1. Home
  2. 社会・教養
  3. 物理の4大定数
  4. 光速に近い列車のなかで卓球をやってみよう

物理の4大定数

2021.03.26 更新 ツイート

光速に近い列車のなかで卓球をやってみよう 小谷太郎

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
アインシュタインは「相対性原理」から次なる原理「光速不変の原理」を導いた。

*   *   *

(画像:iStock.com/YiuCheung)
 

マイケルソンとモーリーの実験はなぜ失敗したのか

さてこの連載のテーマである物理の4大定数の、光速についてです。
前に述べたように、光速の変化を測定するマイケルソンとモーリーの実験は失敗に終わりました。測定装置が運動していても光速が変わらないことが明らかとなり、世界中が頭をかきむしりました。

じつは前回説明した相対性原理というものから、マイケルソンとモーリーの実験結果が説明できます。アインシュタインの頭は子供のころから光速近い列車を走らせていたので、このことに思い至りました。

マイケルソンとモーリーの実験がどうしてああいう結果になったのか、その説明はとても簡単です。
クリーブランドの実験室に据えつけられた二人の実験装置を、列車に載せると、どういう結果になるでしょうか。ちょっと想像してみてください。

相対性原理によると、列車が動いているときも止まっているときも、列車内で行なった実験の結果は同じになります。

光速測定実験によって、列車が動いているかどうかを知ることはできません。列車の運動がわかるのは、列車の外の何かと比べる実験をしたときだけです。

ということは、クリーブランドの実験室でいくら精密な実験を行なっても、実験装置を載せた地球の動きを知ることはできません。

地球の外の何かと比べないと、地球の動きは測定できないのです。

つまり、相対性原理から、二人の実験が失敗することは決まっていたのです。

(画像:iStock.com/Elen11)

光速に近い速度の列車で卓球をしてみると…

説明がシンプルすぎて、なんだかだまされたような気分になるでしょうか。

列車が動いていても光速が変わらないのは不自然な気がするでしょうか。列車内でおかしな結果が生じないか、心配になるでしょうか。

いえ、列車内でも光速が変わらないことによって、さまざまなおかしな結果が(宇宙によって)未然に防がれます。もしも列車の速度に応じて光速が変わると、かえって奇妙な現象が起きるはずです。

一つ、例を挙げてみましょう。列車内にテーブルを持ちこんで卓球をします。

列車の進行方向に背を向けた前方のプレイヤーと、後方のプレイヤーで勝負します。

(画像:iStock.com/DragonImages)

列車の速度が光速に比べて遅いならば、試合運びに何の変化も現れないことは、納得していただけるでしょう。(ゆれや加速がなければ)運と腕前で勝負は決まり、負けた方は言いわけに列車の速度を使えません。

ここで列車を光速に近い速度で走らせると、何が起きると予想されるでしょうか。

19世紀のマイケルソンとモーリーならば、(相対性原理に反して)光速に変化が現れると考えるかもしれません。列車内の観測者にとって、前方から後方に飛ぶ光はより速く、後方から前方に飛ぶ光はより遅くなると、予想するでしょう。

もしそういうことが起きるなら、光速にきわめて近い速度で列車を走らせることにより、光が後方のプレイヤーから前方のプレイヤーに届くまで数分かかるように調節できます。(前方から後方までは瞬時に届きます。)

これだと、後方のプレイヤーが圧倒的に有利です。

後方のプレイヤーにはピンポン玉も相手の動きも観察できるのに、前方のプレイヤーには、ピンポン玉も相手も数分前の姿しか見えません。

どこから玉が飛んでくるかわかりません。一回でも打ち返せたら相当な腕前でしょう。

図・光速に近い列車のなかでの卓球(イラスト:小谷太郎)

これでおわかりのように、もしも(相対性原理に反して)列車の速度によって光速が変わるならば、車内のスポーツの試合は大きく影響されます。

球技であれ格闘技であれ、どの試合も、後方プレイヤーあるいは後方チームの圧勝でしょう。

もしも列車内で忍者と忍者が決闘することになったら、後方のポジションを取ったほうが勝つでしょう。そして勝った側はとどめの一撃の前に「後ろを取ったぞ」と宣言するでしょう

もしも列車の速度によって光速が変わるなら、列車内のあらゆる場面でこのようなおかしなことが起こります。スポーツは成り立たなくなり、日常の動作や行為はすべて不可能になり、車内は混乱におちいるでしょう。

光速不変の「原理」? 「定理」?

けれどもそうは問屋がおろさない。マイケルソンとモーリーと、これを試合に利用したいと考えたかたには生憎(あいにく)ですが、宇宙のルールはこのチートを許しません

列車がどちらにどんな速度で走ろうと、止まっている場合と同様に試合は進み、勝負に影響は現れません。試合結果から列車の運動の情報を得ることはできません。列車の運動を示すような光速の変化は生じません。

光速が変わると相対性原理に反するので、光速は変わらないのです。

アインシュタインは、どの慣性系でも光速が同じ値をとることを「光速不変の原理」と呼び、特殊相対論の二つの基本原理の一つとしました。(もう一つの原理はもちろん「相対性原理」です。)

 

ところで卓球の例からわかるように、この光速不変の原理は相対性原理から導くことができます。

余談ですが、このように、ある原理から別の法則が導かれる場合、前者だけを原理とみなし、後者は「定理」とみなすのが、理論の普通の構成方法です。

つまり相対性原理を特殊相対論の基本原理とするならば、光速不変はそこから導かれる定理という扱いになるはずです。

けれどもなぜかアインシュタインは、この二つをともに特殊相対論の原理と呼びました。以来、どの物理の教科書も、わざわざアインシュタインに異を唱えることなく、それにならっています

 

●次回は4/11の公開予定です。

関連書籍

小谷太郎『宇宙はどこまでわかっているのか』

太陽の次に近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは月ロケットで10万年かかるが、これを21年に超短縮するプロジェクトがある!? 土星の表面では常にジェット気流が吹きすさび、海流が轟々うなっている!? 重力波が日本のセンター試験に及ぼしてしまった意外な影響とは!? 元NASA研究員の著者が、最先端の宇宙ニュースの中でもとくに知的好奇心を刺激するものをどこよりもわかりやすく解説。現在、人類が把握できている宇宙とはどんな姿なのか、宇宙学の最前線が3時間でざっくりわかる。

小谷太郎『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』

2002年小柴昌俊氏(ニュートリノ観測)、15年梶田隆章氏(ニュートリノ振動発見)と2つのノーベル物理学賞に寄与した素粒子実験装置カミオカンデが、実は当初の目的「陽子崩壊の観測」を果たせていないのはなぜか? また謎の宇宙物質ダーク・マターとダーク・エネルギーの発見は人類が宇宙を5%しか理解していないと示したが、こうした謎の存在を生むアインシュタインの重力方程式は正しいのか? 本書では元NASA研究員の著者が物理学の7大論争をやさしく解説、“宇宙の今”が楽しくわかる。

小谷太郎『理系あるある』

「ナンバープレートの4桁が素数だと嬉しくなる」「花火を見れば炎色反応について語りだす」「揺れを感じると震源までの距離を計算し始める」「液体窒素でバナナを凍らせる」……。本書では理系の人なら身に覚えのある(そして文系の人は不可解な顔をする)「あるある」な行動や習性を蒐集し、その背後の科学的論理をやさしく解説。ベッセル関数、ポアソン確率、ガウス分布、ダーク・マターなど科学の知識が身につき、謎多き理系の人々への親しみが増す一冊。

{ この記事をシェアする }

物理の4大定数

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。

バックナンバー

小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP