1. Home
  2. 社会・教養
  3. 物理の4大定数
  4. この世の情報の最小単位、それはプランク定...

物理の4大定数

2022.06.11 更新 ツイート

この世の情報の最小単位、それはプランク定数だ 小谷太郎

光速c、重力定数G、電子の電荷の大きさe、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
現在のテーマは「プランク定数h」。
この世で得られるもっとも小さな情報、それがプランク定数なのだという。

*   *   *

(写真:iStock.com/Wanwalder)

人類の想像を絶する概念「スピン」

こうして人類の理解力にぐいぐい挑戦してくるのがプランク定数と量子力学です(が、それでもなんとか量子力学を操っているのが人類の頭脳のすごいところです)。

その授業でわりと初めの方に登場して、そのわけのわからなさ、非常識さで初学者に衝撃を与える概念に「スピン」というものがあります。

スピンについて説明しようとすると、どの解説書も教師も歯切れが悪くなり、「自転のような……でも自転ではない」「右回りか左回りのどちらか……でも回転していない」「zが決まるとxが不確定に」など、まったく意味の通らないことをもごもごつぶやきます

しかしスピンは量子力学の基本にして最重要、また最先端でもあり、スピンを自在に操れれば昨今話題の「量子コンピュータ」とやらも実現しちゃいます。

スピンの不思議は人類の想像を絶しています。スピンのたずさえる論理や情報は、私たちの見知った論理や情報と異なるのです。

角運動量は「離散的」

マクロな力学では、回転する物体の「勢い」「角運動量」という量で測ります。角運動量は、物体の回転速度が速いほど大きく、また物体の質量が大きいと角運動量も大きくなります。ここまでは直観に即していますね。

角運動量を測る単位は、kgやm/sを使って少々計算すると、「J s」と求まります。これはプランク定数の単位と同じです。そのため角運動量の大きさは「プランク定数の□□倍」と表わすことができます。

角運動量の単位とプランク定数の単位が同じなのは、おそらく偶然の一致ではなく、深遠な物理の表われと思われます。どういう深遠な物理なのか、今から見ていきます。

 

プランク定数は極端に微小な量なので、日常観察できる物体の角運動量をこのやりかたで表わすと、極端に巨大な数値となります。人体がちょっと回って踊っただけで、プランク定数の1034くらいになります。

人体がちょっと回って踊っただけで、角運動量はプランク定数の1034倍くらいになる(写真:iStock.com/semakokal)

もちろん少量の小さな物体が回るだけだと、角運動量は小さくなります。プランク定数の1034倍などというとんでもない桁だったのが、分子や原子程度の小さな物体なら、だんだん手に負える程度の桁になっていきます。

そしてそうなると量子力学が介入してくるのです。

 

じつは、角運動量という物理量は、どんな値であっても自由に連続的に存在できるわけではありません。物体の持つ角運動量は、必ずプランク定数(を4πで割った値)の整数倍でなければなりません。

「プランク定数の□□倍」と表わす時、「□□」には整数が入り、端数は入りません。(「4πで割った値」は本質的でなく、いちいち記すのがわずらわしいので、以後略しますが、必要に応じて補ってお読みください。)

物体の角運動量(のある方向成分)は、ゼロになることもあれば、プランク定数に等しくなることもあれば、その2倍、3倍等々、整数倍になることもあります。

しかし、プランク定数の0.5倍や1.1倍や3.14倍になることはありません。変化する時はプランク定数ごとに増えたり減ったりします。

つまり角運動量という物理量は「離散的」です。その量子、あるいは最小単位は、プランク定数です。

これは観測事実です。世の中はそういうふうにできているのです。

この世の情報の最小単位はプランク定数

そして初学者に頭をかきむしらせるミクロな角運動量の奇態なふるまいはさらにエスカレートします。

電子という1個の粒もまた角運動量を持ちます。

1個のマクロな物体、たとえば人体が角運動量を持つのは、ちょっと回ったり踊ったりした時です。自転した時といっていいでしょう。そこから類推して、電子もちょっと回ったり踊ったり自転して角運動量を獲得するのかな、と思いそうになります。

けれども電子の角運動量はマクロな物体の角運動量と決定的に違うところがあります。

電子の「自転」は止まることがありません。何らかの都合でいつもより多く回ることもありません。常に「自転」しっぱなしです。その角運動量の大きさはいつ測ってもプランク定数なのです。

