶対勝てんじゃん!! え? この綺麗なお姉さんは、夜な夜な一人で絶対勝てる鬼と桃鉄をやってるの? まめ鬼を連日一方的にボコボコにしてるってこと? 少し心配になる。大丈夫かなこの人。すごいストレス溜まってるのかな。
私の不安をよそに、お姉さんは「おすすめですよ、一人桃鉄」と言った。なんか、そう言われるとやってみたい気もする。友達とプレイしたり、強いコンピューターとやるのって面白いけど、攻撃に忙しくて桃太郎ランド買えたことなかったもんな。鉄道制覇もできてないし。「全クリ」という概念を桃鉄に持ち込んでみるのも面白いかもしれない。
暑くてどこにも行きたくないしな。いっちょやってみよう! と始めたVSまめ鬼一人桃鉄。
結論から言うと、楽しすぎて寝てません。眼球の限界を迎えながらこの原稿を書く。一刻も早く桃鉄をするために。
桃鉄で夫婦げんか
言わずと知れた名作ゲーム「桃太郎電鉄」。最近は「桃太郎電鉄WORLD」なる、世界を一周できる最新タイトルが発売されて話題になった。私がプレイするのはもっぱら、スイッチ版の桃鉄「桃太郎電鉄~昭和 平成 令和も定番!」だ。友情破壊ゲーと言われるこのゲームは、四人プレイまで可能なすごろくゲームで、何度やったか思い出せないくらいやった。とても親しい友達とはガチで。恋人や夫とはぶっ殺すくらいの勢いで。時々、まだあんまり親しくなっていない人とやることもある。そういう時は刀狩りカードや持ち金ゼロカードなどの卑劣極まりないカードの使用は自粛して、穏やかにプレイすることが多かった。「一番最初に目的地に着く」ことが目的の桃鉄は、その道中、日本全国の駅で物件なんかを買いながら進めていく。そうして年間の売り上げを上げて、日本一の社長を目指そう! というのが大まかなゲームの流れだ。
このゲームの面白いところは、お互いの経営を邪魔し合いながら総資産を増やしていくことにあると私は思っている。対戦相手が人間でもコンピューターでも同じだ。いかに他者を蹴落とし、自分の売上を上げるか。みんな必死だ。だから時々、マジの大喧嘩が起きる。私も数年前夫と100年プレイをした時は、家の中の空気がひどいことになった。夫が「とっかえっこカード」を乱用したからである。ケンカの詳細を知りたい人はぜひ、交換ノート(note「亀島一徳と長井短」)を読んでください。
桃鉄は、計画通りに進まない。「来月あの物件を買おう!」と思っていたのに貧乏神がついたせいで叶わなかったり、ようやく貯金が増えたと思ったら敵に持ち金をふんだくられたりする。さまざまな角度から計画を邪魔される桃鉄は、ほとんど人生と言っても良いだろう。自分の人生なのに、自分の思うようにいかないことばかりだから。悪意のない他人に、足を引っ掛けられることもあるし。
一人桃鉄、本当に楽しいのか?
さて、ここで一人桃鉄である。桃鉄のコンピューターは全部で6種類。最も強いのがさくま鉄人で、最弱がまめ鬼である。まめ鬼がどのくらい弱いかというと、本当に何もしない。自分の番が来たらサイコロを振るだけのシステムだ。強い鬼になると、カードを使ってサイコロを増やしたり、こちらの物件を奪うようなこともしてくるけれど、まめ鬼は決してそんなことしないのだ。
だから、まぁ基本目的地にゴールするのは私です。私はカードを使ってサイコロを5個振ったりするけど、まめ鬼は常に最大が6だから。ヘリコプターを使って近くにジャンプしたりもしないし。ぼーっと何も考えずにプレイしていても、余裕で10連続ゴールくらいにはなる。そうなると到着した時に貰える賞金もどんどん増えていくわけで、となるとどんどん物件も買えて、年間の所得も上がって……負けようがない。
何をどうしたって、私が勝つに決まってるなと気がついたのは、まめ鬼2匹との戦いが始まって10年目のことだった。これは絶対に勝ちます。寝てても勝ちます。ここまで圧倒的な実力差となると、プレイを続ける意味あるかな? と一瞬手が止まった。ヒリヒリするのが面白いのであって、こんな一方的な完全勝利は手応えもないじゃん。むしろ楽しくないのでは?
クソ理不尽ハード人生では味わえない最高の安心感
いいえ。これがものすごく面白かった。面白いっていうか、特殊な快楽があった。なんてったって、私が圧倒的なのである。独壇場なの完全に。人生でこんなことはない。どんな優れた人間にも、大なり小なり起伏はある。人生は本当にままならないもので、理不尽で、勝手で、絶対安泰なんてことは絶対にない。「絶対がない」と言うことだけが唯一、絶対言えることだ。そんな人生の中で行う「最弱コンピューターとやる100年桃鉄」。私は、今まで味わったことのない安心感を感じた。何も、恐れるものはない。長井社長の会社は絶対安泰。この牙城は崩れようがない。「確実に負けないゲーム」なんて面白くないと思っていたけど、面白い面白くないとかじゃなくて、安心できるのだ。「もう何も怖くない」と巴マミ from 魔法少女まどか⭐︎マギカが言った時の気持ちがわかるようだった。まぁそれって危険なんですけどね、マミさんは直後に死ぬから。
だけどこれはゲームだし。現実では「もう何も怖くない」なんて言える瞬間ないんだから。せめてゲームの中でくらい、無敵になったって良いじゃないと私は思う。そうやって自分を安心させることって、大事な時間なんじゃないかとすら思う。毎日超頑張って、クソ理不尽ハード人生をプレイしてるんだからさ。地獄みたいに暑い夏の昼下がりにくらい、涼しい部屋の中で絶対が存在するゲームに没頭したってバチは当たらないだろう。
これから先、ひどい目にあったり、どうしようもないじゃんと落ち込むことがあったら、騙されたと思って「最弱コンピューターとやる100年桃鉄」をやってみてほしい。安心するから。自分の持ち金の多さに笑いが止まらなくなるし。そして、100年は長い。「無敵だ」と感じた以降もゲームは続く。淡々とゴールを重ねているうちにふと思うのは「こんな人生100年もやれないな」ということで、人生に帰る頃にはきっと少しだけ、理不尽に愛着を持てているよ。
キリ番踏んだら私のターン
相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!
※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。
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