2月7日、女優・モデルとして活躍される長井短さん初の小説集『私は元気がありません』(朝日新聞出版)が出版されました。悩み、苦しみ、何度も筆が折れそうになりながらも書き続けた、書かなければならなかった、そのワケとは。ご本人によるエッセイをお送りします。(文末にサイン本情報あり!お見逃しなく! 締め切りました。ご応募ありがとうございました。)
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なんと、遂に、初めての! 小説集が出版されます! パンパカパーン!
嬉しくて嬉しくて実感はまだ迷子だけれど、本当にたくさんの人のおかげでこうして今ここに辿り着けました。超超ありがとうです。2月7日に朝日新聞出版から『私は元気がありません』を刊行させていただきました。
それに合わせて今回は「出版おめでとうね私」コラムです! 自分で祝うスタイル。
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「俳優は物語の中で生きている」って言葉があるけれど、これは比喩でなくガチだ。俳優は、はっきりと物語の中に生きる。架空の東京で、架空の病院で、架空のワンルームの中で、本当に息をする。本当の身体を使いながら、用意された言葉を言う。さも自分が今思っているみたいに。
自分は今ここにいるのに、わざわざ自分じゃないふりをするのが好きだと感じたのは小学一年生の時だった。忘れもしない、学芸会でのカエルのお母さん役だ。放課後教室に集まってオーディションをするとき、隣にいたアリミちゃんはどうしたらいいかわからず困っていた。私は彼女に「自分が本当に思っているみたいに言えばいいんだよ」と言った。その時の日差しまではっきりと覚えている。ごくごく最近まで「なぜあの時私はそんなことを言えたんだろう」と不思議だった。なんか神童みたいでカッケー本質キッズじゃんとか思いながら、でもどうして、そんな根本的なことに触れることができたんだろう。ずっと理由はわからなかった。
だからこそ、この記憶をお守りみたいに抱いていた。私にはたぶんセンスがあるから。きっとできる。俳優をやっていける。夢に本腰を入れ始めた19の頃から、何度もこの記憶で自分を励ました。オファーが増えれば増えるほど「私は誰かが生み出したものを、もっともっと大きくするんだ。創造主の右腕たれよ」なんて燃えたりして。芝居をすればするほど「自分にはこれしかできない」と感じた。
ふとした時に答えは出る。私が小一で本質キッズだったのってもしかして、寝る前にずっと妄想してからなのでは? 神童じゃないんかいって思いつつ、何故か胸のしこりが取れるようだった。私は筋金入りの妄想好き。きっかけは5歳の時見たスターウォーズだったと思う。自分もジェダイになって、ルークと一緒にライトセーバーをぶん回す物語を、毎日毎日積み上げた。
※この物語は小学校に入ってハリーポッターを読み始めてからクロスオーバーものに変身を遂げ、連載は30歳現在も続いています。ないしょだよ。
自分じゃないふりをするのが好きだなって感じる以前に、私は二次創作が好きだったのだ。物語を作るのが好きだった。頭の中に作った自分を喋らせる。声が枯れない脳内で、毎日毎日喋り続ける。だから「自分が本当に思っているみたいに言えばいい」ってことを知っていた。そういうことか。
納得と同時に、自分は物語を作るのが好きだってことをようやく知る。それまで、小説を書こうと思ったことも書いてみたこともなかったけれど、できる、と感じた。それはあの日、カエルのお母さんの台詞を言う直前に感じた「できる」と同じものだった。私はできる。できるって知っている。そこからのやり方は俳優を志した時と同じだ。とにかくやる。やってみる。物語が好きだ。ずっと物語の中にいたい。自分のことなんて考えずに、物語のことだけ考えていたい。
そうやって爆走してきた人生は突然終わった。物語を作る時、私は物語になる。だから私は、私と向き合わなきゃいけなくなる。物語に起きている良くなさは、そのまま私の良くなさだから。目を逸らしていたたくさんの欠点、幼稚さ、傲慢さ。それら全てと目を合わせて初めて、物語は動く。
ズタボロの初稿を何度編集さんに送ったかわからない。その度話し合って、内腿をつねりながら原稿を読み返せば、気づかないふりをしていたかった自分の醜さに焼かれそうになる。そんなに向き合いたくなんてない。もっと適当に、ハッピーライフフォーエバーって感じで生きていたっていいじゃない。
だけどもう、そんなふうには生きられないのだ。好きだとわかってしまったから。私は小説を書くことが好きだ。今ここにいる自分の至らなさを知ることが好きだ。だから、ずっとずっと書きたい。もっと沢山の物語を作りたい。きっと間違ってることも書く。誰かを傷つけてしまうこともあるかもしれない。それでも書いて、悪いことをしたら謝って、格好つけてたら赤入れて、私を知りたい。そうして世界を知りたい。
俳優は確かに物語の中にいる。でも、そこはまだ中の外側なのかもしれない。中心はもっと彼方にあるのかもしれない。「自分が本当に思ってるみたいに言う」ことと「自分が本当に思っていることを探す」こと。物語の中、その内と外を反復横跳びしているうちに、私は何になるんだろう。マーガリンとか? わかんないけどとりあえず走れ。膨張する宇宙こと私自身に追いつけるように。
☆サイン本情報☆
キリ番踏んだら私のターン
相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!
※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。
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