ただし「自転」が右回りか左回りかという変化は生じます。1個の電子の角運動量を測ると、右回りで大きさがプランク定数という結果か、左回りで大きさがプランク定数という結果のどちらかが得られます。

電子の「自転」はマクロな物体の自転と性質が全然違うので、「スピン」と呼んで区別することにしましょう。(英語話者には「spinはそもそも自転の意味で……」と渋い顔をされそうですが、御容赦ください。)

電子の「スピン」(イラスト:小谷太郎)

スピンという性質を持つのは電子だけではありません。陽子や中性子や光子など、ミクロな粒子の多くの種類がスピンを持ちます。スピンの大きさ、あるいは強さは、粒子の種類で決まっていて、陽子と中性子の場合は電子と同様にプランク定数と同じ値ですが、光子はその2倍です。

どの粒子も、止まることも余計に回ることもありません。右回りか左回りかは測定ごとに変わりますが、大きさはいつ測っても同じです。

 

こうして見ると、電子などのスピンを測った時に、右回りか左回りかの結果が得られるのは、粒子から得られる情報の最小単位ではないかという気がしてきます。

この世の情報の最小単位はプランク定数というわけです。

古典ビットと量子ビット

唐突に情報がでてきましたが、量子力学において情報は重要な研究対象です。量子力学は測定や観測についての物理学ですが、測定や観測とは、対象から情報を得る行為だからです。

私たちが身近なマクロ経験から得た非量子力学的な常識によると、情報の最小単位は1ビットです。量子力学でないことを古典というので、古典ビットと呼んでもいいかもしれません。が、あまり一般的な呼称ではありません。

何らかの質問に「はい」か「いいえ」で答える時、その答の持つ情報の量が1(古典)ビットです。「yes」か「no」の持つ情報量でもあり、「0」か「1」の持つ情報量といってもいいです。

質問に1回だけ「はい」か「いいえ」で答えるなら大した情報は送れませんが、何回も繰り返せば結構な量の情報を送れます

例えば殺人事件の犯人を捕まえるために、目撃者に質問をするとしましょう。この証人はあらゆる質問に「はい」か「いいえ」でしか答えられません。(妙に癖の強い証人ですが、もっと不自然な設定の推理ものはたくさんあります。)

(写真:iStock.com/bee32)

探偵は証人に「はい」か「いいえ」で答えられる質問を繰り返します。

「犯人は男ですか?」

「30歳以上ですか?」

「中国人かインド人かアメリカ人かインドネシア人かパキスタン人かナイジェリア人ですか?」

……こうして質問を繰り返すと、容疑者の中から犯人が絞りこまれていきます。容疑者の半分が該当するような質問をすれば、証人の回答によって、容疑者を半分に減らせます。

最初に容疑者が80億人いたとしても、質問1回につき半数を釈放していくと、33回の質問が済むころには1人しか残りません。つまり33回の「はい」と「いいえ」があれば、80億人の容疑者の中から犯人を特定できます。

言い換えると、33ビットは、80億人の中から1人を特定できる情報量なのです。

 

(古典)情報というものは、こういう調子でいくつかの古典ビットに換算できます。

みなさんが今読んでいるこの文章の1文字は16ビットに相当します。日本語はひらがなとカタカナと漢字と句読点などの記号の羅列ですが、数万種類の文字の中から1文字選ぶのに16ビットが必要なのです。(工夫するともっと少ないビット数で1文字を指定できます。)

本の1冊は約10万字と見積もると、その情報量は160万ビットです。パソコンやスマホなどが使っている通信回線は、典型的な速度が毎秒100万ビットくらいなので、筆者が数カ月から数年かかって叩きだす文章は数秒もあれば転送できます。そう考えると数秒ほど無常感を覚えます。

本1冊の情報量は数秒で転送できる(写真:iStock.com/alphaspirit)

量子ビットで表現できる奇妙な情報

さて量子力学を使わない古典物理で情報をいかにあつかってきたか、という話もたいへん興味深いのですが、ここでは全部割愛して、量子力学に話題をしぼります。

情報を物理現象から読み出す際、対象となる物体が小さいものほど、また数は少ないほど、情報も少なくなります

すると、これより小さな粒子はないほど小さな素粒子である電子の、スピンが右回りか左回りかという情報は、情報の最小単位である1古典ビットに相当するのではないか、と思われるかもしれません。

