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カニカマ人生論

2021.04.21 更新 ツイート

私のモットー 清水ミチコ

「あなたのモットーは?」と聞かれたなら、皆さんはなんと答えますか? そもそも、モットーなんて持ってましたか? 私は正直、そういうことは、聞かれてから考えてひねり出すもので、若干ねつ造してないと「ないです」しかないだろ、と思っていました。だいたい普通の人間関係ではまず聞かない、水くさい質問ですしね。

 

ただ子どものころから、これに付随するような、似たような質問は多くされがち。たとえば「あなたの将来の夢は?」など。その時にも私は、質問者(担任など)が聞いたらうなづけそうな答えを考え、アンケートだったらとっぴでなく、安定した答えを、と日々テキトーというか、自分の内側への問いかけには若干逃げるようなところまであったりしました。

しかし私は、(これをモットーにしていいんじゃないか)、と思ったことが一度あります。それは、東京で一人暮らしをするために、生まれて初めて街の不動産屋さんに行った時の話。店舗の奥から優しそうなおじさんが出てきました。「3万円くらいのアパートを紹介してもらいたいのですが」とお願いすると、「都立大学から徒歩7分のアパートならありますよ。見てみますか?」と言われました。私はてっきり、物件は場所を教えてもらったら、自分一人で見に行くものと思っていたのですが、「どうぞ~」と、おじさんはお店の前の車を指差しました。(え? 車で送ってくれるの?)と、私はとてもびっくりしました。物件があるか否かを聞いただけなのに、私はまだお客になるのかすらわからないのに、こんなに親切にされていいのか? と、驚いたのです。今考えると、不動産業とはそれが仕事なのですが、なんせ初めてのことで、バカみたいに感激してしまったのでしょうがない。

そして、車の中で私は景色を見つめながらこう思いました。(都会の砂漠に、こんな優しい人がいるのだ。親切をしてやってます、なんて顔をちっともしてこない、このさりげなさ。仕事中だというのに、どこの馬の骨かもわからない学生を、車に乗せて運転してくださるだなんて、申し訳ない。そうだ、アパートに到着したら、どんな部屋でも「ここにします!」と言おう! もうこれ以上、ご迷惑はかけない)。私はなんだかうるうるしながら、そう決めました(バカですね)。

それから10分くらいで到着したそのアパートの部屋。(く、暗い……)。なにか事件でもあったのか、と思われるような陰湿さが漂っています。建物の一階の真ん中あたりにあった部屋なのですが、いかにも日当たりが悪そうな6畳。でも返事を決めていた私は即答することにしました。「ここでいいです!」「えっ? ここでいいの?」と、逆に驚く不動産屋さん。もしかしたらおじさんも、(これはないな~)と思ってたのでしょうか。「もっと探せばいいじゃない」とまで言ってくれましたが、これ以上、あなた様に図々しいことはできません、とばかりに「大丈夫です!」と、うなずく私。するとそこへ大家さんが出てきました。人柄のよさそうな、その明るいおばさんとは長いつきあいらしい不動産屋さんが、私を指差して「この部屋に決めるって言うんだ」と言いました。「ええ~? もう? 日当たり悪いわよ、この部屋」となぜか自分の持ち物なのに、ケチをつける大家さん。田舎者にありがちな話なのでしょうが、日当たりが悪い、という部屋で暮らしたことがなかった私は、(日が当たらなきゃ、自分が外に出ればいいじゃない)という逆マリー・アントワネットな状態で、なんとかなるさ、と思ってたのです。

しかし、そんな私を無視して、二人で何やらヒソヒソ話し始めました。そして、「ねえあんたさ、」と、大家さん。「すごく急ぐってワケじゃなかったら、来月、あの二階の角部屋が空くの。あそこは4畳半しかないけど、陽がさんさん当たっていいわよ」「うん。この部屋よりはうんといいよ。そうしなよ」と、不動産屋さん。「しかも2万4千円だから、コッチより安くていいじゃない」。私は、(言った手前がある)とは思いながらも、(この暗い部屋をパスできた)という安堵感で、「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」と、すぐに方針を撤回したのでした。収益は減ったであろうに、なぜか自分のことのようにホッとしておられたお二人。東京の人って明るくて、めっちゃ優しいんだな、と心底思った次第です。

夏は暑かったけど、本当に住み心地のいい広めの4畳半を、私は住むほどとても気に入ってました。つまんないことがあった日など、陽の光はそれだけで明るく前向きにしてくれる。そして私は啓示を受けた気がしました。(私は、自分のことを自分で決めると、ロクでもないことになるな)と。これまでも(だから言ったでしょ?)と、家族や友人から呆れられることが多かった私。すぐ決めないで、人の意見を聞きながら生きよう。語感はカッコ悪いけど、「大事なことは人に聞け」。これが私のモットーになりました。今でも大きな決断をする前は、家族や友達に「どう?」とお伺いを立てることにしています。

ちなみにその6畳には、数か月後、親子3人が仲良く住みはじめ、その部屋の前を通るたび、全体の雰囲気が明るく変わっていくのがわかりました。住まいより人間の方が、ずっとたくましいものなんだよな、と、思いも新たにしました。

【シミチコNEWS】上からの波平さんではなく、焼き立てのパンです。5月9日(日)16:15~17:25、森山良子さん、阿川佐和子さんとの特番「サンキュー! おしゃべり~マッチ」(テレビ朝日)が放送されます。ぜひご覧ください!

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

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