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カニカマ人生論

2021.01.13 更新 ツイート

ミックスジュース 清水ミチコ

受験に失敗して通うことになった、滑り止め校での高校生活は、思いがけず楽しいものでした。さまざまなプレッシャーから開放されたせいなのか、勉強ですら嫌いではなくなってきて、一度英語の成績を先生から絶賛されると、もっと高得点を、と欲も出はじめ(なーんだ、やればできるんじゃん。やらなかっただけなんだなあ)と、まんじりと淀んでたコンプレックスも解放できました。

 

何より私が楽しく思えたのは、実家のジャズ喫茶のアルバイトです。働くってなんて楽しいのだろう、勉強よりもずいぶん向いているなあと思えました。カウンターの中でコーヒーを淹れたり、ジューサー片手に生の果物のジュースを作ったり、玉子を焼いてサンドイッチをこしらえたりするのは、本格的ままごとの延長のようだったかもしれませんが、バイトなりに(来てくれたお客さんに喜んで欲しい、ウチの店を選んでよかったと思われたい)という気持ちも沸いてきて、きっと私は将来もこのカウンターの中に座ってて、結婚などもせず、この店を継ぐに違いないとばかり思っていました。

また、お客さんを勝手に解釈するのも楽しいものでした。お店に入ってきて、すぐ「コーヒー」などと先に注文している人はなぜか、デキる人が多い。おそらく、喫茶店なんかでちまちま悩む時間などかえってもったいない、と、どこかで感じておられるのではないか。反対に、席について「メニューは?」などと探すような人は、メニューを開き出したあともまた、時間を要しがち。やっと悩んで決めたとしても、「あ、さっき僕、カフェ・オレって言ったけど、やっぱりミックスジュースで」など、優柔不断でもあります。

私は(出た、ミックスジュース)と、当時はそう思わずにはいられませんでした。ミックスジュースというメニューほどハッキリしない飲み物はないからです。何かを決めるのに不器用な人が、(では多数決で)みたいな気持ちで背中を押されてしまうのが、このメニューのネーミング。そう、あなたはどれでもよかったんですよ。ベストなど実はないのに、諦める事もできない。だから冷蔵庫に残った果物の処理に丁度いいような、こっちにだけ都合いいような物を無意識に選んでしまっているんですよ。何も私だって「ミックスジュースはまずい」とまでは言いませんよ。まずくはないんです。ただ、どっちつかずな味としては、喫茶店業界の歴代No.1です。色んな季節のフルーツを混ぜた結果、どうやってもバナナのテイストが強く残る中に、パインやリンゴがちょいちょい顔を出す、というのが常。誰が作ってもそう旨くもないけど、まずくもないようにできる味だから、飲んでる方もきっと、並の喜びしかないのだ、などと思っていました(思いすぎ)。

そのうちに私は、入ってくるお客さんを一瞥しただけで、(ああこの胃が弱そうなインテリ風。アメリカンを注文するだろうな)とか、(このレトロな洋服の趣味の女の子はココアか)、(お、この透明感のある知的な女性は、ダージリンかな、紅茶の種類を先に聞くかな)など、先にオーダーを予測する楽しみもありました。同じくバイトでお店にいた、高校は違いながらも同級生である、きみちゃんというのも面白い人物で、すっかり仲良くなりました。彼女は「テレビ業界の人の、領収書をもらう時のモノマネ。300円のレシートなのに、すっごいためて、『宛先ね、◯◯テレビのドラマ班って書いてっ!』最後、声張りすぎて裏返ってる感じ!」など、なんとも率直な着眼点があり、いまだに会えば笑わせてもらってます。

ところで、私の印象に一番残ったのは、登山客です。だいたい大きなリュックにニット帽、登山靴の男女が数名でやってくるので、すぐにその団体だとわかるのですが、意外なほど店内ではあんまり賑やかにしゃべらない。そしてまるで決めてきたかのように、人数ぶんのホットコーヒーを注文。その中の誰1人として「さっきの山、最高だったねえ」などと口に出さない。それなのに、顔にはなんとなく幸福感が漂いながらこう書いてあるのです。(私たち、さっき神と会ってきたんだよな~)なんてカンジ。そんな充実感がみなぎってて、私はコーヒーをテーブルに置きながら、いったい山というのは登ると何があって、どんな気持ちになるのだろう、と、畏敬を込めながらお釣りなどを渡してました。

今でも登山の趣味を持つ人物以上に、しみじみと幸せそうな人を見たことはありません。芸能や旅行、賭け事、ドラッグ、強力な快楽はそれこそ山ほどありそうですが、たいがいピークは一瞬ですぐに消え去り、長続きはしないものなんですよね。だから私も、いつかは絶対に山に登ってみたいと思っているのです(登ってないんかい)。

ちなみに登山客の方はいつもおいしそうにコーヒーを飲んでくれましたが、おそらくインスタントコーヒーでもおいしく飲んでくれるんじゃ? と思うようなところがありました。つまりは味がどうのこうのでここに来てるんじゃない、喫茶店に大事なことは、ちょっとした句読点なんだ、というような感じがしたものでした。

 

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

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