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カニカマ人生論

2020.12.30 更新 ツイート

高校受験 清水ミチコ

高校受験に失敗しました。ショックでしたが、実は私自身、そうなることは試験当日から分かっていました。

なぜなら、なんと私は受験当日、あまりのプレッシャーに気負けし、半分ほど書いたら、あとは用紙を裏返しにして伏せてしまったのです。怖くて身体が震え、もはや読むのに字が入ってこない。問題を理解するだけでも動悸が高鳴ります。みんなのエンピツで書くサラサラという音だけ聞こえてきて、清らかできれいな音だなと、のんびり思いました。私は死んだのに。幼い頃の鬼ごっこのように、現実を見ずに目をつむって。

 

先生から「ここなら大丈夫だろう」と言われてた受験。それなのに当日になると、みるみる恐怖で低体温。誰がどう言おうと、自分なんかが合格するワケがない、親を悲しませるんだろう、正解が書けるはずがない、という真逆の姿を、およそ半年ほどかけてずっとイメージしてきたようなところがありました。悪いことしか浮かばなかったのです。

しかし、一番の災難は、親友だったよっちゃんでした。というのもその当時、彼女は地元で一番の進学校を受験する予定だったのに、途中からなんと「ミッちゃんと同じ高校に通いたいから、同じ高校を受験する!」と言ってくれ、わざわざランクを下げてくれたのです。私は落ちるわけにはいかなかったのです。それなのに、半分書いたらあとは問題も読まなかったなんて、誰にも打ち明けられませんでした。よっちゃんは結局、それほど行きたくもなかった高校へ一人で通うことになりました。

合格発表の日、家の中は静まり返りました。母は何度も私に「どこの高校へ行くかなんてのは、人生で小さなことや」と、なぐさめますが、狭い町ではそうも思えないし、まさか半分真っ白で提出した、などと本当のことは言えません。父の顔を見たら、目が真っ赤だったのにぎょっとしました。泣いてたのではないか。そんなに傷つけてたのか、と、自分のふがいなさを改めて知りました。私は大声で叱られるかとばかり思ってたので、不器用になぐさめようとしてる父の声が、余計ショックでした。

翌日、よっちゃんのお母さんと会った母。高校の話になると、「あの子はミッちゃんと行けないって、泣いてばっかりやった」とのことで、私は自分の臆病と怠慢とで、どれだけの人を悲しませたのかと、ほとほと自分が嫌になりました。しかし、たとえ過去に戻ったとしても正直、同じことをするんじゃないかな、とも想像しました。私にとっては反省できるような感覚じゃなかった。そのくらい、沸いてきた緊張と不安感はハンパなかったのです。大人になったら変わるんじゃないか、治るよね、と軽く考えていたのですが、人の性分はやすやすとは変わらないものでした。

ある日のバラエティ収録の前日。明日が本番だというのに、どうしてもネタをやりたくない。できる気がしない。面白いわけがない。シラけるのが目に見える。胃も痛くなってきた。そうだ、かえって迷惑をかける前に、休ませてもらおう。と、数十年後の時を経て、また私のヘタレが出動したのです。それを告げると、マネージャーらは「大丈夫、リラックスして」「うまくいくよ」などと、なだめてくれますが、非常事態に赤信号点滅中の私には(何もわかってないクセに)としか思えません。自分の勝手な都合で休みたいはずが、いつのまにか世のため人のため、番組のためにも私は言ってるのに、という詭弁にすり変えられています。

その晩、私はジカにその番組のプロデューサーに電話をすることにしました。こうなりゃ直談判しかないわ(そんな勇気はある不思議)。すると、「はははは。いいわけないじゃん」ガチャ。

(あれ?)でした。今思えば、キャリアも長いそのプロデューサーさんは、おそらくこんな風に本番前に弱くなったり、青ざめてるような芸人さんやタレントを見るのが初めてではなかったのかもしれません。そのくらいどこか慣れてて、驚きもなく、笑いながら軽く無視されたことで、私も目が覚めたというか、ふいにあきらめがつきました。引っ張りあおうとしたら、すかされたんですかね。

その当日は、なんとか乗りきれましたが、当然そう面白くはありませんでした。その晩、私はクローゼットの中にこもり、膝を抱えながら心底こう思いました。(もうこりごりだ)。今日はたまたま終わったけど、私の持つこの爆弾は、これからも変わらずくすぶり続けるはずで、いつあの恐れと怠惰がセットになって火がつくかわからない。同じ失敗をしては、クヨクヨする一生はもうイヤだ。どうにか克服できないものか。とまあ、すっかり反省したわけですね。変わるんだ、と初めて決意しました。

翌日から、図書館や書店に通い、心理学やメンタルトレーニングの本を探しては、ちまちま読み始めたという。「すぐさま勇気をもらえ、立ち直った!」なんてうまい話はありませんが、長年のうちに読まないよりはマシな程度にはなってきました。それにしても自分の弱い部分というもの、書いてて本当に恥ずかしくなりますね。これが一番のトレーニングだったりして。

 

【シミチコNEWS】
年末年始は寒くなるそうですが、どうぞ皆さん、よいお年をお迎えください。

関連書籍

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

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