どういうことかというと、コンピュータやその部品を小さくする技術は年々進歩していますが、その技術が極限まで進んで、記憶媒体として電子のスピンを利用し、それが右回りか左回りかで1古典ビットを表わす将来がくるのでは、というような想像をするかもしれません。

 

想像をするかもしれませんなどと誘導しておいて申し訳ありませんが、そうはなりません。なぜなら古典ビットと電子のスピンは担っている情報の性質が全然違うからです。

まず第一に、古典ビットは「はい」か「いいえ」の2通りの値しかとりませんが、スピンは右回りと左回りの重ね合わさった無数の状態を取ります

重ね合わさった無数の状態とは、量子力学特有の現象ですが、右回りであると同時に左回りでもある状態です。いわば「はい」であると同時に「いいえ」でもある状態です。0であると同時に1でもある状態といえます。

もしもスピンをコンピュータの記憶媒体として使うと、このような奇妙な情報を表現することができます。スピンでなくても、何らかの量子力学的な基本状態を用いる装置なら、こうした情報を表現できます。

量子力学的な状態によって表現されるこのような情報は「量子ビット」と呼ばれ、おそらくこれがこの世の情報の真の最小単位と考えられています。

 

量子ビットはたとえばシュレディンガーの猫を表現することができます。

シュレディンガーの猫とは、量子力学の不思議な効果を説明するために創作された、マクロなのに量子力学にしたがう猫です。箱の中に閉じ込められたシュレディンガーの猫は、死んでいる状態と生きている状態の重ね合わせの状態をとり、その生死は箱を開けて観察するまで決まりません。

「シュレディンガーの猫」の生死は箱を開けて観察するまで決まらない(写真:iStock.com/Andypott)

量子ビットは、猫の生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせ状態を記録し、計算することができます。

(そんな猫を計算して何の役に立つのか疑問に思うかもしれません。)

さらに2個以上の量子ビットが組み合わさると、「量子もつれ」と呼ばれる、もっと複雑で非常識で美しい挙動を示します。

こうした量子ビットの振る舞いは、現在盛んに研究が進められています。量子ビットを用いる「量子コンピュータ」がもしも実現すれば、ある種の計算を高速でやってのけると考えられているからです。

ただし量子ビットと量子コンピュータの製作は、技術的に非常に難しく、役に立つレベルのものがもしも実現するとしても当分先のことになるだろう、という見方が大勢です。

 

●次回は6/26の公開予定です。

関連書籍

小谷太郎『宇宙はどこまでわかっているのか』

太陽の次に近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは月ロケットで10万年かかるが、これを21年に超短縮するプロジェクトがある!? 土星の表面では常にジェット気流が吹きすさび、海流が轟々うなっている!? 重力波が日本のセンター試験に及ぼしてしまった意外な影響とは!? 元NASA研究員の著者が、最先端の宇宙ニュースの中でもとくに知的好奇心を刺激するものをどこよりもわかりやすく解説。現在、人類が把握できている宇宙とはどんな姿なのか、宇宙学の最前線が3時間でざっくりわかる。

小谷太郎『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』

2002年小柴昌俊氏(ニュートリノ観測)、15年梶田隆章氏(ニュートリノ振動発見)と2つのノーベル物理学賞に寄与した素粒子実験装置カミオカンデが、実は当初の目的「陽子崩壊の観測」を果たせていないのはなぜか? また謎の宇宙物質ダーク・マターとダーク・エネルギーの発見は人類が宇宙を5%しか理解していないと示したが、こうした謎の存在を生むアインシュタインの重力方程式は正しいのか? 本書では元NASA研究員の著者が物理学の7大論争をやさしく解説、“宇宙の今”が楽しくわかる。

小谷太郎『理系あるある』

「ナンバープレートの4桁が素数だと嬉しくなる」「花火を見れば炎色反応について語りだす」「揺れを感じると震源までの距離を計算し始める」「液体窒素でバナナを凍らせる」……。本書では理系の人なら身に覚えのある(そして文系の人は不可解な顔をする)「あるある」な行動や習性を蒐集し、その背後の科学的論理をやさしく解説。ベッセル関数、ポアソン確率、ガウス分布、ダーク・マターなど科学の知識が身につき、謎多き理系の人々への親しみが増す一冊。

{ この記事をシェアする }

物理の4大定数

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。

バックナンバー

小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP